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テーマ別質問一覧教育国旗・国歌 > 国旗・国歌の法制化による教育現場における問題について

145国会 国旗及び国歌に関する特別委員会会議録 1999年07月30日

○山下栄一君 公明党の山下でございます。
 我が党はこの国旗・国歌の法制化につきましては既に賛成の立場を決めておるわけでございます。ただ、きょうも問題になってまいりました教育現場における扱い、これは慎重であるべきだという考え方の上からきょうは質問させていただきたいというふうに思うわけでございます。
 特に、教育というのは、家庭においてもそうかもわかりませんし、学校においてもそうだと思うわけでございますけれども、やはり教える側と学ぶ側の基本的な信頼関係、これがいかにつくられていくかということが基本でなきゃならないというふうにも思うわけです。したがいまして、特に子供たちに対して、児童生徒に対して、客観的な、また正しいことをきちっと教えていくということで、ある意図を持って特定のイデオロギーを押しつけるとか、そういうことがあってはならないというふうに考えるわけでございます。信頼関係が失われたときにまさにそれが崩壊になっていくんだ、こういうふうに感じるわけでございまして、この国旗・国歌を教えていくということにつきましても、特に行事において体で表現するということにつきまして、やはり私は慎重でなきゃならないというふうに考えておるわけでございます。
 それで、一週間ほど前ですが、この場にいらっしゃる皆さんの会館の部屋にも来られたかもわかりませんけれども、私の部屋の方にも大学生が来られました。これは何校かわかりませんけれども、駒場の方から一時間四十分かかって走ってきたと言って、とにかく聞いてもらいたいというふうなことでTシャツで来られました。四人来られたのですけれども、三人は文科系で、去年入学ですから今は二年生です。もう一人は理科系の本当にまじめな真剣な様子でございました。
 その学生が言っておったのは、日の丸が侵略戦争のシンボルとして歴史的役割を果たしてきた、君が代の歌詞は国民主権に反する、教育の押しつけはだめだというふうなことを考えておると。それで、学校のキャンパスでも集会を開いてそのことを議論の末決議したので、そのことを審議される国会議員の方にも知ってもらいたいということで来たんだと。別に連絡もされないで来られたわけでございます。
 そのときに私が感じましたことは、特定の時代のある一時期のことが強烈にその学生の中には入っておる。例えば君が代という歌が日本の風土の中で、日本の国民の生活の中でどのようにして今日まで歌われてきたのかということが知られていないということを本当に痛切に感じました。よく振り返ってみると、自分自身もそういうことは学んだことがないな、私は教える立場だったんですけれども、そのことも教えてこなかったな、教える側がわかっていなかったなというふうに思いました。
 家でも、子供たちに、日の丸というのはいつごろから始まってどんなふうに使われてきて今日に至ったんだ、ある一時期には確かに戦争に利用されたときもあった、そのことは厳しく忘れてはならないことだと。だけれども、長い一千年にわたる歴史の中で歌い継がれた面もあるし、それは曲のつけ方もいろいろ違っていたかもわからぬし、歌詞も若干変わっていたかもわからぬ。日の丸の使い方もそんな昔からあったんだというふうなことをその学生にもお話ししたんですけれども、そんなことを聞くのは初めてだという形で学生も言っておりました。だから、僕はこれは大変大事なことだなということを思いました。
 国立国会図書館に、君が代の由来、そして日の丸の由来も勉強しました。そして、おととい、自民党代表で橋本聖子議員がこの日の丸についての歴史の話、そして君が代の歴史の話もされました。ああいうことを正確にきちっと知っている大人は日本人の中にどれだけおるのだということを考えたときに、これは極めて少ないのと違うかなと。
 先ほども話がありましたが、何となく国旗は日の丸で国歌は君が代であるということはわかっているけれども、その旗に、歌にどういうふうな意味が今日まで歴史的に文化的に込められてきたのかということは余り語り継がれてこなかったし、そして家でも学校でも地域でもそういうことは余り学んでこなかったなということを本当にその学生と話をしながら私は感じた次第でございます。
 それで、この学習指導要領なんですけれども、小学校では社会科、そして音楽。社会科は四年生以上、音楽は全学年でというふうに書いてあるわけです。中学では、中学校の公民的分野、教科では公民のところで教える。高校ではそういうのはありません。
 あとは行事です。入学式、卒業式。特別活動ということで、もう小学校から中学、高校、全部これは極めて具体的に書いてある。僕はその教科における扱いと特別活動における扱いが、力の入れぐあいが全然違うなと。
 それで、特別活動の方は極めて具体的に、それをちゃんとしなかったら職務命令というふうに、何でこれだけ職務命令なんだというふうなことが心配になるぐらいそこだけめちゃくちゃ強調されているということは、ちょっとこれはおかしいなというふうに自分では感じております。
 だから、それぞれの外国の国旗・国歌もいろんな歴史、文化の上に成り立っており、そしてそこに自然と敬意をあらわす気持ちもあらわれてくる、それでその国への誇りも文化への理解も高まってくるというふうに思うんです。その辺のことがちょっと日本では、教育現場だけではないと思いますけれども、何となく全体的におろそかにされてきたのではないかなということを感じております。
 文部省にお伺いしますけれども、国旗・国歌に関する扱いについて学習指導要領の規定のねらいをもう一度確認させていただきたい。教科におけるねらい、特別活動のねらいということでお願いします。


