161国会 文教科学委員会 2004年11月11日
○山下栄一君 今日は本当にお忙しい中、それぞれを代表するお立場で当委員会で貴重な御意見をちょうだいしたこと、感謝申し上げます。
先ほど小柴先生からもお話ございました少子化問題、極めて深刻でございますし、児童虐待、フリーター問題、その他やっぱり人を育てることの重みがちょっと忘れられてきているといいますか、そういう時代性、物が豊かになればなるほど人は育てにくい、また自然環境の破壊もそれに加担している、こういう考え方を持っております。そういう意味で、教育にお金が掛かるけれどもそれを国民全体で負担しようじゃないかというドイツの在り方についても、国費ということだと思いますけれども、まあ州ですかね、ドイツの話を小柴先生にもしていただきました。
ところが、先ほど知事おっしゃったように、義務教育国庫負担、国の、これは人件費にかかわることだと思いますけれども、どんどん削られてきたと。昭和六十年からどんどん減る中で、危機感を持って地方の方は義務教育を守るために今回は提案したんだという、そのお考えが披露されたわけでございます。
確かに、教育にお金が掛かるのをどうしていくんだということ、非常に深刻なんだけれども、国全体としての優先順位はどちらかというと上がってきてないと、下がってきているということ。また、高齢者対策と比べると、少子化への、少子化対策もそうですけれども、胎児の段階から就学前の子供たち、そして義務教育の段階もそうだと思います。そして、大学までのお話をさっき小柴先生にしていただきましたけれども、特にこの少子、子供、小さい子供たち、有権者でない世代に対するお金の使い方は非常に私は力が入っていないと今も私思っております。
それで、憲法第二十六条でございますけれども、すべて国民はその能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有すると。だれが保障するんだと。それは私は知事と同じ考え方になるのかなと思いますけれども、国と地方両方でやっぱりそれを保障せないかぬという考え方に憲法は立っているんではないかと。
九兆円近い義務教育に金が掛かっている。人件費だけじゃない、建物、用地買収、その他、先ほど中教育長おっしゃいましたように、様々な市町村においても工夫しながらお金を使っている。学校図書館の司書の問題もそうかも分かりません。特別支援教育に掛かるお金もそうかも分かりません。国とか県が面倒を見てくれないところについてもきめ細かく市町村はやらないかぬ。そういうことも含めて、やっぱり国と地方両方でやっていかにゃいかぬという、財源保障は国と地方協力してやるんだということだというふうに確認したいと思います。
その上で、私、知事にちょっとお聞きしたいんですけれども、要するに税源移譲に見合う形でこの国庫負担を切るという形で出てきているわけです。ということは、知事もいろいろお考えかどうか分かりませんけれども、一般財源化する。特に県だと思いますけれども、県の意向によって、義務教育、国民の基礎教育への、特に教員確保のための人件費はトップに行くのかどうなるのか、優先順位がちょっと変わってくる可能性がある。ということは、現在県で行われている、県の中で行われている市町村の教育水準が現在の水準よりも下がる可能性が出てくることは間違いないというふうに思うわけです。
特に、地方の財政は今もう本当にひどい状況になっていると。先ほど天笠先生おっしゃったように、地方財源の健全化のためにも、国がやはり、教育目的に限定した国庫負担というのは大事だというふうな意味だったと思いますけれども、そういうことを、追い込まれている状況の中で、現在の市町村の小中学校の教育水準は下がる可能性が出てくるのではないかと私は思うわけでございます、国庫負担を廃止することによってですね。このことについての知事の御見解をお聞きしたいというふうに思いますことが一点。
まとめて、時間の関係で、お答え願いたいと思いますけれども、同じく知事にお聞きしたいこと二点目なんですけれども、これは中教育長の方にも掛かる話でございますけれども。
地方六団体の中に中先生の方の全国市町村教育委員会連合会というのが入っていないと、市町村長は入っていたと思いますけれども、そういうことも含めて、現場の、携わっておられる方々の意見が、この六団体という形の中で、教育の内容にもう大変な大きな影響を与える国の、国というか、財源保障の問題にどれだけの意見が反映されておるのかということ。
と同時に、先ほどからも何遍も言われておりますけれども、三大臣合意の中に確かに一般財源化を含めて検討と書いてあるけれども、その前に中央教育審議会の検討をよく踏まえてということが書いてあると。私、これは中教審を代表していると思いますけれども、やはり教育というのは本来、これ知事おっしゃいましたように、教育の公平性、中立性ということがあって、教育というものはやはりできるだけ権力抑制的にという、教育活動は非常に重要な私は分野だったと思うわけですけれども。
そういう意味でも教育の専門家とか、その他国民を代表する、教育の観点から代表される教育審議会、また教育長関係者、教育現場の、直接携わっておられる方々、特に市町村の教育委員会の考え方、こういうことが反映されない形で今回この義務教育の根幹にかかわることが主張されてしまった。そういうことで内閣も揺れ動いているというふうなことになってしまっていることについてどうお考えかということ。
