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国会質問

162国会 文教科学委員会会議録 2005年03月15日


○山下栄一君 私は最初に、高校の転学、転入、もう一つは退学の問題について質問させていただきたいと思います。
 これは私、具体的に相談を受けた話で、高校の県内、大阪でしたら大阪府内、公立高校同士の転入が非常に難しいということを聞きました。公立から私立、私立から公立、いろいろあるんですけれども、私が今から問題にしようとしていますのは、公立同士の高校から高校への県内の転学、転入でございます。
 お父さんの転勤で県を越えて転学せざるを得ないという状況に対する対応は、過去二回、文部科学省が局長名で通知を出し、本来、学校教育法施行規則にも規定してございますこの転学、転入について配慮をすることについての通知が、県を越えた単身赴任せざるを得ないという状況で、子供さんの教育のためにそういうことになっているということの配慮対応通知があったわけですけれども、県内の高校の転入というのは、ニーズは、学校から遠いということよりも、学校の校風に合わないとか、なかなかなじめないということで中退をせざるを得ない状況になったときに、同じ高校より別の高校に行きたいという子供の気持ちが報われないという県が大半であるということを今聞いております。
 大阪の場合はこれ非常に積極的に配慮しまして、大阪は中退者が物すごく多いので、もう皆さん御存じのように、一年生の一学期過ぎたらもう半分とか三分の一おらなくなってしまうという、そういう学校、まあ大阪だけに限らないかも分かりませんけれども。そういうことが現実にありまして、その中に、もう初めからやる気ない人もおるわけですけれども、そうじゃなくて、校風に合わない、なじめない、意欲はある、そういう子供が同じ県内の中で別の高校に行きたいという、そういう転学、編入というんですか、そういうことがなかなかできないという現状。大阪はそれ、積極的に配慮してきたと。それを積極的に配慮するときに、全国調べてみたら、こういうことをやっている県は、神奈川県がちょっと先行してやっていたと、大阪府、それ以外は基本的に受け入れないということが基本だという現状があるということをお聞きいたしました。
 このことについてもうちょっと、もちろん県が考えることなんでしょうけれども、実情をよく把握していただいて、中退者がもう八万人超えておりますし、若干最近減ってきたようですけれども、転学できやすい環境を、もちろん御本人の意欲とか、試験ももちろんあるでしょうけれども、試験を受けれるチャンスすら与えないというのは、それはおかしいんじゃないかと、こういうふうに考えておりますので、実情、それから、私のこの実情を把握されておらなかったらちゃんと把握していただいて適切な対応をお願いしたいなと、こういうふうに思っておりますけれども、よろしくお願いします。


○国務大臣(中山成彬君) 御指摘のように、高校で中退が本当に増えているということもあるわけでございます。このことにつきましては、学校や教育委員会におきまして様々な取組が行われているところでございますが、文部科学省といたしましても、高等学校の入学希望者に対して、まず中学校における進路指導及び高等学校の入学者選抜の改善と、このことと、それから高等学校における教育課程の多様化、弾力化の推進や、個々に応じた生徒指導の充実といったことで対応を行ってきたところでございます。
 また、中途退学した者の中には再び高等学校で学んでいる者も多いわけでございまして、平成十五年度の調査によりますと、平成十五年度以前に退学して同じ高等学校に再度入学している者が八百八名、他の高等学校で学んでいる者が一万四百三十七名いるということでございます。
 委員が御指摘のように、仮に県内の高等学校から受け入れられないという考えの下に中途退学者を受け入れられないというのならば、そういうことをしているとならば、これは教育委員会として不適切な対応をしていると言わざるを得ないと、このように考えるわけでございまして、いずれにいたしましても、各高等学校におきまして生徒の能力、適性、興味、関心、こういったものに応じた魅力ある教育活動を展開して、一層きめ細かな教育相談、ガイダンスなどを実施することによりまして高等学校中途退学問題へ適切な対応を図っていくと。そして、できるだけ転校がかなうように、そういった方向で検討していかないかぬと、このように考えているところでございます。


