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日本語教育 > 国語(日本語)教育の拡充について
151国会 文教科学委員会会議録 2001年03月29日(抜粋)
○山下栄一君 残された時間、話す能力の話をちょっと、済みません。
日本は大体、教育は読み書きそろばんと。先ほど義務教育の内容は何かという話もありましたけれども、読み書きそろばんと言ってきた。それで、話す力というのは余り言ってこなかったという。読み書きの次にそろばんと行くのじゃなくて、読み書き話す、コミュニケーション能力、自己表現する力、そしてそろばんと。そろばんばかりが先行した国づくりじゃなかったとは思うけれども、この自己表現というような観点は余り日本は重視してこなかったかもわからないというふうに思うんですね。そういう意味で、話す力、コミュニケーション能力を育てることというのは私は非常に大事な観点だと思います。
教育課程でも学習指導要領でも徐々に強化されているということはお聞きしているんですけれども、私はこういうことをできる人というのは日本に余りいてないんじゃないのかと。例えば、党首討論もやっていますけれども、討論する力、自己表現、扇大臣なんかはもう自己表現抜群ですけれども、そういう能力というか、実践的な能力を持っている人、モデルがないから、これはだれが担当するんだと、教員は。国語の先生だと。国語の先生というのは、文法の先生とか文学、そういうことをやってきた先生。国語のところでこういう話す力を養うようになっているんやけど、僕は国語の先生だって急にそんなことを言われたら国語の先生も困ると思うんですよ。
そういうふうに考えたときに、私は、日本の初等教育、中等教育、高等教育の、特に高等教育の中でそんな専門家を育てる部門というのはないんじゃないのかと、ないことはないかもわからぬけれども。例えば、高等教育においてはどういうところでそれをやっているんだということをちょっとお聞きしたいと思うんです。
○国務大臣(町村信孝君) 確かに私ども、つい読み書きそろばんと言ってしまう。確かに、話すということ、あるいはコミュニケーション能力、今までややもすると軽視をしてきたかもしれません。
しかし、新しい学習指導要領、先ほどお触れいただきましたけれども、例えば国語の時間の目標の中に「伝え合う力を高める」、要するにコミュニケーション能力を高めるということで、小学校、中学校、高等学校、それぞれそうしたことをかなり強調しておりまして、聞いてみると、我々のころは本当にしゃべるということを余り意識したことはなかったんですが、最近はかなり意図的にディベートさせたりスピーチさせたり、国語であれ英語であれ、そういうことに心がけているようであります。
ただ、おっしゃるように、それを指導する人がどれだけいるかというと確かに御指摘のとおりだろうと思いますので、例えば、今ちょっと調べてきたんですけれども、小学校の国語の研修のときに俳優さんを呼んできたり、あるいはNHKの元アナウンサーを呼んできたり、あるいはこれは初任者研修で新潟県の場合はお笑い集団NAMARA代表を呼ぶとか、このNAMARAさんという人を私ちょっとよく存じ上げませんが、これがいいかどうかは別にいたしましても、いろいろな努力をして、やっぱり外部のそういう専門家の力もかりながら、表現力を確保するというような努力は従前よりは大分行われているようだと思います。でも、さらにまたそういう努力も必要なんだろうなと思っております。
○山下栄一君 今、大臣おっしゃったように、例えば国語の先生に、話す能力という新しい観点からの指導要領の強化があるから研修を受けてもらって、そういう授業ができるような能力を養おうと思っても、その担当する先生、研修できる先生が、今おっしゃったように、よく考えてみれば、高等教育で訓練を受けたというよりも実践的な中で、例えば落語協会とか吉本興業とかアナウンサーの世界とか、そういう今現在実践的に活躍、俳優さんもそうかもわかりません、そういう方々以外にどれだけいらっしゃるのかと考えたときに、私は、この基本的な人間の能力である話す能力、討論する力、わかりやすく人に自分の意思を伝える、また表現力、そういう観点からも本格的に養成する体制づくりが必要なのではないかと。この前は日本語の話をしましたけれども、今回はそういう観点なんですけれども。
僕は、例えばこれは浅利慶太先生がおっしゃっているんですけれども、要するに民主主義の基本的な力として、例えば義務教育の正課として西ヨーロッパ系では演劇を正課に入れていくような、そういう国もあると。義務教育でこういう演劇を正課にするということは一遍にいかないかもわからないけれども、人生は劇という観点から考えたら、どう表現して生きていくんだという観点からも非常に大事なものではないかと私は思いますので、この辺の研究もしっかりやる必要があるのではないか。
演劇は河原こじきというふうに言われてべっ視してきた面があるけれども、自己表現する力というのは今極めて求められているというふうに考えましたときに、日本の教育における話す力、コミュニケーション能力の育成は創造的日本人をつくるための大事な課題ではないかというふうに思いますので、これはやはり本格的に、指導者養成のあり方も含めてしっかり文部科学省におかれましても御検討していただければと思いますけれども、所感を最後にお聞きしたい。大臣にお願いします。
○国務大臣(町村信孝君) 山下委員から大変貴重な御示唆をいつもいただいておりますけれども、今の点、確かに今までややもすれば軽んじていた部分かもしれません。そういう意味で、より一層の充実を、例えば今御指摘になった大学における教員の養成の段階からそうしたことがより強化されますように、一層努めてまいりたいと思います。