それからもう一点は、この六団体の要望の中に、教育には金が掛かるから、税だけではなくて、寄附の話がちょっと書いてあったと思うんですね。企業からの寄附なんかも、公教育に対して、寄附に対してのこの税、非課税ですか、ことも含めて検討するべきだと。私、これは大事な考え方だと思いまして、国とか地方の財政事情によって揺れ動くことであってはならないと。できるだけ教育、特に義務教育に対する財源は安定的にというためにも、義務教育の恒常的な、義務教育にかかわる恒常的な教育資金といいますか、これはもう本当に大事な課題だと思いまして、景気、日本の動向によって左右される税収、税収だけではない、やはり国民参加でそういう企業ないしその他の団体からの寄附ということも、公教育に、恒常的教育基金の確立という観点からもこういう構想は大事なのではないかということを、これは別の観点ですけれども、感じましたので、このことを申し上げておきたいと思います。
それから、天笠先生に一点だけ、済みません。これ、知事も主張されましたように、戦後日本の義務教育は基本的に自治事務だということだけども、現実はなかなか、学級編制権にしろ教員人事にしろ県中心。県が握っていて、まあ国も一部握っていて、市町村、学校設置者に、本来自治事務なのになかなかそうなっていない。これは金出してないからということもあるかも分かりませんけれども。それと、義務教育の自治事務ということと国家戦略ですね。国家戦略の観点からという言葉、言葉なんですよ、私、気になるのは。この国家戦略ということになってくると、何となく、まあ戦前とは言いませんけど、国主導、国ということの、公権力主導で戦略という言葉がありますので、国家戦略という言葉のイメージとして、そういうふうなことで誤解されがちな面があるのではないかというふうに思いまして、自治事務と国家戦略という言葉の関係性についての天笠先生の御見解をお聞きして、私の質問は終わりたいと思います。
○参考人(梶原拓君) まず、教育水準が下がらないかということですが、自治体の首長としては、地域住民からの教育に対する要請非常に強うございます。それ抜きに行政をやっていくわけにいかないと思います。
根本的に、いろんな御議論聞いていますと、地方自治とは何や、何だということにもつながります。地域住民が自らの子弟の教育の在り方について意見を反映させていくと。これは、地方自治の根底の問題ですね。そちらは信用しないと、国がやる、あるいは官僚がやることの方が正しいんだと、こういう潜在意識、既定観念があるような気がしてしようがないんですよ。これは民主主義の否定だというふうに思います。金の面で下がらないようにするということ、これは最低水準を守るということで、直接の負担金であろうが交付税であろうが、国の責任で措置すべきだというふうに思います。
それから、教育委員会の連合組織なんかの考え方違うんじゃないかというお話ですが、これは教育だけじゃなくて、いろんな分野で縦割りの組織がありまして、三位一体改革、補助金、負担金の改革反対だという要望をたくさん聞いております。これはだれがそういう運動をやれと言ったのか言わないか、我々関知するところじゃございませんが、それぞれの地域で、横の連携で意見交換する限りは我々の意見と大差はございません。立場立場がございますので、我々もそれに介入はいたしません。
それから、三大臣合意とかそういうお話ございましたが、中央教育審議会の意見がどうだとか。我々から申し上げれば、この二年だけでも五千億円以上のお金が国庫負担から削減されているんですよ。それから、さかのぼれば、平成十二年度から自治事務になっているんですよ。そのときに、今日も出ているような議論がなぜされていないのかですね。どんどんお金が、この負担金が減っていると、そのことを、この中央教育審議会で議論されてそうなったのか、私はそこをこちらからむしろ御質問申し上げたいと思います。
それから、国の事務がいい、先生は国家公務員がいい、教育、義務教育の金は国の全額負担がいいというようなお話もございましたけれども、それなれば、平成十年度から始まった地方分権一括法で自治事務として明確に法律で規定した、そのときに徹底して議論が行われたのかどうかですね。義務教育は国の事務なのか地方の自治事務なのか、徹底的に論議は尽くされているはずなんですよ。しかも、それが法律で決まっているわけなんですから、それを蒸し返して今度は我々が悪いようにおっしゃる方がおられますけれども、それは国会があるいは政府が決めたことなんです。それを前提に私どもは議論もし、考えをまとめているわけなんですよ。自治事務になった、そして、どんどんどんどん国の助成が減っていると、そういう流れの中で、我々は義務教育をどう守るかという観点から御提案を申し上げているということでございます。
それからもう一つ、寄附の話ございました。これは非常に大事なことで、当然これは非課税にして優遇していくべきだと思います。こういうような寄附の形、あるいは労力奉仕の、ボランティアの形ですね、それで、義務教も市民の協力を得て守っていくべきだと思うんです。
ただ、問題は、そういうことで所要経費が少なくなると補助金が減るという仕組みになっているんですね、実績から外されて。これがやはり地方分権の根本的な問題の一つでもあると。努力すればするほど国の方の支援が減ると、こういう仕組みが問題なんですね。
