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日本語教育 > 国際化に対応した日本語教育のあり方について
136国会 文教委員会会議録 1996年02月22日(抜粋)
○山下栄一君 平成会の山下でございます。奥田大臣、私も関西の出身でございますから非常に身近に感じております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
私も大阪でございますけれども、大阪は外国籍の子供たちが大変数多く小学校、中学校、高校に在籍しておるわけでございます。そのことに関連いたしまして最初に質問申し上げたいと思うわけでございます。
二月に入りまして、学術国際局の方から「平成七年度日本語教育が必要な外国人児童・生徒の受入れ状況等に関する調査」の結果が発表されたわけでございます。この資料を見させていただきまして、要するに日本語がよくわからなくて小学校、中学校で勉強していらっしゃるという生徒さんが大変ふえておるということでございます。
特に、平成二年の入管法の改正によりまして、日系の外国人の方が日本で仕事等の関係で定住しておられる、そういう方々がふえてまいりまして、そういう方々のお子さんがちょうどそういう学齢期にある。だけれども、そういう方々は日本語が余り得意じゃない、もっと言えばよくわからない。
そんな中で、日本の学校で勉強できる体制を日本の政府また自治体でも取り組んでまいったわけでございます。特に義務教育の場合でも、義務ではないけれども希望すれば受け入れますという、そしてまた自治体の方でも就学案内をきちっと徹底されまして、それで日本の学校で勉強できる体制を整えつつあると、こういう状況があるわけでございます。
母国語別の在籍状況、この報告にもあるわけでございますけれども、全部で日本語が必要な外国人子弟というのは、平成七年度の統計で一万一千人いらっしゃる、これは小学校、中学校でございますけれども。それで、母国語がポルトガル語、こういう方が一番多くて、その次に中国語、スペイン語、フィリピン語、ベトナム語、英語と、こういう順番になっておるわけでございますけれども、ポルトガル語の方々が約四千二百人、中国語三千七百人、スペイン語千四百人、フィリピン語四百九十人余りと、こういう数でございます。もちろん日本語がもう既に自由にしゃべれるという方は除かれておる。日本語が必要な外国人子弟という数が一万一千人。
ところが、地域によりますと、愛知県とか静岡県、また東京都等が一千人を超えておるわけでございますけれども、市によりましたら、一つの学校で例えば一割がそういう日本語が余りわからない子供たちである。そういう学校、受け入れた側は大変なわけでございますので、そのためのいろんな配慮が文部省でもされておるわけでございます。
それで、いろんな観点の配慮があるわけでございますけれども、日本語教育といいますか、これがまず大事なわけです。これをやらないことには何もわからない。授業の以前の生活からついていけないわけでございますので、授業に参加する最低条件であるし、なおかつ最重要な条件としての日本語学習、これが大きな課題になっております。そのための体制がどういう配慮がされておるかということを簡単に概略御説明をお願いしたいと思います。
○国務大臣(奥田幹生君) 日本はこういう島国でありますけれども、国際化の時代を迎えまして、先生が今お話しのような外国人の子女もさらにこれからもふえてくるんじゃなかろうかと思います。確かに、今おっしゃいましたとおり、小学校、中学校合わせて一万一千五百人、高校にも来ておられて二百六十四人が学んでおられるというような話を私も聞いておるわけなんです。
そこで、こういう外国人の児童生徒ができるだけ日本の学校生活に早く適応してもらえるような施策が重要でございますが、具体的には、そういう生徒がおるところには先生の加配でございますとか、あるいは向こうの言葉が、今おっしゃったポルトガルならポルトガル語の言葉がわかる協力者の応援を頼む、それから、日本語で書いた初心者向きの教材の提供でございますとかいうことをやっておると聞いておるわけですが、今おっしゃった日本語適応教室の促進事業、こういうものも非常に大事じゃなかろうか、文部省も積極的に取り組んでおるということは聞いておるわけですが、なお詳細につきましては担当の局長から答弁を願います。
