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国会質問

161国会 憲法調査会 2004年11月17日


○山下栄一君 先ほど山口議員の方から我が党のこの新しい人権にかかわる、また社会権も含めてですけれども、基本的な考え方がございました。特に、人権カタログを追加する場合の要件といいますか基準といいますか、そういう考え方も含めて表明があったわけです。また、我が党の、憲法を改正する場合の仕方としての加憲の話もございました。具体的に環境権、プライバシー権利との関係で知る権利、また生命倫理にかかわること、永住外国人の権利、そういうようなこと、お話があったわけでございます。
 私は、この二十六条、教育を受ける権利、これは新しい人権という考え方というよりも、時代の変化とともに教育を受ける権利を更に深化させ、そしてその重みを確認することが必要ではないかという観点からちょっと述べてみたいというふうに思います。
 今、義務教育国庫負担の問題で、教育そのものが、教育活動といいますか、が非常に中央政府と地方政府の中で、また中央政府の中においても内閣の、省、省、省による対立から非常に教育そのものが翻弄されているということがあって、教育の在り方、また義務教育って一体何なんだという、そういうことをきちっと慎重に、丁寧に議論することの必要性がもう一度確認されつつあるのではないかというふうに思っているわけです。義務教育というのはだれのだれに対する義務なのかと。
 また、中央政府と地方政府の役割分担、特に財政的な観点からの役割分担の在り方も、全額国庫負担、また反対に全部一般、地方の一般財源というふうなことも含めていろいろ議論されているわけですけれども、基本的な教育そのものの在り方に対する議論がなかなか横に追いやられているということもありまして、この二十六条の確認すること、意味があるというふうに思っております。
 先ほど民主党の若林さんからも、憲法、特に人権の場合は、国際社会における、特に条約を含めた人権法、国際人権法の活用、また国際社会における人権保障の取組、こういうことが殊に日本の場合は余りなされておらないというお話もありました。私も同感でございまして、そういうことも含めてちょっとお話ししたいと思うんですけれども。
 二十六条の教育を受ける権利は社会権というふうに規定、考え方ありますけれども、それだけではなくて自由権的側面があると。自由権的な側面を前提にした教育を受ける権利だという考え方が今はもう一般的になっておるわけでございます。この教育の自由という考え方が非常に今まで議論の中で弱かったのではないかというふうに思っております。
 例えば、子どもの権利条約では、お父さん、お母さん、父母がその保護する子供については第一義的に育てるということに対する権利を有すると。これもまず教育の自由の観点からのとらえ方だと思いますし、国際人権規約、特にA規約では、学校選択の自由ということをうたっております。世界人権宣言でもそのことをうたっておりまして、親は子に与える教育の種類、教育の種類を選択する優先的権利を有すると。場合によっては、学校そのものをお父さんが作ってもいいというか、個人、団体の学校設立の自由ということもこの人権規約でうたっているわけでございます。
 特に道徳、道徳とか宗教にかかわる教育については、その父母が我が子のために自己の信念に従って宗教的、道徳的教育を確保する自由があるということを締約国が確認すると、こういうことを国際人権規約でうたっているわけですけれども、こういう考え方は非常に大事なことではないかというふうに思いますけれども、こういう観点からの議論がなかなか日本ではまだまだ深まっておらないというふうに思っております。
 また、学習権でございますけれども、教育を受ける権利が、どちらかといいますと、教育を施す側と受ける側があって、その受ける側について、きちっと機会の均等を含めて受ける機会を保障してもらって受ける権利を有するという、若干受け身的な要素があるというふうに私は思うわけですけれども、今のそういう教育の分野における人権については、学習権という、人は教育によって人間になると、人格形成そのものが教育の活動だと。それはだれかにしてもらうということもあるけれども、教育を施してもらうということもあるけれども、自分が学んでいく、それが大前提にあって、いろんな人から教育を受けるということがあるというそういう位置付けだと思うわけです。
 生涯学習の時代にあって、この学習権、自ら学ぶことによって人格を高めていく、自分自身を作っていくといいますか、そういう意味でのこの学習権の思想というのは、教育を受ける権利には入っているとは思いますけれども、そういうことも含めた教育を受ける権利なんだという確認が必要なんではないかと。個人の尊厳にかかわる在り方としてこの学習権ということが非常に考え方として大事だと思いますし、人間の権利の人権そのものを基盤としてこの学習権というのが非常に重要な考え方ではないかというふうに思っております。
 この学習権については、もう既に、もう二十年近く前ですけれども、一九八五年のユネスコの国際会議のパリ宣言でこの学習権の思想が明確になっております。学習する権利なくして人間性の発展はあり得ない、また学習する権利というのは自分自身で歴史を創造する主体なんだというそういう確認、そしてこれは基本的人権であり、その正当性は普遍であると、こういうことがこの一九八五年のユネスコの国際世界会議で、教育に関する世界会議で確認されておるわけですけれども、そういう学習権という思想の上に立った二十六条なんだという考え方を確認する必要があるのではないかという観点から意見を述べさせていただきました。
 以上でございます。

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