○山下栄一君 ありがとうございます。
 施行規則六十一条では転学は校長の判断でできることになっているんですけれどもね。今大臣がおっしゃった数字は、私が申し上げている公立から公立へという数字は非常に少ないというふうに私は理解しておりますので、私学をやめて公立へ、これは大阪も現実は非常に難しいんですね。これは、今、少子化でなかなか大阪の場合、高校の私学が自らの学校をやめて、主体的にやめて別の公立に行くということをなかなか許さないという、これはずっと長年、最近の懸案で、府と私中高連と話し合ってもなかなかそれは認めてくれないという。だから、私学でもう合わなくなってしまうと公立へ行けない、それは私学が放さないという、そういうことがあって、大阪の場合ですけれども、これは。公立から私学というふうなこともそれはあるわけですけれどもね。県によって実情が違うんだろうと思うんですけれども、私が申し上げているのは、同じ公立なのに、同じ公立高校なのに、まして中退者がたくさんおるのに、学校がどんどん空いているのに、定数も減っているのに受け入れようとしないというのがあるということを、これがなかなか現状認めておらないという、私ここに大変大きな問題があると思いますけれども。
 まあ、こういうことがあるということを是非調べていただいて、私が理解しておりますのは、現場から聞いておりますのは、大阪と神奈川県以外は基本的に県内の公立高同士の受入れが非常に進んでおらないという、是非ともこれはきちっとよく掌握していただけたらというふうに思います。


○国務大臣(中山成彬君) それはしっかりと実態を調査したいと思います。


○山下栄一君 もう一点は、これは昨日もちょっと担当の方とやり取りして、是非ともこれは見直すべきだと思ったことでございます。
 これは、退学の、中退者の実態、いろいろ文科省も大きな課題ですので分析されているとは思うんですけれども、問題行動等によって退学処分、これはもちろん、高校の場合は懲戒規定が学校教育法に書いてあるので、第十一条ですか、中には停学だけでなくて退学処分というのがあるわけですけれども。
 この退学処分者というのは、全国に、これも調べていただいたことを報告していただきたいんですけれどもね、どれぐらいいらっしゃるかということをちょっと確認さしてください。


○政府参考人(銭谷眞美君) 平成十五年度の高校の中途退学者数の総数は約八万二千人でございますけれども、その中でいわゆる懲戒による退学者数は、公立の高等学校が九十二人、私立の高等学校が百八十四人、合計で二百七十六人でございます。


○山下栄一君 ありがとうございます。
 この高校中退者八万人が中退してからどうなっているのかなというようなことは非常に、どれだけ追跡調査されているか、極めて不十分だというふうには思いますけれども、懲戒による退学処分というのは、これは基本的にほとんどの県でやっていないと思うんですね。例えば犯罪を犯して退学になる場合にもできるだけ自主退学の形を取って退学していくという、懲戒による退学処分というのは公立の場合はそんなにやらないというふうに理解しております。それでも十五年度で、公立の場合ですよ、私が申し上げたのは公立の場合ですけれども、九十二名、私学の場合も百何十人ということですけれども、なんですけれどもね。
 ちょっと私、今日は特に申し上げたかったのは、この学校教育法施行規則第十三条なんですけれども、これは学校教育法を受けて、これは文部大臣の定めるところによって懲戒やることができるいうことなので、施行規則で、省令で書いてあるわけですけれども、この校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当たっては、児童等の心身の発達に応じる等教育上必要な配慮をしなければならないと、こうありまして、それで三項、十三条、施行規則十三条三項のところに四つあるんですけれども、性行不良で改善の見込みがないと認められる者、これ懲戒できることになっているんですけれども。二番目が学力劣等で成業の見込みがないと認められる者、三番目が正当な理由がなくて出席が常でない者、四番目、学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者、こういう場合は懲戒による退学処分ができるということになっているわけです。
 私は、四番目のこの秩序を乱すというのはよく分かるんですけれども、一番分かりにくいのはこの二番目の学力劣等等で成業の見込みがないと認められる者。これはなぜ懲戒によって退学処分になるのかと。これはいつできた施行規則なのかなと。これもちょっと昨日申し上げておいたんですけれども、いつできたか分かりませんか。分からなかったら調べていただいていいですよ。