○山下栄一君 結構です、大体大臣の方からお話がございましたので。
それで、先ほど申しましたように、こういう日本語が必要な外国人子弟という調査は平成三年から二年ごとだったと思いますけれども、そのときは五千人ちょっとだったと思います。平成五年で一万人を超えて、二倍になっておるわけですね。それは先ほど申しました入管法改正の件があると思うんですけれども、それで徐々にふえておる。また、平成七年は一万一千人を超えたということでございます。
今、大臣がおっしゃった加配、要するにそういう方々のために教員を余分に配置しないと対応できないという、これも平成四年から始まった。それで、第六次でしたか、義務教育の教員の配置改善計画にのっとって毎年ふえてきておる。今、千人ぐらい加配されておるということでございます。
私は日常会話ができたらいいというものではないと思うんですね。日常会話ができても、授業がわかるということになってきますと、文字も書けなくてはならないし、書いてあることがよくわからないかぬ。学校生活はできるけれども、授業についていけるかどうかということになってくると、これは相当の日本語学習、日本語教育の体制をしっかり考えないと、緊急避難的に対症療法的にやっておる段階はちょっと過ぎたのではないのかなと思っております。
そのために、教員の研修とか、それから教材の準備も徐々に進んでおるようなんですけれども、担当教員の研修と教材の充実という観点から、現状とこれからの取り組みをまずお聞きしたいと思います。
○政府委員(小林敬治君) お答えいたします。
まず、お尋ねの教材でございますが、先生御指摘のように、生活面で日本語が使えるというのが第一段階でございますが、それだけでは不十分でございまして、教科学習にもついていけるような日本語が話せる必要があるわけでございます。
そこで、私どもとして、まずその両面からの教材を用意いたしております。やや具体的になりますけれども、平成四年度に、「日本語を学ぼう」というのは学校生活で必要な日本語が習得できるようにと。それから「日本語を学ぼう」の2、3をその後ずっと続けておりますが、これらはいずれも小学校の低学年用、高学年用というふうな形で準備を進めてきておるわけでございます。
そのほかに、先生方の指導書として「ようこそ日本の学校へ」というふうな、これは適応指導の手引き書のようなものでございますが、そういったものもまた用意をいたしております。
それから、この研修も、日本語指導の能力を先生方に高めていただくということは大変大事でございますので、私どもとして外国人子女教育担当教員研修会というものを実施いたしておりますし、また都道府県の教育委員会におきましても同じような趣旨の研修会を実施いたしております。文部省で行っておりますのは年一回五日間、受講定員を一応百名というふうなことで行っておる次第でございます。
○山下栄一君 研修も日本語を教える。日本語を教えるのは楽なようだと思うんですけれども、ただこれは科学的にのっとって、日常会話を教えるのだったら僕らでもできるわけですけれども、ところが授業がよくわかるというふうな段階ですね、物を考える力とか、そういうところまで行こうと思いますと、専門的な日本語教育といいますか、そういうことができる人でないと大変だと思うんですね。
だから、もちろん研修も大事なんですけれども、研修の中身も非常に、その研修によってどれだけ教える先生が日本語教育の能力を持てるのかなということだと思います。特に中学校なんかになりますと、日本語でも難しいのに、それを日本語がよくわからない、しゃべれない子供たちがどれだけ理解できるかというふうなことがありますので、日本の先生、受け入れ側の先生の日本語教育の向上のためのそういう施策をしっかりやっておかないと、研修だけじゃ厳しい、研修の中身も問題ですけれども、というふうに私は思うわけです。
それと、研修も、日本語教育という技術と同時に、ブラジルとかペルーとかフィリピンとかの国のこともよく理解しておかないと、子供の生活習慣とか、校則を説明するのにも、全然違うわけですから、だから出身国でどのような生活をしていたかというふうなことも、出身の国のこともよく知っておかないかぬというふうなことも担当教員に求められるわけですよね。そういう観点からの研修も大事だ。
