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145国会 文教・科学委員会会議録 1999年03月30日(抜粋)

○山下栄一君 話は変わりまして、奨学金の話をちょっとさせていただきたいと思います。
 平成十一年度、もうすぐ四月でございますが、特に日本育英会の事業の中の有利子の奨学金が抜本的に拡充されると。その中で私は画期的だと思いますのは、成績要件を実質上撤廃するというこの考え方は、これは有利子に限っているわけでございますけれども、非常に時代に合った考え方であるというふうに考えます。
 と申しますのも、日本育英会の前身は大日本育英会、昭和十九年にできた。そして、一部のエリート、英才を育てるまさに育英という考え方から来ているというふうに思うんです。
 ただ、その英才の考え方そのものが非常に古い考え方で、見直しされないままに日本育英会となり、それが成績要件という形につながっていったのではないかなというふうに思うわけです。画一的な成績評価、数値に置きかえて、三・五以上とか二・五以上とか言っているわけだから。
 僕は、そういう考え方を見直すことが、偏差値中心とか知識に偏っているとかいう考え方をもうとらないんだということにつながっていくのではないか。この育英会という言葉に、物すごい古い体質が今も残っているということを感じさせているというか、新しい学力観と言いながら、また、総合的な学習時間を置くという精神に反するようなことを成績要件を設けながら今までやってきたこと自身が、言っていることとやっていることが違うのではないかという批判につながっていくのではないか。日本育英会という名前も変えなきゃいかぬのではないかなということにつながるのではないかというふうに考えるわけです。
 この点、いかがでしょうか。


○政府委員(佐々木正峰君) ちょっと事務的に御説明させていただきたいと存じます。
 御案内のように、日本育英会の事業はすぐれた人材の育成と教育の機会均等の実現を目的とするものでございまして、学資の貸与に当たりましては、学業成績がすぐれていること、経済的理由により修学が困難である、その二つの要件を必要としているわけでございます。
 そのうち、学力基準につきましては、平成十一年度有利子貸与事業につきまして、成績が平均水準以上の者、または特定の分野において特に優秀な能力を有すると認められる者に加えて、勉学意欲のある者を基準として追加をいたしたところでございます。ただ、この勉学の意欲のある者というのは、これは学力基準の緩和でございまして、その意味において、現行の法律の範囲内における運用の一環として対応をいたしたものでございます。
 このように、日本育英会の事業が、学力基準及び家計基準、この要件のもとに運用をいたしておるところにいわば事業の特色があるわけでございますが、この二つの要件のうちいずれに重点を置くかにつきましては、御案内のように、近年、すぐれた人材を育てるという育英の側面よりも、幅広く人材を育成するという奨学の側面を重視する方向で文部省としても予算の充実を図っておるところでございます。


○山下栄一君 英才というのをどうとらえるかということなんですけれども、大臣にお聞きしたいと思うんです。


○国務大臣(有馬朗人君) 育英ということと、それから奨学という両面が確かに奨学金の中にあるわけでありますが、やはりこのごろはどちらかというと奨学の方に重点が移っていますね。すぐれた人材を育てるという育英というよりは、幅広く人材を育成するという奨学の側面がずっと大きくなっていると思います。そして、その上で予算の充実を今図っておりますし、有利子を大幅に、十万人から二十万人ないしは二十五万人というふうなことを今図っているわけでございます。
 ただ、私が思うのは、大学院あたりになりますと、これは単に奨学だけではない。もちろん学術振興会でドクターコースのための奨学金があるんですが、それプラス育英奨学会があるわけですが、ここのあたりになりますとかなり育英という側面が入ってくる。ですから、やっぱり両面あると思うんです。
 ですから、どちらに重点を置くかというと、おっしゃるとおり、奨学にも今重点があると思う。しかしながら、やはり育英という面もあるぞということを申し上げておきたいと思います。残っていると思います。


○山下栄一君 僕は、貧しくておくれた時代、そういう時代もあったわけで、そのころには、そういう優秀な国家に役立つ人材をつくらなきゃいかぬという、そういうことからもともと育英事業というのは始まった歴史的な背景があるというふうに思うんです。
 それで、今は少子高齢時代だと。子供をどう育てていくか、子育てが難しい。また、子育てに大変な不安があると同時に教育コストが大変かかるということもある。少子高齢時代に向けた奨学金のあり方というか、こういう抜本的な考え方、理念の考え方の変更が必要なのではないかという観点から申し上げているわけで、子供は単にお父さんお母さんの後継者、宝という観点だけではなくて、社会の宝であり、そして後継者なんだという観点から、みんなで応援をするんだ、税金を使って応援しようと。財政投融資というよりも、僕の考え方はそうなんです。そういうふうな子育て観といいますか、そういうようなことが必要ではないか。
 と同時に、先ほど申しましたように、学力ということも、新しい学力観ということが今言われているわけで、一人一人の個性を大事にしようと。それは、数字で三・五以上とかであらわせるものでないものを大事にしていこうというのが新しい学力観であろうと思うし、総合的な学習時間というのも数値で評価しないということを決めているわけだから、総合的な学習時間の評価はたしかそうだと思うんです。
 そうすると、学力に対する学業優秀というのは、点数であらわされることを中心に今までやってきた。成績優秀というのはどこで基準を決めるんだと、それは五段階の何点以上とかいうようなことになってくるわけで、そういう考え方そのものを変えることが今求められている。心の教育というのはそういうことなんだという観点から考えると、この育英奨学金という考え方そのものもやはり見直す時代を今迎えている。少子高齢時代の中における奨学金のあり方、これをやはり考えていくことが必要なのではないか。
 日本育英会法第一条の目的に書いてある、「優れた学生」とか、「経済的理由により修学に困難があるものに対し、」とか、「国家及び社会に有為な人材の育成に資する」という、こういう考え方そのものを変えなきゃいかぬのではないかということを私は申し上げているわけです。
 少子高齢化時代における奨学金、みんなで応援して、どの子も人材なんだ、能力は全部違うんだという考え方に立って支援する、そういうふうな一律的な数字であらわせないものを大事にしていこうという観点からの奨学金のあり方、これをやはりこれから検討していく必要があるのではないかというふうに思っております。
 大臣の所見をお伺いしまして、終わりたいと思います。


○国務大臣(有馬朗人君) 先生の御主張はよくわかりました。しかしながら、先ほどお答え申し上げましたように、わずかかもしれないけれども、やっぱり育英の側面も残しておきたいと、私はやはり今でも思っております。
 それは、非常に貧しい家の子で、しかも非常に勉強したがっている子というのはおりますね。そういう人たちは、やはり育英の面というものもあろうと思っています。もちろん奨学の面もあるわけです。
 同時に、先ほど御指摘のありました、二・幾つだからいいとか、三・幾つじゃなきゃいかぬとか、こういうことは、今までのように単に筆記試験で出てきた成績とかそういうものではなく、その人が勉強していく意欲というふうなものも評価に入れて、そしてより違った側面も加味しながら、やはり有限な予算でございますので、その予算を十分うまく使うために、選び方などに工夫をさせていただくべく努力をさせていただきたいと思っております。


○山下栄一君 ありがとうございました。

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