○委員長(亀井郁夫君) どうもありがとうございました。
引き続きまして、天笠参考人、お願いします。
○参考人(天笠茂君) では、失礼いたします。
以前からこういうことを言われていたと思うんですけれども、我が国は狭い国土の中に多くの人々が生活している、ひしめいて生活しているという、こういうことがよく言われ、また、事実またそういうふうに思います。そういう点では、その人、人々をどういう人々として育てるのか、人間としてどういう資質、能力を持っていくのかどうなのか、やはりこれはもうこの判断を誤ると大変なことになるということを私は認識しております。そういう意味で、教育の在り方というのはやはり最大の関心事であるべきだというふうに思っております。
まずはそういうことを申し上げて、そういう点ではどういう国民に資質、能力が必要かとか、どういう方向を選択していくべきなのかどうなのか、これは常に検討すべき点だと思いますし、そういうことを模索し、描き、提示していくという、そういう役割というのが必要だと思いますし、その多くはやはり国が担うべき点が私はあるんじゃないかと思っていますけれども。
ただし、やはり、先ほどちょっと二十一世紀の公教育云々と申し上げましたけれども、その中、単一の目標とか単一の人間像がそのまま、先ほどの話じゃないですが、貫徹して学校まで、教室まで下ろされて、それを実現するのが二十一世紀の教育の在り方、教育経営の在り方と私は思えないわけでして、それはかつての時代、歴史の中にそういう時代もあったかと思うんですけれども、やはりそういう方向ではないんじゃないかというふうに思います。
やはり一番大切なのは、学校の、教室の中での子供と教師の人間関係の中で育っていくものというんでしょうか、そこを大切にするというところがあるわけですけれども、ただ、それは国とそれとは決して、何というんでしょうか、矛盾するものでもなければ、私は二者択一の、どちらのものでも、どちらかという、そういう発想ではなくて、先ほど来出ていますように、国と地方の共同ですとか、国と地方のバランスですとか、そういう中で描き出していくということが大切なんじゃないかと、こんなふうに申し上げたいというふうに思います。
(午後)
○山下栄一君 もう長時間でございまして、お疲れのところ、済みません。
先ほど佐藤議員の方からも教育の本来の在り方についての質疑がございましたが、私もその続きをお願いしたいというふうに思いますけれども。質問の通告の順番、ちょっと変わると思いますが。
義務教育国庫負担の問題なんですけれども、公明党も私も、義務教育国庫負担は、今は大変な状況に追い込まれている中でしっかりと堅持すべきだと、こういう立場でございます。
では、憲法二十六条ですけれども、教育を受ける権利がすべての国民に保障されている。二項では、義務教育は無償とすると。それを受けて教育基本法四条では、国とか地方自治体、公共団体が設置する学校については授業料を徴収しないと。その分、税金で建物を建てたり教員の人件費を払ったりせないかぬということになっていくと思うんですけれども。
この憲法が本来求めている義務教育、小中学校の義務教育の教育を受ける権利の観点から、そういう国民に保障する、また特に小中学生に保障する財政的保障、これは一体だれに求めているんだと。これは私は、国と自治体、両方協力してと。税金で、特に公立学校の場合は税金でやるわけですから、国にも地方にも協力してやるということじゃないのかなと、こういうふうに思います。現在はそういうふうになっているわけですよね。現在も約十兆円近く義務教育、金が掛かっているけれども、国三兆円、県四兆円、市町村三兆円と分担して義務教育を支えていると。ただ、人件費については国と県だと、こういう考え方だと思うんですね。
それで、今、六団体の方は、国庫負担やめて一般財源にして県によこせと、人件費についてですけれども。例えば人件費に限ってもいいんですけれども、全額国庫負担という考え方もあると。国と地方と両方一緒にという今現在みたいな考え方もあると。場合によったら、六団体みたいに全部地方という考え方も憲法上はあり得るのかなと私は考えるんですね。
ところが、今は国も地方も財政がたがたで、というよりも教育が混乱して、というよりも教育が非常に大事になってきて、だからアメリカもイギリスも国が乗り出して、本来は、今まで自治体やっていたけれども、それこそイギリスの場合でしたら二〇〇六年から全額負担するぞと。それぐらい大事なんだという、国の政策の優先順位というか、そういう考え方だと思うんですね。
日本の国の憲法が本来要請しているのは、私は、全額国庫負担でも、国と地方両方でも、場合によったら、余裕があるんだったら、また地方に課税自主権があって教育税みたいなものを作れるんだったら、そういう体制作るんだったら、また基礎的自治体を強化し都道府県体制も道州制にするとかいろんなことを考えた場合に、元々二十六条というのはいろいろあり得るということなのかなと。