○政府委員(御手洗康君) 学習指導要領は児童生徒に対しましてそれぞれ小学校段階、中学校段階、高等学校段階におきまして基礎基本として学ぶべきものを定めるということでございますので、総体として、それぞれの教科あるいは特別活動あるいは道徳等すべての教育課程を通じましてそれが身につくという形でつくられているものでございます。
 国旗・国歌の指導に関しましては、新しく平成十四年度から実施されます小中学校につきましては、特に社会科におきましては、三、四年生、ここでは都道府県の人々の生活や産業、これと外国とのかかわり、こういった学習の場面がございます。また、五年生では、我が国の国土の位置を学習する、こういった際に我が国や諸外国には国旗があることを理解させる、あるいはそれを尊重する態度を育てる。さらには、小学校六学年になりますと、国際理解、国際交流、こういった学習の中で、我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てる。
 社会科におきましても、学年によりましてそれぞれ主たるねらいを異にしているわけでございますけれども、具体的には六学年までに、国旗と国歌はいずれの国も持っている、それから国旗と国歌はいずれの国でもその国の象徴として大切にしている、そしてお互いに尊重し合うことが必要であること、そして我が国の国旗と国歌は長年の慣行により日の丸が国旗であり君が代が国歌であることが広く国民の認識として定着していること、さらには六年を修了するまでに社会科あるいは音楽の授業を通じまして、国歌君が代は日本国憲法下におきましては天皇を日本国並びに日本国民統合の象徴とする我が国がいつまでも繁栄するようにと願いを込めた歌であることが理解できるようにする、これがこれまでの文部省の具体的な各学校にお願いしております指導の内容でございます。
 また、中学校は、こういった小学校段階の指導の上に、公民的分野におきまして国家間の相互の主権の尊重と協力、こういった学習をする際に、やはり同様に小学校段階と同じような内容をさらに深めて身につけさせるというようなことでございます。
 これに対しまして、音楽は、先ほども申し上げましたように、小学校一年生の段階からまずみんなと一緒に歌えるようになるということから始めまして、歌詞や旋律を正しく歌えるようにするというところまで小学校六年生でしっかりと教えていただく。その際に、国歌の意義につきましては、社会科の指導の内容と関連をいたしまして、先ほど申し上げましたような内容をしっかり身につけさせるということをねらいとしているわけでございます。
 これに対しまして、特別活動は、小学校、中学校、高等学校、もちろん子供の発達段階によりましてそれぞれの主体的な参加の態度あるいは受けとめ方、それぞれ違うことはもとよりでございますけれども、全体といたしまして、これら小中学校段階における各社会科や音楽の教科におきます指導を踏まえまして、それぞれの学年に応じて、具体的に卒業式、入学式という場におきまして国旗を前にしきちっとした態度でそれを斉唱すると、基本的なマナーをいわば実践する場として設けられているわけでございまして、これら総体といたしまして国旗・国歌に対する正しい理解と態度を育てていく、こういうことを小中高等学校の段階を通じて指導を行うという仕組みになっているところでございます。


○山下栄一君 今の局長の御答弁、私が先ほど申し上げましたこと、要するに僕が言いたかったことは、君が代という歌は音楽の授業なんですね、関係してくるのは。音楽ではその歌を歌えるようになるということをどこで学ぶかというと、それは小学校の六年生までなんです、とにかく歌えるようになるということを確保するということで。
 だから、先ほど申し上げたことはそうじゃなくて、君が代というのはどういう歴史をたどってきたかというようなことをやっぱり学ばぬと、愛着とか親しみとかいうようなことが、歌えるようになることも大事なんですけれども、私はそれだけではちょっともう一歩深まりがないなというふうに感じるんです。
 僕は、国旗・国歌に関しては正確な知識、認識を持たせることが物すごく大事だなと。それは、お父さん、お母さんも子供に対して、大人は子供に対してというふうなことを物すごく感じるんです。それがちょっと不十分ではないかということについての文部大臣のお考えをお聞きしたい。


