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国会質問

161国会 憲法調査会 2004年11月10日


○山下栄一君 公明党は、現行の日本国憲法は戦後の日本の平和と安定、発展に大きく寄与してきたと高く評価しております。中でも、国民主権主義、恒久平和主義、基本的人権の保障の憲法三原則は普遍のものとしてこれを堅持すべきだと考えます。
 憲法九条は、アジアの諸国民に多大な犠牲を強いたさきの戦争に対する反省、再び戦争を繰り返さないというメッセージを諸外国に発信してきた平和主義の根拠であり、戦後の日本の平和と経済的発展を築く上で憲法九条の果たしてきた役割は極めて大きいものがあったと認識しております。
 しかしながら、日本国憲法は、制定以来六十年近い歳月が経過しております。憲法が制定されたころとは時代状況が大きく変化し、制定時には想像されることがなかった新たな問題が提起されております。冷戦終結後、憲法前文でうたわれた国際協調主義の具体的な実践として、国連を中心とした紛争予防、平和維持、平和構築の活動に我が国としてどうかかわっていくのか、貧困や飢餓、感染症対策など、個々の人間の生命、生活、尊厳の確保を目指す人間の安全保障の実現にどうかかわっていくかなど、我が国を取り巻く環境も大きく変化してきております。
 我が党は、現行憲法は維持しつつ、そこに新しい条文を書き加え補強していく加憲という立場を打ち出しております。諸外国においても修正条項を加えて補強するやり方を取っている国が多く、最も現実的な方式であると考えます。
 こうした認識の上から、本日のテーマについて、以下、述べてみたいと思います。
 まず、恒久平和主義の理念の現代的意義を強調したいと思います。
 国際平和主義と国際協調主義に立脚する現行憲法、とりわけそれを具体化した第九条は、不戦条約、国連憲章の流れをくむものであり、平和憲法と呼ばれる根幹的な意味を持つものであると認識しております。アフガニスタン情勢や泥沼化するイラク紛争を見るとき、憎しみと報復の連鎖が続き、いわゆるならず者国家、反人道国家から民衆を救うべき戦いがかえって民衆を犠牲に巻き込む現実があります。
 この現実を見るとき、紛争予防の重要性を痛感せざるを得ません。紛争の火種を未然に摘み取ろうとする紛争予防措置の確立に貢献することこそ、日本国憲法の平和主義に基づいた我が国が果たすべき重要な役割であります。
 特に、九条一項においてパリ不戦条約の精神を継いで人類の悲願である戦争の根絶、戦争の根絶という理想に真正面から立ち向かおうとしていること、さらには国権の発動たる戦争の放棄をうたい、国家主権をあえて制限して国連にゆだねることを示唆しております。この九条に投影された国家主権の自己限定の考え方を基に、国連による普遍的な安全保障と紛争予防措置の確立に向け主導的な役割を果たすことこそが、憲法前文に示された我が国が歩むべき道であると考えます。こうした平和憲法の理念、精神性は堅持すべきであり、むしろ今こそ国民全体で再確認し、今後、より積極的に国際社会に対しこの平和主義からのメッセージを力強く発信すべきであると考えます。
 二十一世紀において我が国が目指すべきこの国の形は、自国の利益にのみとらわれる視野の狭い一国平和主義や一国国益主義の道であってはならない、積極的平和主義、すなわち国際貢献国家であり、平和人道国家を目指すべきであります。一国だけでは解決が困難な国境を越えた人道の危機を克服するには国家中心の安全保障では限界があり、人間に焦点を当てた安全保障が必要であるというのが人間の安全保障の考え方であります。
 我が国は、小渕内閣の時代に人間の安全保障を外交の柱に位置付けることを掲げました。そのために、ODAを戦略的に活用し、また紛争地域の平和構築に国際社会と協力して積極的に貢献していくべきであります。
 我が党は、既にマニフェストで掲げておりますとおり、国際平和貢献センターの設置や国際協力に通じた専門家の育成、難民支援、地雷除去支援など、多面的な国際平和への取り組みを我が国が積極的に行うべきであると考えます。
 二十一世紀をテロと報復の世紀ではなく、共存と対話の世紀へとするために、日本の果たすべき役割は極めて大きいものがあります。
 我が党は、第九条の問題について、タブーを設けず、加憲の対象として論議を積み重ねてまいりました。その主な論点は、自衛隊の存在、国際貢献の在り方、集団的自衛権の行使などに立て分けて考えることができます。