だから、例えば六団体がああいう要求をするのも、憲法違反じゃないと思っているから要求しているんだと思うし、実際、今日もおっしゃっていましたけれども、昭和二十年代には国が負担してない時代もあったんじゃないかと、そのときに憲法違反だと言ってなかったじゃないかというふうに梶原知事おっしゃいましたけれども、私が今申し上げたような考え方について、大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(中山成彬君) 義務教育につきましては、憲法二十六条で、その能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有すると、こう書いてあるわけでございますし、また第二項で、すべて国民はその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと、こう書いてあるわけでございます。
今、山下委員、いろんな話をされましたけれども、一体その義務というのはだれの義務なんだということについてはいろんなお考え、考え方あるんだろうと、こう思うわけでございます。
そういう意味では、イギリスみたいに全額国が持つというふうにしてもいいのかなと。私も、今、地方側の案に対してどうするというときに、むしろ増やしたっていいんじゃないかと、こういうふうな論陣も張ったりしているわけでございますが、今、日本のやり方というのは、国と都道府県と市町村の適切な役割分担、協力によってこの教育行政を遂行すると、こういうことになっているわけでございます。
そこで、今言われましたように三対四対三というこの比率を、三をゼロにして七対三にすると。国の負担というのをゼロにするということは、これは憲法の要請するところではないんじゃないかと。憲法違反かどうかということについてはまた疑問があるとは思いますけれども、少なくともこの憲法の要請するところではないんじゃないかと、こう思うわけでございまして、そういう観点からこの義務教育の義務ということを考えておるところでございます。
○山下栄一君 今、ちょっと若干擦れ違った点があるんですけれども。
ということは、大臣は、全額国庫負担なら憲法違反ではないけれども、地方に全部任したら違反になるという、そういうことをおっしゃっているのでしょうか。
○国務大臣(中山成彬君) 必ずしも断定はできないと思うんですけれども、現に戦後すぐ、昭和二十五年から二十八年の間は、これはもう地方が全額持ったという時代があるわけでございまして、このことをもって憲法違反だったというのか、あるいは当時はまだGHQの支配下にあったわけで、超法規的にしようがなかったんだと、こう考えるのか、いろんな考え方あると思いますけれども、少なくとも全部地方に持たせるというのは憲法の要請するところではないんじゃないかというふうなことは考えております。
○山下栄一君 じゃ、もう一回確認します。
じゃ、日本の今の憲法は、現状は三、四、三で国と地方、協力して負担していると。人件費だけじゃありませんよ、私言っているのはね。義務教育に掛かるお金については、国、そういう教育を受ける権利を保障し、義務教育は無償として授業料を徴収しないと。こういう体制にするために国と地方が協力して今々現在やっているわけですけれども。だから、それは国も自治体も両方とも一緒になってそういう教育を受ける権利を保障せよと、こういうふうに憲法は要請していると、こういうことでよろしいですか。
○国務大臣(中山成彬君) そのように考えております。
○山下栄一君 はい、分かりました。
先ほども佐藤議員おっしゃっていましたけれども、私は、この三大臣合意の話、それから去年の財政諮問会議、骨太の方針、これは非常に大事な見識をおっしゃっているというふうに私は理解しております。
要するに、この財務大臣、総務大臣、文部大臣、内閣の中においては、まあ障壁とは言いませんけれども、いろいろ考えがあると。だけれども、だけれども、この義務教育国庫負担を一般財源化するに当たっては、本体の教育論を大事にしたいと。そういう何か政治家とか公権力でぐちゃぐちゃにするんではなくて、今ぐちゃぐちゃにされ掛かっていますけれども。だけれども、教育というのはもっと尊い、聖なる業だと。だから、そういう教育の専門といいますか、見識の高い方々、それをひとつ中教審ということで代表していると思うんですけれども。中教審の検討をしっかりと踏まえてその上で判断するんだと。それほど大事なこの義務教育の根幹にかかわる問題が財政の視点だよという見識を私は三大臣が述べられて、それを財政諮問会議もきちっと認めたということだと思うんですね。
それが今、国と地方というよりも、官邸とか与党とか、こっちの方は地方六団体とのそういう対立とか、総務省と文部省とか、そういうことに翻弄されていると。それは、だけれども、本来の姿じゃないからもうちょっと慎重に丁寧にやるべきだということを、三大臣合意、そして財政諮問会議も確認したという、これ非常に重たい私は考え方だと思うんです。それを前倒しして、中教審の検討はやっとこ中間報告今年だったばっかりなのに。ということが、教育を一体どういうふうに考えているんですかと、日本の国はと、政府は、内閣は、地方自治体はと、全部私はそういうふうに問われているというふうに。
だから、いろんな教育の荒廃というかね、本来もっと国に、教育には金が掛かるんだから、今日も小柴先生はおっしゃっておりましたけれども、それぐらい大事だと。何も権力の介入とかいうことじゃなくて、それほど教育を受ける権利を保障し、学習権を保障するということは大事なんだと。それがおろそかになってきているよと、児童虐待その他の問題。だから、そういう教育のことについて金を掛けていこうということが、イギリス、アメリカ。あのイギリス、アメリカでさえ国が乗り出してという、本来地方分権を大事にする国、お国柄でもね。それぐらいやっぱり文明社会の物の豊かな時代、この人を育てるということが大事なんだということを確認している御時世に、日本の国は一体何をしているんですかということが問われているというふうに思うわけです。