○国務大臣(有馬朗人君) 学校におきます国旗・国歌の指導というのは、児童生徒に日本の国旗と国歌の意義を十分理解させまして、これを尊重する態度を育てるということが重要だということはたびたび申し上げてまいりました。また、同時に、諸外国の国旗や国歌も同様に尊重する態度を育てていくために行っているものだということもたびたび申し上げましたが、今御指摘の点、私は非常に重要だと思います。
 具体的には、社会科では国旗・国歌の意義を理解させまして、同時に諸外国の国旗・国歌を含めましてそれらを尊重する態度を育成はいたしておりますが、必ずしもまだ十分に行われていると思えないところも私は感じております。今後これを尊重する態度をさらに深く育成することが必要であると思っております。
 今御指摘のとおり、小学校では各学年を通じまして国歌君が代が歌えるように指導をいたしているところでございます。これは音楽の授業でやっております。しかし、そういうときにも折々、この君が代の持っている意味を子供たちに伝えるということは必要ではないかと考えております。
 今後もさらに授業のやり方などについて工夫をさせていただきたいと思っております。


○山下栄一君 この前、橋本委員のお話を聞きながら、本会議質問ですが、江戸時代というのはえらい広い階層にわたって、それから地域も種子島でも歌われたとおっしゃっていました。その歌の形式も謡曲もあれば小うたもあれば盆踊りの歌、盆踊りの歌になじむのかなとは思いますけれども、そういうことにまで非常に親しまれていたという話なんです。
 国歌の君が代の由来、これは本当に親、教師も含めてよく理解している人は余り多くないというふうに私は感じるんですけれども、官房長官はどういうようにお考えでしょうか。


○国務大臣(野中広務君) 御指摘のように、国旗・国歌の由来をよく理解している大人の方は、特に若い人々の中には必ずしも多いとは言えないと受けとめておるわけでございます。
 それは、戦後の歩みの中に、それぞれ過去の戦争を中心とした歴史の中から国家の歩みそのものが間違っておった、そしてそれをある意味において国旗・国歌がこれに起因をしておったというとらまえ方が十分教育の現場でそしゃくされないままに、あるいは時にはそれが対立軸となってやってまいった経過があるわけでございます。
 私は、戦後の歩みを思いながらふと思い起こしたわけでありますが、レーニンの言葉の中に、青少年をしてその国の誇りを失わしめ、そして祖国に対する絶望感を抱かしめることが革命への早道であると言われたことを思い起こして、そういう表現があったことを思うわけでございますけれども、戦後の歩みの中に、そういうことをこの国の革命と考え、この国の国づくりと考えられた勢力が特に残念ながら教育の現場に支配的であったことが国家の進路を誤らしめ、かつ、先ほど委員が触れられましたように、国旗・国歌に対する理解を、あるいは由来を十分理解されないままこの現代社会にまで対立軸とならざるを得なかった不幸な経過があったことを率直に認めなくてはならないと思っておる次第であります。


○山下栄一君 これは小学校だけじゃないんですけれども、学習指導要領解説の、これは文部省の解説ですが、国旗及び国歌に対して一層正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てることが重要だと、こう書いてあるわけですけれども、僕は今のままではこれは育ちにくい環境にあるなというふうに感じるんですね。
 この尊重する態度を育てるというのは具体的にどういうことを指導内容として考えておられるのか。尊重する態度を養う、そうするための指導というのはどういうことを考えておられるのか。


○政府委員(御手洗康君) 先ほどの質問のお答えをまず先にさせていただきたいと思いますけれども、学習指導要領の規定は、ごらんのとおり、各学校におきます指導の内容というものを極めて概括的に示すということにとどまっているわけでございまして、その規定に基づきまして、各学校において教科書を初めどのような教材を用意して、どのような指導方法で教師が教えるかということにつきましては、学校の教育課程の具体的な編成、実施にゆだねられているという構造でございます。
 したがいまして、委員御指摘のとおり、国旗を尊重し国歌を尊重する態度を育てるというために、我が国の国旗・国歌の由来などについて教員がそれをさまざまな研修等を踏まえて熟知した上で教える、これは当然重要なことでございます。
 また、教科書におきましても、社会科の教科書の中で、例えば日の丸につきましては、幕末においては幕府の総船印として使われているといったような記述を通じてその由来を教えることができるような糸口の記述がございますし、また諸外国を含めまして、国旗・国歌にはそれぞれの国の建国の理想や歴史や文化といったものの内容が込められていますよというような記述を通しまして、我が国の国旗や国歌の由来につきまして教師が教えることができる、あるいはそれからさらに進んで、教材を準備して適切な指導ができる糸口となるような記述が随所に教科書においても工夫をされているわけでございます。
 こういった教材を適切にこなして教師を指導するためには、当然御指摘のことにつきまして十分な教師の研修が行われるということが大事だろうと思っておるわけでございます。各都道府県等の教育委員会におかれましても、こういった点につきまして今後さらに意を用いていただきますよう指導してまいりたいと思っているわけでございます。
 したがいまして、文部省といたしましては、国旗を尊重し国歌を正しく理解し尊重する態度を育てるとはどういうことかということにつきましては、先ほど申し上げましたような点までを学習指導要領の解説におきまして指導するということにとどめまして、あとはそれを今申し上げましたような教科書あるいはその他の教材を踏まえて各学校が展開していくという仕組みになっているところでございますので、よろしくお願いしたいと思います。