教材も、今、局長がおっしゃいましたように、まだこれは小学校の段階の「日本語を学ぼう」という教材である。第三次まで、「日本語を学ぼう」シリーズを三回までやったという段階ですよね。中学生はそれに対する教材もまだない、指導資料もないという、今つくっておられるのだと思いますけれども、そんな段階であるという問題点があると思うんです。
それで、加配が進んでいきますと、大臣がおっしゃいましたように、抽出して日本語教室といいますか、普通学級じゃなくて、体育とか音楽、美術なんかは、別に言葉でなくても体育も一緒にできるとか、絵だったらできるとか、算数だったらアラビア数字だから大体わかるけれども、国語とか社会とか理科なんかは大変で、そういうときは抽出して加配された先生が担当して日本語学級でやっているということだと思うんです。
こういうやり方についても、担当する加配された先生が、先ほど申しましたように、日本語教育がしっかりとできる人で、なおかつ、特に中学校なんかになってきますと、そういう専門的な授業能力も要求され、普通の教員よりも余分の力が非常に大事になってくる。加配、ふやせばいいというものじゃない。もちろん一人でやるよりは、それは二人で教えたりとか、また別にそういう子供だけ集めて抽出授業をするのは大事なわけですけれども、それで事足れりとしていると落ちこぼれをつくってしまう。
小学校の一年、二年、三年、四年ぐらいはわかるけれども、漢字が難しくなってきたり分数が出てきたりすると日本の子供でも落ちこぼれ始めるわけですからね。日常会話がわかると何となくもう日本語学習は必要ないんじゃないかと。そうじゃない。学習したり物を考えたりする、そういう日本語の力を身につけようと思いますと、できるのかなということが不安になってくるわけで、ほうっておいたら必然的にもう六年生ぐらいから落ちこぼれていくんじゃないかというふうに思うわけです。
したがいまして、日本語教育のプロといいますか専門化された人を配置するということを真剣に考えないと、加配とか研修とか教材の工夫だけじゃ、これはせっかく日本の学校で勉強しても、恨みが残ったり、日本に行っていたおかげで、それから本国へ帰ったとしても、その間母国語もどんどん忘れていくし、日本語も中途半端にしか勉強しなかった、それで知識も余り身につかなかったという状況で本国へ帰らないかぬということになってきますと、せっかく日本政府とか自治体が配慮したことがマイナスになってしまうということが私は出てくるのではないかと思います。
同じ加配するのであれば、また、先ほど大臣がおっしゃいましたように、加配だけじゃなく、母国語ができる人をアルバイトでというか委嘱して、月に三回ぐらい巡回で、月三回だからもう知れていると思いますけれども、だけれども、ないよりましたということで、ポルトガル語をしゃべれる人とかの派遣事業もあるわけですけれども、そういう程度ではちょっと、人数もものすごくふえていますから、日本語教育のベテランといいますかプロを私は配置するということを考える必要があるのではないかと、このように思いますけれども、いかがでしょうか。
○政府委員(小林敬治君) 今、御提案をいただきましたけれども、実は、日本に現在います外国人子女が大体言語で言うと四十六言語になるということでございまして、本当に望ましい先生というのは、特に日本へ来た当初の段階では相手との意思疎通が図れるように相手の言語がしゃべれる先生が望ましいのかなというふうに思います。また、その母国での風俗や習慣についても精通をしている方というふうな方がおられるとよろしいわけでございますが、とても現状ではそういった先生を必要な数だけ確保するということは至難でございます。
そういうことで、多少なりともプラスになるようにということで、先生も御指摘がございましたけれども、派遣事業というようなことをやって、日本の社会に一日でも早く適応できるようなという努力をいたしておるわけでございます。
ただ、こういう状況がどんどん進んでまいりましたときに、御指摘がございましたように、日本語教育を専門にするような方たちというのを、特に外国人子女をたくさん受け入れる傾向のある府県が養成あるいは確保していくということは非常に有力な方策ではないかなと思いますので、今後私どもとしても何らかの研究、検討をさせていただきたいなと思っております。