それで、ところが、今日も午前中ありましたけれども、この義務教育国庫負担の問題は最近起こった問題ではなくて、昭和六十年から義務教育国庫負担の問題、これは人件費の問題ですけれども、じり貧でどんどんどんどん減ってきていたと。今はもう本体の給与そのものも脅かされているというふうに至っているのに、今ごろ何が議論ですかというようなことを今日梶原知事おっしゃっておりましたけれどもね。もうちょっと早めにちゃんと手を打たんかいと。それは私たち議員の責任でもあるかも分かりませんけれども、国民も余りよう分からぬままにそうなってしまっているという。
で、こういうふうに地方に全部よこせと言われて初めていろいろ議論が出てきているけれども、その議論そのものも教育本論よりも別の議論されているところに悲劇があるわけですけれども。やっぱり、この義務教育の本来の、すべての国民の基礎教育をどうするかというこの大事な議論を、ちょっと、まあおろそかにしてきてはいないかも分からぬけれども、十八年度待ってくれと言う方もちょっとまあ、もうちょっと早めに気が付いてやっておくべきではなかったんですかと。危機感持って今地方自治体も考えているんですよと。義務教育を守りたいと。国庫負担がどんどんじり貧になってきて大丈夫なんかと。それやったらうちによこせと。もっと減らされるんやったらうちによこして、守りたいというふうなことを今日知事がおっしゃっていましたけれどもね。
その辺の何かこうやっぱりミスマッチとかいろんな、ちょっと政治行政の取組の自覚の足らぬ部分といいますか、そういうことがこういう今日の事態に至っているのではないかというふうに感じておるわけですけれども、いかがでしょう。
○国務大臣(中山成彬君) 今回初めてこの文部科学大臣拝命したわけですけれども、これまでも外から見ておりまして、この義務教育国庫負担、少しずつ少しずつ削られていくなと、一体どういうことなんだろうということは不思議に感じておりました。
これは、まあ地方と中央のどちらも財政苦しいという中でそういったことが行われてきたんだろうとは思いますけれども、その結果どうだったかということにもなりますと、先ほどから議論がありましたけれども、例えば教材費等がだんだん減ってきているというふうな実態もあるわけでございまして、どっかで歯止めを掛けなければならないと。この義務教育国庫負担制度の根幹、守るべきものは何なんだ、もうこれ以上は絶対駄目というふうな、そういった議論をすべきところに来ているんじゃないかなと、こう思うわけでございまして、今回地方団体側がこの義務教育国庫負担、全部地方で持つと、こういうふうに言われるわけですけれども、本当に大丈夫なんですかと。
先ほども申し上げましたけれども、一方では交付税がどんどん減らされていくわけでございます。そういった中で本当に地方側が責任を持ってやれるかどうかということになりますと、私は心配な点があるわけでございまして、やはり国がしっかりと負担制度でもって維持すると、だから地方の方もそれに合わせてしっかりこの義務教育についてやってくれよと。そういうことをお互いに意思を確認し合って、私は、この義務教育国庫負担制度というものをやっぱり堅持していくということが大事なことではないかなと、このように考えておるところでございます。
○山下栄一君 次の質問に移ります。
義務教育という言葉ですけれども、義務教育の義務、これは憲法二十六条二項で、すべて国民はその保護する子女に普通教育を受けさせる義務があると、そこから出ている言葉だと思うんですけれども。義務教育制度のこの義務という言葉ですけれども、だれのだれに対する義務かと。すべて国民が自分の子供に対してということなのか。憲法の言葉ですけれども、だれのだれに対する義務なのかということを再確認させていただきたいと思います。
○国務大臣(中山成彬君) 憲法二十六条にありますように、すべて国民はその能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有すると。この権利を有するその裏側として国民は義務を負っているんだと、こういうことではないかと私は考えているわけでございまして、第二条にありますように、保護者というのはその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと、こう書いてあるわけでございまして、そういう意味では、国ということは表には出てきておりませんが、やっぱり全体として考えれば、やはり国民、国がこの義務教育の責任を持つということを私は考えるべきじゃないかなと、こう考えております。
○山下栄一君 ちょっと違うんじゃないかなと思うんですけれども。
