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145国会 行財政改革・税制等に関する特別委員会会議録 1999年07月07日(抜粋)
○山下栄一君 初めに、独立行政法人の問題でお聞きしたいと思うんです。
今、最後の方で山本先生がおっしゃったことにもかかわってくるかもわかりませんけれども、独立行政法人は何のためにこういう制度を導入するのかという、この辺がイギリスの場合と日本の場合、動機のところでちょっと違うと。これが独立行政法人という制度を導入してどれだけ期待できるかという、非常に暗いなということにつながってくるのではないかなと思うわけです。
やはり、官、行政の存在意義といいますか、国民の側に立って行政というのは何をなし得るのかという観点から行政の存在意義が問われておるわけです。そういう観点から、イギリスの場合、民営化と効率性、そしてサービスの質の向上という、それを厳しくするための一つの制度化として独立行政法人というのがあったのではないかと。ところが、日本の場合はそういう観点もないことはないけれども、基本的にはやっぱり行政のスリム化といいますか、人員削減といいますか、そういう観点からの独立行政法人論議というのが先行している。したがって、何のための導入かということがあいまいにされたまま制度化されようとしていることが大きな問題点ではないかなというふうに思うわけです。
そこで、独立行政法人通則法ですけれども、ここに先ほど山本先生がおっしゃった、今も少しおっしゃいましたけれども、財源、予算の問題、そして評価基準の基準そのものを示すとか、また、どういう場合に独立行政法人というのは民営化の決断をし、廃止の決断をするかという決定基準、また、この法人そのものの解散に関する規定、これらのものまできちっと書き込まないと、独立行政法人の国民の側に立った機能というのはやっぱり期待できないのではないか、このように感じるわけですけれども、この点の御所見をお伺いしたいと思います。
○公述人(山本清君) まず、日本におきます独立行政法人の本音はどこにあるかということを私が思いますには、要するに今回の独立行政法人の定員というのは総定員法の枠外になるわけですね。形式的には国家公務員であろうと思うんです。そうしますと、独立行政法人化に移行するということは、形式的にはいわゆる法定定員が非常に減ることになる。すなわち、小渕総理大臣がおっしゃっているような公約をなるべく達成するためには、なるたけ独立行政法人化に移行した方が公約を守れると、こういった非常に政治学的な力学が働いているということで、そこをまず押さえておく必要があると思います。
それは非常にリストラ論としてはある意味では正論なところもあるんですが、国民の立場からすれば、何も実質的には変わらないというおそれが非常に強いわけですね。そうすると、むしろ重要なのは、独立行政法人の管理運営において、特に先ほど来組合の方の方からも御心配の声がありましたとおり、いわゆる効率化ということ一方を求めてサービスの質がなおざりになるのではないかという、多分そういう国民の素朴な不安感があるんだろうと思うんです。したがって、そういった不安感をなくす。
しかも、イギリスにおけるエージェンシーは、当初は確かに労働党の方も反対していたんですが最終的には労働党の方も認めたわけですね。そして、組合の方もかなり当初は反対をしておったんですが、これは我々のいわゆる専門職としての職務満足度はまだ低い段階なんですが、いわゆる効率化をすれば、すなわち効率化して浮かした金を今度は、その一部は国庫の方にも入るけれども、サービスの質の向上に再投資してもいいんだというようなことを実はイギリスのエージェンシーはやっているんですね。
したがって、日本における独立行政法人の構想案の中には、もし余剰金が出たら自主運用しなさいとか、あるいは一部国庫に入れなさいという非常に効率的なインセンティブを与えるためのシステムはかなりビルトインされているんですが、専門職の人の生きがいを育てる、いわゆる質に対する再投資、そういったものにも浮いた金の一部は充当してもいいんだと、そういった一つの措置がぜひとも必要であろうというふうに私は思います。それをすることによって独立行政法人に移行した職員の働きがいも出て、なおかつ国民へのサービスの質の向上も同時に果たせ得るんだといった、相矛盾するような要件をカバーできる、そういった目標が立てられるのではないかというふうに私は考えております。
それと、現行の独立行政法人は確かに直接民営化を前提にしておりませんが、私は、法案で民営化を全くしていないからといって絶対ないということを明言することもないと思うんですね。むしろ重要なことは、どこまでが官でどこまでが民というか、官と民という表現は最近よくなくて、公と私と言った方がいいらしいんですけれども、どこまでをパブリックでやるのか。それはノンプロフィットも含めたような、地域社会も含めたパブリックという意味なんですが、どこまでをパブリックでカバーし、どこまでをプライベートな個々人の責任でやるのかという切り分けの議論をやはりもう少し進めていかないと、単純にすぐこれは民営化であるとかいった判断をすることは、今の時点では非常に危険であろうというふうに私は思います。
○山下栄一君 山本先生が勤めておられた会計検査院の役割なんですけれども、この会計検査院というのは憲法が要請した機関なわけですが、私も国会へ出していただいて、参議院の決算委員会、参議院の使命は、衆議院と違うところは決算審査だというふうなことも言われ続けておるわけですけれども、なかなか審議時間も確保できないような、非常に寂しい状況になっておるわけです。
会計検査院の使命というのは、こういう行政評価とか政策評価というふうな、こういうことが議論になってくると非常にもう一度再評価といいますか、されるべき役所なのではないかというふうに私は思うわけです。