○山下栄一君 ぜひ、せっかくたくさん来られているわけですから、だから、日本の国に対する、日本の行政に対する、また日本の子供との友情もありますけれども、信頼感を高めるための方策を私はしっかりと考えていく段階に来つつあると。
だから、平成三年からですか、どっと急にふえた面もありますので、とりあえずそういったたくさん受け入れた市、県については、緊急避難的にともかく教員をふやそうとか、そのための先生の研修をやろうとか教材をつくらないかぬとかいうことがどんどん始まったと思うんですけれども、長期的な視点からこういう在日外国人の子弟に対する、日本語が必要なそういう方々に対する手当てをやはり考えていく時期に来ているのではないかと、このように思います。特に、先ほど申しましたように、日本語教育のプロを配置するという観点からの加配とか担当者の手当てをぜひとも御検討願いたいというふうに思います。
それと、国際理解教育という観点からこの問題をとらえる必要があると私は思います。この観点がちょっとないのではないかというか、まあないことはないかもわかりませんけれども、ともすれば忘れられがちであるというふうに思っております。だから、ブラジルの方、ペルーの方、フィリピンの方、中国の子供たち、国際理解教育と申しますと、何か展示をしたりそれから地球儀を置いて勉強するとかそういう知的な教育に非常にウエートがかかっておる。せいぜい交流があったとしても行事で終わっているというのではないかと思うんですね。
ところが、よく考えてみると、こういう日系外国人の方、またそういう方々の子供たちが日常的に毎日学校におるわけですから、そういう子供たちにとにかく日本人としての教育をやらないかぬというのが義務教育の観点だと思います。もちろん、そういう観点しかないかもわかりませんけれども、そういう点と同時に、子供たちが、いじめもあってはなりませんけれども、地球にはいろんな人がいらっしゃる、それでいろんな文化を持ち、日本人が学んでいかなきゃならないそういういろんな国がいっぱいあるんだ、そういう異文化を理解する、また地球人としての、また国際人としての能力を高めるもう絶好のチャンスがそういう受け入れた学校にあると思うんですよね。
それを抽出して日本語学習をすることのプラス面・マイナス面あると思いますけれども、いずれにしてもそういう国際理解教育の観点から、こういう外国人子弟を受け入れている学校での教育のあり方といいますか、こういうふうな観点を強調していく必要があると、このように思いますけれども、いかがでしょうか。
○政府委員(遠山耕平君) お答え申し上げます。
在日外国人に対する教育でございますが、国際理解教育という観点からはポイントが三つあるかと思います。
一つは、外国人子女一人一人の実態を的確に把握して、その子供たちが自信や誇りを持って学校生活において自己実現が図られることが大事でございます。
それから二番目でございますが、二番目は教育課程を実施する上での配慮事項でございますが、外国人子女の外国での生活あるいは文化を本人の各教科の学習に生かすように指導していくことが大事であろうと思います。
それから三番目には、先生自身が、その外国人児童生徒の母国に対する関心や、あるいは理解をしようとする姿勢を持って適切な教育を実施していくと、こういうことを進めていくことが大事であろうかというぐあいに考えております。
○山下栄一君 先ほど申しましたように、国際理解教育は知的学習にどちらかというとまだ今の段階はウエートが置かれておる。外国人子弟を受け入れる学校については、日常的な体験学習として、日々の生活の中からまさに生きた国際理解のできる場があるんだという、そういう観点からのとらえ方といいますか、これをしっかり徹底していく必要があるのではないかというふうに思っております。
あとはちょっと問題点だけ指摘させていただきます。
編入学の問題なんですけれども、要するに外国人子弟の年齢、例えば十二歳であれば六年生、十三歳であれば中学一年というふうに機械的にやるといろんな支障がある。その方の何年日本にいらっしゃるのかということもありますし、どういう教育を受けてきたのかということもありまして、柔軟に対応していく必要があるのではないか。それが現場では非常にしゃくし定規にやっておることはないのかということ。あと、希望すれば行けるけれども、いろんな事情で特に未就学になってしまっておるという、希望しないから放っておくということだけではだめなのではないかということ。