第一義的には、要するに保護者ですね。分かりやすく言えば親が、義務教育ですよ、自分の子供に対して普通教育を受けさせる義務があるという、そのことを書いてあるから、保護者は自分の子供に対して義務を負っているんだと。しかし、その義務を果たさぬときは、それはまあ国にしろ自治体、私は国とは限らないと思うんですね、国でも自治体でも、やっぱり公的なところが、それは児童虐待も一緒ですけれども、親がそういう子供を虐待する場合はだれかが守らにゃいかぬわけやから。二次的にはそうかも分かりませんけれども、本来は、これが戦前と違うところだと思う。戦前は、国民が国家に対して義務を負っているというようなことを、という理解だったと思うんですね。ところが、戦後はそうじゃなくて、保護者が自分の子供に義務を負っているんだということを確認したのが二十六条で、それが機能しないときは、もちろんそれは公的なところでサポートするという、そういう考え方が正しいのではないかなと思うんですが。
もう一度お願いします。
○国務大臣(中山成彬君) 義務教育と言った場合、確かに、国民の三大義務と言われるように、自分の保護する子供に普通教育を受けさせる、これは保護者の義務であるということだろうと思うんですけれども、その場合に、国と言いましたけれども、公と言った方がいいのかもしれませんが、国民全体としてその子供たちに教育を受けさせる義務と言う場合、国と言った場合の国というのは、国と地方公共団体も含めて、公といいますか、そういう意味で、大きな意味で国というものが義務を負っているんだと、私はそのように考えております。
○山下栄一君 それから、これは先ほどちょっともう銭谷局長もおっしゃられたことですけれども、自治事務の話ですけれども、これもちょっと若干混乱があったような感じがしますので、確認させていただきたいと思います。
戦後は、この義務教育、小中学校の教育については、国が命令してやるものじゃなくて、国の監督事務じゃなくて、地方の事務、自治事務になったと。これは戦後一貫して変わらない。先ほど局長おっしゃったことはそのとおりだというふうに思います。
ただ、国とか県が特に教員のお金を出している分、市町村にとっては思うようにいかない部分がいろいろあると。学級編制権にしろ教員人事配置にしろ、そうじゃない部分があって、それを緩やかに今弾力化しようという動きなんですけれどもね。本来、小中学校の設置・管理は市町村の事務なんだということを再確認させていただきたいことと、これ局長に確認します。
それと、今度は国の関与ですね。そういう学校教育、市町村現場の、現場の学校教育に対して国の関与の在り方、国の関与の在り方は権力的にはしませんと。指導、助言、援助という、地教行法の四十八条によって指導、助言、援助という形で、非権力的で法的拘束力を持たないそういう教育行政特有の関与の仕方をしますと、こういう位置付けになっているという、これでよろしいでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 二点お尋ねあったわけでございますが、まず第一点の小中学校の設置・管理の事務でございますが、これは市町村の自治事務ということでございます。
それから、二点目の国の関与の問題でございますけれども、小中学校の設置・管理については市町村が主体性を発揮しつつ行うべきものでございますけれども、国は教育に関する事務の適正な処理を図る観点から、地教行法の四十八条に基づきまして市町村に対して指導、助言、援助を行うことができるとされております。この指導、助言、援助は非権力的な行為でございまして、一定の方向性を示し誘導を図るといったようなこともありますけれども、拘束力はなく、指導、助言、援助にどのように対応するかは市町村の判断にゆだねられているものでございます。
○山下栄一君 ありがとうございました。
冒頭、冒頭というか、先ほど、三大臣の、中教審の議論を踏まえてというか、非常に見識のある話やと私言いましたけれども、本来この教育活動、人を育てるという行為は本来自主性を重んじるものだと。だから、余り戦前みたいに国家主導型で教育するという形じゃないと。それが先ほど確認しました、非権力的な関与とか拘束力を持たない指導、助言という形でやられているという考え方、教育活動は本来自主性を重んじるという認識、公権力の介入を抑制的にという考え方について確認させていただきたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 繰り返しになりますけれども、国と市町村の関係は、先ほど言いましたように指導、助言、援助の関係でございまして、これは非権力的で拘束力のないものでございます。それはやはり、教育というものが
教育を行う者の主体性というのを尊重して行われなければならないというところから来ていると思います。
それと、なお一言だけ加えさせていただきますと、国の関与の仕方としては、指導、助言、援助のほかに、もちろん教育制度の枠組みとか全国的な基準の設定とか、それからもう一点、義務教育費国庫負担制度を始めとする財政的な保障、これを一体的に行うことによりまして、憲法が要請する教育の機会均等、水準の維持向上、無償制を確保すると、こういう役割も持っているということでございます。
○山下栄一君 国家戦略としての義務教育の意義ということが、大臣しばしば強調されますし、中教審の条件整備の作業部会でもそういう言葉が出てまいるんですけれども、ちょっと私は誤解されがちな言葉ではないかと。国家戦略として教育があるということは、権力主導でやるのかというふうなイメージが出てしまう。そうじゃないというイギリスの話もございましたように、それほど教育というのは大事で、財政的な面のサポートとして条件整備をしっかりするためには、国も自治体も全力を挙げて、場合によっては国が全力を挙げてサポートするんだと、サポートという言葉をあえて言いますけれども。そういうふうな意味で国家戦略という言葉を理解しないと、何か復古主義的な、そういうとらえがちになってしまうので、この国家戦略という言葉の使われ方、教育行政の基本的在り方は、先ほど何遍も確認しておりますけれども、それを前提にした言葉だという理解でよろしいでしょうか。