それで、御自身の経験から、例えばモニタリング評価みたいなことが中心だったと思うんですね。それがプログラム評価とかまた因果関係を明確に評価する、そのようなことが本来会計検査院に期待されているのではないかなと思いますときに、検査院法の改正も含めて、また今日導入されようとしている行政評価の仕組みの中における会計検査院の役割、また連携、この辺の問題についての御所見をお伺いしたいというふうに思います。
○公述人(山本清君) 実は、先般の国会法並びに会計検査院法の改正によりまして、現在の会計検査院は、従来の合規性あるいは正確性の検査以外に、いわゆる経済性、効率性、有効性の検査権限を明文化されたということは委員御案内のとおりでございます。
したがいまして、問題は、会計検査院がこういった政策の効果でありますとか効率について、要するに意欲というのとそれを支える国会議員の各先生方を初めとした国民各層の一つの大きな支援というのが多分必要だろうと思います。
と申しますのは、依然としてマスコミの方も含めて一般的な会計検査院に対して求めるものは、国民の血税が一銭たりともむだになっていないかというようなことを非常に求められるわけでございます。そうしますと、ある意味においては重箱の隅論的な、不適正あるいは違法、不当的な要件を一生懸命調査官は見つけてくるというふうなことにどうしても終始してくるわけでございます。したがって、会計検査院に対して政策評価を求めるということであれば、やはり国民各層の広範な御意見が、なるべくそういった違法、不当あるいは小さな単位の間違いではなくて、もっと大きなマクロな政策評価についてどんどん意見を言っていただきたい。そういった機運が盛り上がることが、会計検査院が独自にやる以外に必要であろうと思います。
それと同時に、今後会計検査院がぜひともやらなきゃいけない点は、こういった政策評価のマニュアルとかあるいはガイドラインを総務省の方でおつくりになるようでございますが、オーストラリアでありますとかイギリスでありますとかアメリカのGAO、ゼネラル・アカウンティング・オフィス等におきましては、行政庁と合同でそういうガイドラインづくりを共同作業しているわけですね。日本における会計検査院は、余りにも中立性であるとか政治的独立性を重視して、非常に外部的な関係をあえて拒否しておった、そういった機運がやや見受けられたわけでございます。これは、私が在職していた当時の感想でございます。
したがって、今後、そういった連携を高める必要があるというふうに私は思います。
○山下栄一君 あと、もう時間がないんですけれども、最後に、国立大学の独立行政法人化問題をちょっと山本先生と真渕先生にお聞きしたいんです。
平成十五年度までに独立行政法人化の結論を得るという閣議決定等があるわけですけれども、私は、評価というのは、日本の社会では職場における評価というのは非常に難しい。特に公的な部門では、実際不可能に近いような、そういう文化土壌があるのではないかなというふうに思うんです。特に難しいのは大学、特に国立大学なんという組織における評価というのがまともにできるのかなというふうな基本的な疑問があるわけです。
第三者評価機関の制度化も大学審議会等で議論されておりますけれども、私は、中途半端にやるよりも一挙に民営化するとかいう形の方が、国立大学問題というのはその方が正しいのではないかという考え方も持っておるわけです。特に国立大学においては、国際的な評価制度というところに加わるとか、提案するとかという形の方が評価の仕組みを導入するときにはいいのではないかというふうなことを感じておるわけですけれども、国立大学における独立行政法人化問題についての御所見をお二人にお聞きしたいと思います。
○公述人(真渕勝君) 私、現在公立大学に所属しておりまして、独立行政法人化についてはそれほどシリアスに今のところ受けとめてはいないのですが、研究者の業績をどう評価するかという問題です。
一番大きな問題はだれが評価するかでありまして、この点、率直に申し上げますと、役人の方々の学者に対する評価と学者の学者に対する評価というのは必ずしも一致しないというふうに思っております。その点どうするんだろうかというのはやや興味がございます。それと、学生の評価というのも、これは優を連発すれば評価は上がりますので、この点についてもそう簡単に言えるものではない。
ただ、一つあり得るのは、例えば外国のレフェリーつきのジャーナルにどのぐらい論文が載ったかというのは一つの評価のやり方ではあろうかと思うのですが、学問分野によると思いますけれども、これもまたそれぞれ学問には多少の国籍がございますから、何が重要であるかという関心の所在ですね。ですから、何もかもアメリカにゆだねてしまうというのも大変悔しゅうございますので、その点も難しいなというので、どうやって評価するんだろうなというのは心配でもありますし、興味深くもあります。
○公述人(山本清君) 非常にデリケートな問題でありまして、なかなかこういう公式の場では答えにくいんですが、少なくとも言えますことは、現行の国立学校特別会計における管理運営形態がいいとはだれも思っていない。しかし同時に、現在通則法で明らかになった、いわゆる独立行政法人の通則法をそのまま適用されるとやや問題があるんじゃないのか。それは具体的に申しますと、中期計画等について、これは所管大臣、所管省の承認を得るわけですね。そうすると、今までよりも非常にダイレクトに、定量的な目標について対文部省当局に対する指導監督がそちらから強くなるのではないか。それによって大学の自立性が失われるのではないかといったような不安を私は聞いております。
したがって、現段階におきましては、結論をすぐにいわゆる独立行政法人化に求めるのではなくて、もう少し広範な議論を展開し、学校法人以外の特殊法人も含めたいろいろな案を検討して、やはり慎重に対処すべきだというのが私の現段階における意見でございます。
○山下栄一君 ありがとうございました。