○山下栄一君 態度を育てるというのは重要であるというふうにどこに書いてあるかというと、これは特別活動の取り扱いのところに書いてあるんです。僕はこういうふうに理解したんですけれども、これは多分、国旗を掲揚し国歌を斉唱する、掲揚というのは壇上に置いておるだけではいかぬわけですね、あれは。高く掲げないといかぬわけです、高く掲げることが掲揚ですから。そして、ちゃんと立って歌を歌うという形を整えることを指導しなさいということじゃないかなと思うんですね、尊重する態度を育てるというのは。ここに物すごく力が入っているわけです。だけれども、肝心の部分、正しく理解する、正確な知識を育てるということがないままにこれをやると、これは物すごい無理があるというふうに思うんです。
 これは別に学校現場だけではなくて広く国民に、特定の時期だけの歴史だけじゃなくて、日の丸の使われ方とかだけじゃなくて、日本の世の中で千年以上にわたって定着してきたということをわかりやすく、何か日の丸読本か君が代読本みたいな形で、それも正確な内容の由来みたいなものを、どういう道を歩いてきたかとか、どんな使われ方をしてきたかということも含めてわかりやすいものをつくる努力を文部省かどこか、内閣としてですか、考えた方がいいんじゃないかなというふうに思う。
 具体的にそんな教材はありませんよ、本当に。難しい古い本はあるんですけれども、わかりやすいものが極めて少ないというふうに思うんです。お父さん、お母さんもわからぬままに歌っているみたいなことがあると思うんですね。その辺について、文部大臣または官房長官にお聞きしたい。


○国務大臣(有馬朗人君) 私自身の反省でございますけれども、実はこの日の丸ということに関して、私自身が日の丸の持っている歴史に深く関心を持つに至りましたのは比較的最近のことでありました。
 それは、昭和天皇がお亡くなりになったときに、東京大学では国旗を掲げる、半旗を掲げるとすると必ず学生のごくごく一部の人がその国旗を倒しに来る、そして焼いてしまうというふうなことが起こりました。どうしたらいいだろうかと私も大変頭を悩ませました。しかし、その際に、日の丸を大学が掲げる、国立大学が掲げるという意味は何であるかということを学部長会議等々で議論をいたしました。そこで初めて専門家の人たちに、どういうふうにして日の丸がつくられてきたか、そして太政官令によって明治に決められたというふうなことを知ったわけであります。
 その結果、私は、これは重要なことであるから、しかも学生諸君が尋常一様には燃やしたり破らなくて済む十二階の上に立てることに決めました。それ以後、必ず祝祭日には十二階に翩翻と日の丸を掲げていくことにいたしました。さすがに彼ら、ロッククライミングをやるのがあらわれるかと思いましたけれども、あらわれませんでした。それで定着いたしました。
 その際、私は、なるほど我々はこの日本の国旗というものの歴史をよく知っていないなと反省をいたした次第であります。したがいまして、当然教育の現場におけるさまざまな混乱というのを見るにつけましても、今、先生御指摘のように、やはり適切な教材を用意し指導を行っていくことが望ましい。この点は先ほど初中局長より御返事申し上げたとおりでありますが、今後さらに国旗・国歌が成文法化される段階においてよりよく解説を行うような努力をさせていただきたいと思っております。
 そして、教育の現場の方たちが、いかなる意味を持っているか、これはただいまは国旗について申し上げましたけれども、国歌についてもその歴史ということをきちっと踏まえた上で、今日の国歌のあり方ということについて児童生徒に正しく指導できるように、やはりこれも適切な教材並びに指導を行っていくことが必要であると考えている次第でございます。