○国務大臣(中山成彬君) 私は、この義務教育というのは二つの面があると思っております。
一つは、子供の立場からいいますと、この世に生まれてきたと、非常に有り難いといいますか、有り難い命であるということを子供たちがしっかり自覚して、そして、その人生、一生が幸せで、また有意義なものとして一生を送れるように、そのための素養といいますか、土台を作ってあげるのが義務教育だと、こういうふうに考えるわけでございます。
また一方では、国という場合、見た場合、やはりその国の形成者といいますか、一人一人がその国を支えるわけでございますから、やっぱり形成者としての素養もしっかり身に付けさせるということ。特に最近、非常にいわゆる知の大競争といいますか、国際競争が非常に激しくなっている中で、どこの国も国を挙げてこの教育というものに取り組んでいると。
先ほども申し上げましたけれども、特にイギリスなどは、地方に任しておれぬと、国が全額出して子供たちを養成すると、こういう強い意思を表明しているわけでございます。
そういった面で、本当にどこの国も国を挙げて、子供たち、次なる世代を養成している。私は、それを、まあちょっと言葉の使い方があるいはきついのかもしれませんが、国家戦略といいますか、言葉がきつければ国としての戦略と言ってもいいかと思うんですけれども、そんな感じでとらえているということを御理解いただきたいと思います。
○山下栄一君 先ほど局長に確認しました、教育活動の本来自主性を重んじるという、そのことを踏まえた上での、もちろん国民、形成者を作っていかなきゃいかぬと教育基本法にも書いてありますので、そういう理解でいいということですね。はい、ありがとうございました。
ちょっと時間が余りありませんけれども、小中学校の設置者は市町村なわけですけれども、ところが、財源なくして権限なしという言葉にもございますように、やっぱりお金出さない分、なかなか自治事務といえども、実際、設置者管理主義といいますか、原則が貫きにくい面がある。これはやむを得ない部分があると思うんですけれども、こういう観点から、地方のこの自由度を高めろという強い要求が出てきていると思うんですけれどもね。
文科省としても、いろいろ義務教育制度の弾力化の試みを今どんどんされているというふうに思っております。その中で、私は、今、学級編制権は市町村にあるんだけれども、あるんだけれども、四十人学級という言葉があるように、これは大分緩やかになって義務標準法が緩和されて四十人に満たない学級が基本的にできるようになったということは非常に大事なことやと思いますけれども。本来の学級編制権は市町村にありというふうに近づいてきているというふうに理解しております。
教員人事権は今県にあると、市町村にはないと。これも、もちろん市町村の規模にも、政令市、それから中核市もそういう方向で、市町村の一部には教員人事権、学級編制権を与える方向ですから。すべての市町村にこれを与えることは確かに一挙に無理かも分かりませんけれども、市町村合併がどんどん進んでいったときに、中核市ぐらいが基本になってきたときには、私は、教員人事権は市町村にという、学級編制権も、今もそうなんですけれども、そういう姿がやはり本来正しいのではないかと。
それに向かって義務標準法も最低基準を、最低基準であって加配の措置ももっと自由に、大分緩やかになってきましたけれども、個別加配から目的加配とか、目的加配から一般加配といいますか、そういう形にやっぱり教員人事権なんかも向かって進んでいく方向で制度改革、法律改正をすべきだというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。
○国務大臣(中山成彬君) 正に山下委員御指摘のとおりだと私は思っているわけでございまして、地域の実情に応じた特色ある教育を実現していくためには、できる限り地方そして学校に権限を移しまして、地域と学校が責任を持って学校運営に当たれるように学校システムを改革することが必要であると、このように考えております。
このため、教職員人事あるいは学級編制に関する権限を、例えば中核市など一定規模の自治体に移譲すると、先ほどお話がありました。余り小さいところはちょっと問題でございますけれども、一定規模以上の自治体に移譲することとか、あるいは市町村が独自に教職員を任用する事業の全国展開など、教職員人事や学級編制についての市町村の権限強化に向けまして今中央教育審議会の議論をいただいているわけでございまして、そういう方向で検討してまいりたいと、このように考えております。