 これまでの党内論議では、現行九条を堅持すべきとの議論が大勢であります。個別的自衛権の行使については、あえて明確にすべきだとの意見もありますが、既に現行憲法でも認められているとの解釈が主流であります。一方、専守防衛、個別的自衛権の行使主体としての自衛隊の存在を認める記述を憲法に置くべきだという意見、その反対に、既に実態として合憲の自衛隊は定着している、あえて書く必要はないという指摘もあります。
 一方で、我が国の戦後の歴史を振り返るとき、様々に変化する国際環境の中で我が国が平和国家として節度を保った対応が取られてきたのは、この九条、特に第二項の存在に負うところが大きかったと言えます。平和国家としての節度を保ちつつ、時代の変化に柔軟に対応し、かつ暴走に対する歯止めとして九条の存在意義は極めて大きいものがあったのも事実であると理解しております。
 既に政府の解釈や様々な実定法の立法化により自衛権や自衛隊の存在は確立されており、その自衛隊が国際貢献できるとする憲法解釈も定着しております。また、国連憲章は、国連による国際公共の価値を追求するための集団安全保障における武力行使を認めていますが、日本政府は集団的安全保障にあっても武力行使は許されるべきではないとしています。我が党においては、あくまで民生中心の人道復興支援を主体とすべきだとの意見が大勢であります。
 平和の構築や貧困格差の是正、地球環境など、二十一世紀の全人類が直面する課題の解決のために国連が果たすべき役割は重要であります。
 冷戦終結後の今日、国連がその本来の機能を発揮する道を切り開くことも可能となりました。我が国は、このような方向に向けて努力すべきであり、集団安全保障など、国連の機能強化を進めるべきであります。また同時に、我が国は、国連による平和維持、平和構築活動に積極的に参加するとともに、国連決議に基づいた正当な目的のために行われる活動に対しても可能な限り協力を行うことも検討されるべきであります。これには、現在の憲法九条の下においても十分可能なことであると考えます。
 その上で、国際貢献については明文化を望む指摘もあります。九条に書き加えるか、前文に盛り込むか、別建てで起こすか、あるいは法律で対応すれば済むというように意見が分かれております。
 集団的自衛権の問題については、個別的自衛権の行使は現行憲法でも認められていますが、集団的自衛権の行使は認められていないという意見が大勢であります。
 集団的自衛権の議論に際しては、果たして具体的にどのような場合に実際に集団的自衛権の行使を認める必要があるのか、またこの集団的自衛権行使を認めなければ国家存立が危うくなる場合は本当に想定されるのか、あるいは憲法に集団的自衛権行使を明記した場合どのようなリスクを生じるのか、以上のような問題をより具体的に事実に即して吟味し、議論、検討していく必要があります。
 また、集団的自衛権については、その保有と行使を区別する政府解釈がしばしば批判されておりますが、国際法上、保有するということが認められた権利を実際に行使するかどうかは、正に主権国家たるそれぞれの国が自らの判断で決すべき問題であり、具体的には主権者である国民の意思により制定された憲法等によって各国がいろいろ決めるべき問題であります。
 いずれにせよ、集団的自衛権の問題については、憲法を改正してまでその行使を認める必要があるかどうかを十分に検討する必要があります。
 その他、ミサイル防衛、国際テロなどの緊急事態についての対処規定がないことから、新たに盛り込むべしとの意見もありますが、あえて必要ないという意見が大勢です。
 最後に、総括的に述べたいと思います。
 平和主義と安全保障の問題、とりわけ九条の問題を考えるに際しては、我が国の歴史、国民の体験を踏まえ、第九条が果たしてきた役割を振り返る歴史的視点、それと南北格差やテロリズムなど国際社会の現状や動向に対するグローバルな視点、そして世界や日本の将来についての長期的な視点を踏まえて総合的に考える必要があります。
 国民の間には、憲法九条を変えることに対する危惧があることも事実であり、見直しについては、国民的な合意を形成する観点から、慎重に議論を進める必要があります。なかんずく、制定から六十年たった今日、憲法前文及び九条に盛り込まれた平和主義の理念、精神性が果たしてどれだけ国際社会に発信され、具体化されたのか、今後更にこの平和主義の理念と精神をどう世界に広げていくのか、こうした検証と展望を持った国民的議論が不可欠であると考えます。
 今後の九条論議に当たっては、九条一項の戦争放棄、二項の戦力不保持の規定を堅持するという姿勢に立った上で、自衛隊の存在の明記や我が国の国際貢献の在り方について、派遣の議論の対象としてより議論を深め、検討していくべきものと考えます。
 以上で見解の発表を終わりたいと思います。

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