○山下栄一君 ぜひわかりやすい啓蒙用の資料といいますか、それをお考えいただく必要があるのではないか。今の大臣のお考え、賛成でございます。
 と同時に、またそういうことを地域でも学校でも構いませんけれども、研究したり意欲的に取り組むような指定校制といいますか、そういう形でやっていただいてもいいのではないかというふうなことを感じるんです。ぜひ御検討をお願いしたいというふうに思います。
 これは今の私の質問に関連する質問でございますけれども、問題は、だから要するに入学式、卒業式なんだと僕は思うんです。何でこれは問題といいますか混乱が出てくるかというと、特に私が気になるのは中学二年生、三年生、高校生ぐらいなんですけれども、儀式というのは体で表現しなきゃいかぬわけです、形が整って初めて儀式になるわけですから。それが中途半端な状態ですと非常にすっきりしませんし、先ほど文部大臣がおっしゃった楽しくない行事になってしまうと思うんです。
 だから、そういう状況の中で、職務命令の裏づけで指導せい、とにかく指導するんだという。それは何を指導するかというと、立つことを指導しなきゃいかぬ。生徒に対する指導は、多分立つようにして、口をあけて歌うということになっていくのではないかな。形が整って初めて指導が完結するということになってしまうわけです。
 そういう心と体が一致しないというのを一番嫌がる年齢がこの年齢なんです。それをとにかく指導するんだということを職務命令の裏づけをもってやると、それも余りよく理解されていないことを指導せいと言われると、僕はこれは物すごく無理があるなということを感じております。
 この特別活動における扱いなんですけれども、入学式、卒業式以外にも、例えば運動会もあるし、先ほど高校野球の話もありましたけれども、運動会は別に学校で考えていただいてよろしいですよと、こういうふうに指導要領の解説には書いてあるわけです。国旗の掲揚、国歌の斉唱指導を行うかどうかについては、各学校がその実施する行事の意義を踏まえて判断しなさい、始業式、終業式、運動会、開校記念日と。入学式、卒業式だけは、これは職務命令を伴ってちゃんと指導しなきゃいけませんよということになっておるわけです。
 何でこんなことになっているのかなということがよくわからないんですけれども、お願いします。


○政府委員(矢野重典君) 御質問の趣旨を誤解しておればお許しをいただきたいわけでございますけれども、入学式、卒業式は、国旗・国歌の意義を理解させ、それを尊重する態度を育てる上で教育上の効果が大きく期待できる適切な機会であるわけでございます。したがって、校長は学校運営の責任者として学習指導要領の趣旨を実現するために、入学式、卒業式において校長が特に必要があると判断した場合には、教員に対し職務命令を発することもあり得るものでございます。
 そして、そのことは、今運動会の例をお引きになりましたけれども、運動会においてもし学習指導要領の趣旨を踏まえて校長が今申し上げたような形で実施し、そして職務命令、運動会の場合におきましても校長がそういうことをやると決定した場合につきましては同様であるわけでございます。


○山下栄一君 そういうことなんでしょうけれども、だから特に中学、高校生なんかは、形から入るのは低学年は比較的入りやすいと思うんですけれども、小学生なんかは。思春期の一番難しい時分のときには、やっぱりある程度正しい知識をまずよくわかるように教えるということがないと、今それがないままに形先行になっているから混乱、それだけじゃないのかもわからぬけれども、大きな背景があるんじゃないかなというふうに僕は思うわけです。
 だから、よくわかって尊重する態度を身につけるために儀式をちゃんとやるんでしょうけれども、先ほど申しましたように、心と体が一致しないとそれは物すごく不自然になるというふうに感じるわけです。だから、運動会や始業式、終業式は各学校の判断でやっていいと言っているんだから、そういう考え方で行事についてはやる方向の方が正しいのではないか。
 入学式、卒業式だけ、それは確かに厳粛な一年に一回の行事だけれども、何でそれだけ職務命令が伴うことをしつけするのか。授業が始まるときには立って先生に礼するというようなこと、そういう場面は遠足のときとかいろんなときにあると思うんです。ところが、この二つの行事だけに限って職務命令を物すごく浮かび上がらせてやるというようなことは本当に何か不自然だなと。しつける場面はいっぱいある、だけれどもここだけを特にとりたてて言われるというようなことについては僕は本当におかしいなというふうに思うんです。
 だから、まずそういう歴史的な背景とか由来とかを教えることが非常に大事であって、その上で行事については柔軟に対応する、それがだめなら職務命令を出してまでやるというようなことはちょっと見直していただいた方がいいんじゃないかなというふうに感じるんですけれども、大臣、いかがですか。