それから退学者、特に小学校、中学校の段階でもう学校に来なくなってしまったというふうなことに対する配慮とか、そういうことも含めましてこれから一つ一つ丁寧な対応をお願いしたいと思っております。
〔委員長退席、理事森山眞弓君着席〕
時間が迫っておりますので、問題点だけ指摘させていただきます。
私はこれは今回初めて勉強させていただいたんですけれども、思いましたのは、文部省の所管の外国人子女に対することをどこで担当されているのかというのが、あちこちにまたがっていまして、それできょうもどなたが責任持って答えられるのかなと思っていたんです。
とにかく助成局、初中局、学術国際局、文化庁、こういうところで担当されておりまして、例えば担当者の研修とかは助成局だ、加配の方は同じ助成局でも財務課で研修は海外子女教育課だと。教材については海外子女教育課でもつくっているし文化庁でもつくっておる。外国人子弟の協力校の指定は初中局の高等学校課でやる。国際理解教育は高等学校課だと。何で高等学校課かなと思うんですけれども、担当がそうなっているんでしょう。それで、どれだけ日本語教育が必要な子供がいるかという今回の調査は学術国際局でやっておられる。また、日本語教育のどうあるべきかという研究は国立国語研究所でやっておられるとか。
だから、そういうふうにばらばらにやっているから、全体的なそういう外国国籍の方の日本における教育をどうするかという、僕はこれは物すごく日本の国際化のために大事だと思いますし、日本の教育のあり方の大きな変化の中に国際化とか個性化とかいろいろあるわけですよ、国際化の柱としてうたわれているわけですけれども、取り組みがちょっと一体的に取り組んでおられないと、そういうことではもうそろそろいけないのではないか。冒頭申しましたように、対症療法的緊急避難的な段階ではなくなりつつあると、数もどんどんふえておられますし。
そういうふうに考えますと、文部省の所管の見直しをする必要があるのではないか。つけ足しつけ足しでついでに、ついでにと言うと怒られますけれども、どんどん子供さんがふえるものだから仕事がふえていったというふうなことで今まで来たのではないかというふうに思いますもので、文部省の担当のあり方を考える必要があるのではないかというふうに思うんですけれども、大臣いかがでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) この点につきましては、私どもといたしましては、事柄の重要性それからいろいろ多様な施策を必要とするというようなことで、おっしゃいましたような各局にまたがった仕事のつながりはございますけれども、全体といたしましては、私の方で今の実態の状況を把握するとか、それから全体としての関連の必要性について関係の部局と連絡をとりながら、全体としての施策の振興が図られるように、よく十分連絡をとりながらやっていくということが実際上のことでございます。
例えば教員定数の配置一つとりましても、これは教育助成局の全体の教員配置計画の中で考えていかなければならないというふうなこともございますので、今のような形にはなっておりますけれども、私の方で十分事柄の重要性を考えながら、前向きな仕事ができるように努力していきたいと思っております。
○山下栄一君 大臣、いかがでしょうか、今ちょっと聞いておられて。
○国務大臣(奥田幹生君) 冒頭に申し上げましたように、これからますますそういう取り組みが非常に大事になってまいるところでございますから、先生が御指摘になりましたようなそれだけたくさんの課に局にまたがっているということは十分わかりましたので、どうやって御要請にこたえられるか、一遍十分打ち合わせをさせていただきます。