○山下栄一君 この四十人学級も平成十二年から、僕も再確認させていただきましたけれども、毎年のように改革されて、現在では四十人を下回る学級、すなわち三十人学級とか三十五人学級を全県で、例えば一つの中学校全学年でということもできるような、そのような法律改正と通知その他でされるようになってきているということだという理解、これはよろしいでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 学級編制の弾力化につきましては、平成十三年度に標準法を改正をいたしまして、国の標準四十人を下回る特例的な学級編制基準を設定できるということを可能にし、その後、平成十五年度以降運用の弾力化を図ってまいりまして、特例的な場合に限らず、全県一律に国の標準を下回る一般的な学級編制基準を設定することを可能にしてきたところでございます。さらに、平成十六年度からは、少人数学級を実施する場合についても、いわゆる加配定数を活用するということを可能にしてきたところでございます。
○山下栄一君 一挙にできないとは思いますけれども、徐々にこういう形で市町村の自由度を高める、学校設置者の自由度を高める形でいろいろ文部科学省も手を打ってこられたということ、これがなかなかまだ現場に理解されて、一般国民にも理解されていない。何か特区法で一部やったりとか、何かこう、もうちょっとこうすっきりとできないのかというようなことがあるわけですけれども、法律改正またその他で国庫負担の裏打ちしながら努力されてきているということ、ただし、なかなかというふうに思います。
今度は市町村ではなくて一つ一つの学校に対しても、これは学校というのは直接自治、自治というふうなことにはなっていないとは思いますけれども。学校自治というふうな言葉は不適当かも分かりませんけれども、学校地域運営協議会ですね、コミュニティースクールという言い方もされておりますけれども、こういう制度も地教行法を改正してできるようにしていったと。これはだけど、一斉にやなくて、できるところから、意欲があるところから、できはるところから設置するという、これも私は非常に大事な取組だというふうに思います。日本の国民、民度が問われることかも分かりませんけれども、非常に大事な取組が進みつつあるというふうに思っております。
ちょっともう時間がなくなってきました。
先ほど荻原議員もおっしゃっていました地震の話ですけれども、地震の話というか耐震化の話ですけれども、この学校の耐震化の取組は、ここ数年我が党も一生懸命主張してまいりましたし、文科省も予算措置で努力されてきているわけです。
今回、三位一体改革の中で、これは決まっているわけやないけれども、この文科省の検討しているという中に、学校施設の補助、負担金でなくて補助金の方ですね。負担金の一部も一緒にして、この補助金を、施設に対する建て直し、その他施設改善のための補修その他のお金を交付金化すると。メニューを広げて、耐震化に絞らない形で別の、学校トイレとかいろんなこと、それを交付金という形で地方に渡すというふうなことも検討するということになっておりますけれども、私はちょっと時期が早いんではないかなと、検討していただくのはいいんですけど。
今これほど地震のことが問われて、先ほど荻原議員が繰り返しおっしゃったことでございますけれども、学校というのは、単に教育の場だけじゃなく、地域の重要な場であり、防災拠点でありという観点から、耐震化は、これはもう全力を挙げてやらないかぬのに、まだまだ半分ぐらいしか行っていないというのが実態であるというならば、私はきちっと、目的、特定目的、いわゆる学校耐震化に絞った施設の改善への補助金ということは、これは別に自治体の方からも文句言われる筋合いないのではないかと思いますので、その代わり、地方もしっかりと裏負担して、どっちが裏負担か分かりませんけれども、補助率しっかりして、そしてやっていくということを当面続けないと、これを一遍に今交付金にするというふうなことはちょっと時期尚早ではないかというふうに思いますけれども、いかがでしょう。
○国務大臣(中山成彬君) この公立学校の施設整備費負担金・補助金でございますけれども、これは地方側の改革案にあったわけでございまして、それに対しましてこの交付金化を検討するというようなことにしたわけでございまして、御指摘のありました建て替えによる耐震化につきましてもこの交付金の中で引き続き国による財政支援を維持する方向で検討したいと、このように考えているわけでございまして、この交付金化によりまして、より弾力的で地方の自主性、裁量を生かせる形の中で国として支援していくと。また、そうすることによりまして、効率的な執行に努めることによって生じた財源を地方自治体の裁量によりまして耐震化事業に重点的に充当するというふうなこともまた可能になるんではないかと、このように考えておるところでございます。
○政府参考人(銭谷眞美君) 現在、就学義務につきましては、憲法二十六条、教育基本法第四条の規定を受けまして、学校教育法において、具体的には小学校及び中学校に就学させる義務を課しているわけでございます。いわゆる学校に就学をしなければいけないというこの義務につきまして、義務教育の今日的な意義、目的、学校の役割等について議論をする中で考えなければいけないのではないかという御意見があることも事実かと思います。
現在、中央教育審議会では、児童生徒の多様な状況等に対応して義務教育制度の弾力化を図るという観点から、例えばでございますけれども、就学の期間や就学時期の弾力化など、義務教育の就学に関する制度の在り方についても検討が行われているところでございます。
もちろん、まだどのような結論になるか、様々なこの点については御意見がございますので、幅広い観点から中教審で今御議論をいただいているという状況でございます。
○山下栄一君 終わります。