○国務大臣(有馬朗人君) 御指摘のとおりに、さまざまな機会を通じて国旗・国歌の意義、それから歴史などについて指導していかなければならないと思っています。指導というのは、教えていかなければならないという意味であります。
 ですから、入学式とか卒業式だけではなくて、まずは社会科の授業であるとか音楽の授業であるとか、場合によっては君が代の場合でいいますと国語の授業などでしっかりと教えていく。そしてまた、総合的学習の時間というふうなものが今後つくられますので、そういうときに日本の国歌の持っている平和なすばらしさというふうなことを外国の国歌と比べながら説明をするというふうなことは重要でないかと思っております。そして、日本の持っているすばらしい平和志向ということをこういう国旗や国歌の教育を通じて教える。と同時に、今御指摘のように、場合によっては運動会、場合によっては学芸会、そういうようなところでも、これこそ生徒諸君の希望も聞きながら、国歌及び国旗を正しく示し歌っていくということがあった方がよろしいと思います。こういうことを、自然体というわけにもまいりませんでしょうけれども、そういう方向に向かって今後努力をさせていただきたいと思います。
 その上でしっかりと、特に入学式、卒業式というのはたびたび申し上げますように人間にとって節目でございますので、そういうときに形も心もきちっと厳粛に、しかも楽しく入学式や卒業式を行えるようにいたしたいと考えております。


○山下栄一君 冒頭、私が申しましたように、教育活動というのは、学校現場でしたら先生と生徒の信頼関係ということが基本にあって初めてしみ込んでいくということだと思うんですね。だから、職務命令というのは非常になじみにくい世界と感じるんですよ。
 だから、学習指導要領というのは大綱的基準であるということを局長はおっしゃいまして、いろいろ歴史的なことも、それは教員の判断でそれぞれの地域性とか考えながらいろんな教え方をしたらよろしいよ、細かいことは言いませんよとおっしゃっているんですけれども、ところが行事だけは極めて具体的に、この二つだけ極めて具体的に指導しなさいと。それはわかりやすく言うと、起立をして口をあけて声を出して歌うんですよということを指導しなさい、それをきちんとしない場合は丁寧に繰り返しできるようにやりなさいよというわけですね。物すごく具体的なんです、これだけは。
 僕は、それは職務命令を伴うということをやられると、これはもう非常に不自然だなというふうに感じております。繰り返して申しわけありません。
 僕の考えは、特に高校段階なんですけれども、高校段階は学習指導要領で国旗・国歌を扱うのは教科じゃないんです。行事だけなんです。そして、これが職務命令を伴うということなわけです。
 ところが、高校生というのはもう十五歳以上になってきますし、先ほどから繰り返し言っていますように、心と体が行動と一致するようなことを一番求める、わけのわからぬことをとにかくやれということは非常に嫌がる。それが青少年問題のいろんな背景、権威でもってやられるということを非常に嫌がる年齢でもあるし、今後、少子化になってくると、大学だけじゃなくて高校というのは社会人の方も場合によっては入学されていく、そういうふうになってくるのではないか、少子化とともに。そうしたら、若い先生が大人に、高校生に、高校生は十五、十六とは限らぬわけですから、そういう場面も想定される。
 今は高校はいろんな総合学科とか単位制とかどんどん多様化していって、統一的な指導内容というのはもう減ってきているわけです、必修科目の。だから、僕はこの高校段階の学習指導要領においてこういうことをやるということは、それこそ発達段階から考えても特に高校段階は見直すべきではないかというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。


○国務大臣(有馬朗人君) 学習指導要領は初中教育の全国的な教育水準を確保するということが非常に重要な目的でございます。それともう一つは、教育の機会均等を保障するということのために、文部大臣が学校教育法等の規定に基づき教育課程の基準として定めているものでございます。学習指導要領では、生徒児童の発展段階に応じて各教科、特別活動等の内容を定めるとともに、指導に当たっての配慮事項を示しております。そして、発展的、系統的な指導を行うことができるように配慮されているところでございます。
 このような全国的な教育課程の基準は児童生徒の発展段階に即して定められたものでございまして、高等学校段階の生徒につきましても、やはり国民として共通に必要な基礎的、基本的な教育内容を身につけさせるために必要であると考えている次第でございます。
 もちろん、中学校までの段階と高等学校の段階では大きく違うことは先生御指摘のとおりでございますが、そういう違いも十分考慮に入れまして現在学習指導要領がつくられていると考えておりますし、今日、高等学校では選択などというのが随分やれるようになりまして、多様性が一層ふえているということもまたちゃんと配慮しているところでございます。


○山下栄一君 私の提案はなかなか大臣もすぐにはということだと思うんですけれども、また御検討をお願いしたいなというふうに思います。
 今度は私立なんですけれども、私学の国旗・国歌の取り扱いが法制化によってちょっと変わるんじゃないかというふうなことを心配している学校もございまして、これは教育委員会担当じゃないわけですけれども、知事部局の方だと思いますが、法制化により私学の国旗・国歌の扱いは変わるのかということをお聞きしたいと思います。