○山下栄一君 それから、日本語教育の専門家も、例えばわかりやすく言いますと、もちろん海外でも先進国なんかに日本語を勉強したいという人がふえておりますので、先進国に派遣されるんですよね。例えば、アメリカの高校に日本語の専門家を派遣されたりとか、こういうことをされているんですが、もとへ戻って申しわけありませんけれども、日本の国の学校の中にどんどんそういう方々がふえておるのに、肝心の日本語の教育の専門家が余り考慮されていないということが大変大きな問題であるというふうに思いますので、それも含めまして日本の学校における日本語教育専門家の配置について真剣な御検討をお願いしたいと思います。
それから、学術国際局で行われた調査なんですけれども、表題は「日本語教育が必要な外国人児童・生徒」と書いてあるわけですね。ところが、日本語教育が必要な子供たちといったらどういう基準なのかということがあいまいである。調査依頼を受けた教育委員会が考えるんでしょうけれども、基準が非常に不明確ではないかなと思うんです。日本語教育が必要な外国人子弟というのはどういうレベルの日本語教育が必要だということになっているのか、ちょっとお聞きしたいと思います。
○政府委員(林田英樹君) これは学校の実態によりまして、教育の問題でございますので必ずしも明確な線引きというのは難しいところはあると思いますけれども、このような主として外国から日本へ来た方々で、それまで日本語については何ら習得の機会がなかった方が日本の学校へ来ているような方々でございますので、それらについては一応、各学校におきましては、特別な対応を気をつけてやっておる方々というふうに学校では理解をしてくださっているんではないかと思いますので、今申し上げましたような方々を対象にして上げてきていただいているものと、こういうふうに理解をいたしております。
○山下栄一君 わかりやすく言えば、私は日常会話ができるという段階になったらこの数から落ちていくんじゃないかなと思うわけです。例えばブラジル国籍の子供たちが日本に来た、三年たってもう日常会話ができるようになった、そしたらもうこういう数字の対象から外れていくのではないかというふうに思うわけです。
それではいけないということを先ほど申し上げたわけで、生活用語の習得じゃなくて、それだけじゃどんどん落ちこぼれていく。だから、授業が本当によくわかるようになるためには、日常会話レベルではいけないわけですから、日本語教育が必要な外国人子弟というのは、日常会話という基準でいったら間違いであるということをぜひ御認識をお願いしたい。
一万一千人いると。本当はもっと必要な方がいらっしゃるのではないかなと私は思います。だから、調査されているんですけれども、受け入れ先の自治体は、日ごろ生活的に不自由じゃないということであればもう数に計上しないのではないかなというふうに思いますので、潜在的な、日本語教育が必要な、日本人の中にもそういう方がいらっしゃるかもわかりませんけれども、在日外国人の子弟がもうちょっといらっしゃるというとらえ方でこれをやっておかなきゃ、一万一千人でひとり歩きして、それで例えば教員の加配とかが決まっていくのではないかと思いますので、その調査の、ごまかしとは言いませんけれども、問題点というか、これがあると私は指摘したいわけですけれども、この点どうでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) これはまた今後とも私どもも気をつけて調査に当たりたいとは思いますけれども、実際の学校現場におきましては、それぞれの先生にとりましては、本当に日本語がわからないために授業がわからないということは、学校にとっても個々の先生方にとっても大変大きな問題でございますし、何らかの行政的な対応を必要とするというのが基本的な先生方のお受けとめではないかと思いますので、ある程度日常会話ができるようになったらこの対象から外していこうというようなお気持ちは、一般的には学校には少ないんではないかと思うわけでございます。
しかし、いずれにしましても私ども、御指摘のような点につきましては、今後とも遺漏のないように調査に当たっては十分気をつけてまいりたいと思います。
○山下栄一君 授業についていく最低の条件が日本語教育である。その段階までも至っていない状況の中で統計から外されていくのは大変なことだと思います。日常会話レベルでは授業がわからない、漢字も書けない。漢字を書くことについては物すごく時間がかかるわけでございますので、そういう意味でも御検討をお願いしたいというふうに思います。