161国会 憲法調査会会議録 2004年10月27日
○山下栄一君 私は、まず、先ほど来問題になっておりますこの八十九条ですけれども、繰り返しになるようなことになりますけれども、確かにこの私学助成と憲法との関係については、やはり見直す、場合によっては削除すべきだというふうに思います。憲法の言葉と運用の実態が余りにも懸け離れていると。もちろん公的支配という言葉の解釈の在り方もありますけれども、非常に分かりにくい規定になっていることについては、やはり見直すべきだというふうに思います。
私学助成は、この私学というのを、学校法人だけではなくて、もう少し私学助成の対象をNPO法人まで広げてもらいたいというふうな意見もあるぐらいで、この教育分野の役割が、特に民間といいますかの使命、役割が非常に高まってきているというふうに思いますし、本来、教育に携わる者が公務員という立場でいいのかという、そういう根本的なことも含めまして議論されるぐらいですので、私学の役割は非常に、どんどん高まっていると。四年制大学の四分の三、短大の九割、そしてまた高校もどんどん、三割から四割へと、県によっては半分以上が私学というふうなそういうところもありますし、高まる一方であるということからも、この文言はもう分かりやすくすべきだというふうに考えます。
それから、これも先ほど来様々な意見が出ておりますけれども、会計検査院の役割ですが、この会計検査院は憲法上の地位が与えられていると、その割には非常に影が薄い存在であったというふうに思うんですけれども、最近はちょっと税金の無駄遣いという観点から非常に国民の関心も高まってまいりまして、国民の会計検査院に対する期待が高まってきているというふうに思うわけですけれども、その割には余り使命が果たせて、いまだに使命が果たせていないのではないかなと、このように思います。
三権、統治機構からの管轄外といいますか、そういう地位を与えられている、検査官の身分保障についても裁判官に準ずるような、そういう規定が会計検査院法にもあるわけですけれども、こういうことは法律というよりも憲法に明文化してもいいぐらいであるのではないかと、こういうふうに考えております。検査院法の一条には内閣に対して独立の地位を有すると、こういう法律であるわけですけれども、憲法に置き換えてもいいぐらいだというふうに思うわけであります。
ただ、行政から、特に内閣から独立の地位を有すると言っている割には非常に制約が、特に行政とのつながりの中で制約が多過ぎると。具体的には、検査官また検査院の職員、特に職員ですけれども、公務員の一括採用試験の中から採用されていくわけですし、独自の採用があってもいいという議論もあると思いますし、また天下り先についてもいろいろお世話になっているというふうな実態があるし、人事交流についても、検査官の人事交流、人事交流といいますか、これは検査官自身が特に旧大蔵省出身の方、必ず入っているというふうなこともありましたけれども、これは批判もあり改められているようですけれども、こういう人事交流の問題。
それから、検査院の指摘の、不当な支出の指摘の金額につきましても、検査院の予算の範囲内で行われているのではないかと言われてもやむを得ないような指摘額。最近ちょっと増えてきているようですけれども、これも、特にアメリカ等と比べますと、余りにも指摘額が毎年同じような金額になっておりますし、この程度でいいのかというふうなことも言われておりますし、細かい指摘が非常に多いという問題点もあるのではないかと。
こういうことからも、非常に本来の使命が、憲法上の地位を与えられている割には、行政監視も含めて三権への監視のレベルが低過ぎるのではないかという問題点があるというふうに思いますし、検査権限も非常に抑制的といいますか控え目で、自発的な協力がないとなかなか思い切った踏み込んだ検査ができないというこの検査権限の在り方についても、これはもっともっと機能強化という話がございましたけれども、そういう問題点があるというふうに思います。
決算審査の、特に決算における国会審査の役割、特に参議院の役割が高まってまいりまして、具体的な体制ができ上がりつつあるわけですけれども、この問題につきましても、今もお話ございましたように、内閣を通して国会へ提出する在り方は、やはりこれは見直す必要があるんではないかというふうに思いますし、二院制、特に参議院の独自性、こういう観点からも、この決算審査の在り方については、さらに立法府としての使命、行政監視も含めた使命が非常に役割が大きいというふうに感じております。
大体以上でございます。