○国務大臣(有馬朗人君) 法制化によって変わるかどうかという御質問でございますが、学校における国旗・国歌の指導の必要性についてはたびたび申し上げているとおりでございます。
 学習指導要領は学校教育法等の委任に基づいて教育課程の基準として定められているものだということもたびたび申し上げてまいりました。したがいまして、法規としての性質を持っておりまして、これは国立、公立、私立すべての学校において適用されるものでございます。しかし、文部省といたしましては、法制化に伴いまして学習指導要領に基づく学校におけるこれまでの国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものでないとたびたび申し上げているとおりでございます。
 そして、特に今の御指摘の私学について、私立学校におきましては建学の精神というのがございますが、この建学の精神というのはやはり大切にしていかなければならないと考えておりまして、その建学の精神に基づきまして国旗・国歌の指導が適切になされるべきと考えております。


○山下栄一君 ということは、法制化があっても今までどおり変わらないということですね。わかりました。
 次に、法制化によって教育委員会からの指導強化が強まるのではないかという心配がある。そうじゃないという答弁は繰り返していただいております。
 ただ、これは先ほども局長がおっしゃっていましたように、学校における国旗掲揚または君が代斉唱の実施率はもう少なくとも八割を全国平均は超えているという状況でございます。国旗の方は九割を超えているんですか。というふうに、大体もうほとんど実施されているという状況なわけですけれども、それはいろんな実施の仕方があると思うんです。これは実際職務命令を出すのは各地域ですね。地方の判断によって、文部省は特にそういう指導強化はしないということなんでしょうけれども、地域によってはやはり強化が強まるようなことも考えられないことはないのではないかという心配がある。
 学校の校長先生は式典の指揮をとってきちっと掲揚、そして斉唱を確保されるように指導していく。ただ、参加しているというか行事に臨む教員は全部が全部立って歌うかといったら、それは立って歌わないかもわからない。露骨な妨害とかそんなことはしないけれども、非常に消極的といいますか、積極的に起立をして歌う先生が全部とは限らぬわけですね。そんな場合は指導強化される可能性も出てくるのではないかというふうなことが考えられるわけですが、そんなことはないんですか。


○国務大臣(有馬朗人君) 非常に難しい点についての御指摘でございます。立って歌わない場合はどうするか、あるいは立たない場合はどうするか、こういう問題が残されていると思います。
 これに対しましては、やはりそれぞれの事情に応じて判断をしなきゃいけないことだと思いますけれども、まず第一には校長先生あたりからどういうふうな意味を持っているかというあたりを説得していただく。しかし、これはやはり合理的な限界の中であると思います。しかし、最終的にはその先生なりなんなりの自分の内心の自由というのがございますので、そういう点については、その場合場合において判断をすべきことであろうと思っております。


○山下栄一君 県の教育長によって、また学校長によって大分差が出てくるんじゃないかなということを私は感じておりまして、こんなことを心配しなきゃいかぬことがちょっと教育現場ではなじまぬなというふうなことを先ほどから繰り返し申し上げているわけです。今の方針を貫かれるならば、職務命令というのを伴って、そして妨害したらそれは命令違反にもなるんでしょうけれども、そうじゃなくて、今いみじくも大臣がおっしゃったように、内心の面で、先ほどの本岡先輩のお話じゃございませんが、いろんな自分自身の思いもある。だけれども、公務員だからやっぱりちゃんと歌わなきゃいかぬなと。だけれども、歌う気にならぬというふうな、無理やり歌わなきゃいかぬみたいなことになってくる。それは子供に指導しなきゃいかぬわけですからね。そこまでしなきゃいかぬというふうな状況なんかは非常にまじめな先生だと苦しむみたいなことになってしまうわけですね。
 これは地域によって差が出てくるとまずいと思うし、基準をつくれ言うてもおかしな話だなとも思う。だから、これは本当に悩ましい話なんですよ。だから、職務命令、不透明なことはもうできるだけ緩めるというか、やめた方がいいんじゃないかなというようなことを感じるわけですけれども、局長。


○政府委員(御手洗康君) 具体的に、卒業式の実施に当たりまして職務命令が発せられるというケースはどういった場合かということでございますけれども、校長が学習指導要領や教育委員会の指導に従って、あるいは地域の要望等に従ってぜひ指導要領に定めた形で実施したいと、その際に、広島県の事例にございますように、職員が組合員運動等も活用いたしましてどうしてもそれに従わない、学校長の教育活動の意思と職員の意思が往々にして乖離するという場合に、校長が教育課程の実施、編成の責任をとるという観点から、万やむを得ず職務命令を出すということでございまして、多くの学校においてはこういうことなく学習指導要領に基づいてきちっとやられる、そういうケースにおいては職務命令を発せられるということはないわけでございます。
 したがいまして、まずは何よりも、すべての教職員が校長のこういった教育課程の実施、編成権を尊重して、それに理解を示して教育活動に十分協力していく、こういった常日ごろからの職場における関係というものをつくることは大事であろうかと思います。しかしながら、職務命令を出す出さないも、地域によって学校によって異なっているということは事実でございますし、事実、不起立ということで処分をしたという事例は、私自身、県の教育長をいたしておりまして、一度目は文書訓告、二度目は戒告といったようなことをしたこともございます。
 もちろん、任命権者によって具体の状況あるいは全体の判断ということは異なりますので、最終的には各任命権者が人事権を行使する、懲戒権を行使するという仕組みになっておりますので、結果として地域によって差が出てくるということはあろうかと存じますけれども、要は学習指導要領に基づいてすべての学校において適切な国旗・国歌の取り扱いがされる、そのために場合によっては職務命令を発することはあり得る、この点についてはひとつ公務員の秩序あるいは子供の学習活動を十全に実施していくという観点から御理解をいただきたいと思います。


○山下栄一君 ちょっと官房長官にお聞きしますけれども、公務員の職務命令、誠実にやはり命令を守っていかなきゃいかぬということがあると。だけれども、先ほどから繰り返し申し上げておりますように、教育現場というのはほかの職場とちょっと違う面があるのではないかということを感じておりまして、すっきりしないことを形として生徒を指導しなきゃいかぬことはまじめな先生にとってはこれほど苦しいことはないというふうに思うわけです。
 今、局長からお話がございましたように、地域によっても職務命令には差が出てくるかもわからぬと。同じ不起立の場合でも、ある教育長、ある学校ではそれが懲戒の対象になったりならなかったりというようなこと、そういうふうなことも考えられるということなんですが、この職務命令扱いを教育現場では、確かに学習指導要領の法的拘束性とかということも繰り返し国会でも答弁されておりますけれども、これはちょっと違う扱いをやるべきではないかと。同じ公務員の職務命令でも、教育現場ではちょっと違うのではないかというふうに感じるんですけれども、この点における官房長官のお考えをお聞きしたいと思います。


○国務大臣(野中広務君) 学校教育現場の指導のあり方につきまして、官房長官として私が答えるべき立場にはございませんことを御了承賜りたいと思うわけでございますが、委員が御指摘になりましたように、一般論といたしまして、国歌・国旗の由来や、あるいは広くそれを理解するための努力というのは、単に学校だけでなく、地域社会等におきましても、また家庭におきましても十分なされていって初めてそれが理解され、定着するような努力は今後もさらに努めていかなくてはならないし、そのことがひいては教育現場等における混乱を少しでも回避できる状況にまたこの法文化とともになっていくのではなかろうかと思うわけでございます。
 御承知のように、国公立学校教職員の責務ということにつきましては、私も先般申し上げたとおりでございますけれども、国家公務員として、あるいは地方公務員といたしまして、それぞれ公務員法に基づき、あるいは学校教育法などの法令に従うべきは職務上当然のことでございまして、この法案がさらに教員の職務上の責務について云々するという立場にはないわけでございます。
 ぜひ、当初に申し上げましたように、広く家庭、地域社会、教育現場等に理解される努力を努めていかなくてはならないと思っております。


○山下栄一君 最後に、官房長官にお聞きしたいんですけれども、午前中の質疑でも、今回の法制化には尊重義務を盛り込まなかった、それはなぜか、それは適切でないと判断したからだと、こういうふうにおっしゃったわけですが、これは将来的にもそういうお考えなのか、今回ということなのか。将来にわたって尊重義務規定というのを新たに追加するということは考えておられないのか。入れるべきじゃないと私は思いますけれども、そのお考えをお聞きしたいというふうに思います。


○国務大臣(野中広務君) 今回の国旗・国歌の法制化の趣旨は、たびたび申し上げておりますけれども、日の丸・君が代が長年の慣行によりましてそれぞれ国旗・国歌として国民の間に広く定着しておることを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機にいたしまして、成文法にその根拠を明確にする必要があると認識したわけでございます。慣行として定着しておりましても、なお法文化がないということにおいて一部理解を得られない国民各位がいらっしゃるわけでございますので、そういう意味におきまして、ここに根拠を成文法において明確化した方がいい、適切であるというように考えた次第でございます。


○山下栄一君 どうもありがとうございました。

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