○政府参考人(銭谷眞美君) これは戦後間もなくできた施行規則でございます。


○山下栄一君 この今日の状況の中で、懲戒によって、退学処分の理由に学力劣等等で成業の見込みがないと認められる者ということで退学処分できるというのは、これはもう根本的におかしいんじゃないかなと。特に公立の場合ですよ。これは排除の論理だと思うんですね。義務教育ではないかも分かりませんけれども、これはもう教える側の使命、責任放棄を認めるような規定だというふうに思います。やりにくい、なかなか勉強しても、教えても成果が上がらぬ生徒は懲戒処分によって退学さしてもいいという、これはもう戦前の規定かなと思ったんだけど、そうじゃないわけで、これはもう根本的におかしい規定だと。
 学力低下が問題だと。それはだれの責任だと。子供の責任かと、それはと。低下さしているのは一体だれなんだという、それを堂々と施行規則の中で処分の対象にしているという。これはちょっと、もう本当に、いかに日本の国の学校教育が封建的かというか近代化されていないかということの現れではないかなと、私は時代錯誤も甚だしいものがいまだにまかり通っているというふうに感じまして、この規定は削除すべきじゃないかというふうに思います。いかがでしょうか。


○政府参考人(銭谷眞美君) 懲戒による中途退学に関する施行規則の規定について先生から今御指摘があったわけでございます。
 まず、公立の高等学校の懲戒による中途退学の数、先ほど申し上げましたが、全国で平成十五年度で九十二人でございますが、これは実は特定の県に限られておりまして、ほとんどの多くの県では懲戒処分という退学の仕方ではなくて、言わば自主退学という形で子供たちは退学をしていくと。その自主退学の理由には、学校生活・学業不適応あるいは進路変更、それから問題行動とかいろいろございますけれども、基本的には本人の申出による自主退学ということになっているわけでございます。
 それで、実際の話といたしまして、懲戒処分というのは本当に教育的配慮をもって慎重かつ的確に行われなければならないことでございますし、その際には当該生徒等から事情や意見を、よく機会を持つなど、児童生徒の個々の状況に十分留意して行うべきものだと私ども思っております。
 それで、ここで言っております、学力劣等で成業の見込みがないと認められる者というのは、本当にもう、何と言いましょうか、ちょっと性行不良で改善の見込みがないというのと表裏のような感じになっておりますけれども、全く、学校生活において相当これは意欲がないという場合のことを多分想定をしているわけでございますけれども、この規定の改正については、ただいまそういうお話あったわけでございますけれども、私どもとしては今のところ、この一号から四号までのいずれかに該当する子供に対して慎重な配慮の下に懲戒処分としての退学は行うことができるということで運用しているところでございます。
 ただ、実態としては、先ほど来申し上げておりますように、各高等学校、特に公立の高等学校は極めて慎重な運用をしているということでございます。


○山下栄一君 それは私も先ほど自分でしゃべるときに言っていますので、実際は退学処分というのは少ない、ほとんどやっていないと、特定の県はやっている場合があると。私、そういうことを言っているんじゃなくて、この規定そのものがもう時代遅れじゃないのかということを、こういうことが施行規則で文部大臣が定めるところによりということで、学力劣等で成業の見込みがないと認められる者を退学処分できるという規定そのものが時代錯誤じゃないかということを申し上げているわけです。
 それは改正の必要がないのではないかという意味の局長、御答弁だったんですけれども、これはちょっと、そういう認識で学習指導要領をお考えになったり、日本の教育を何とかせないかぬというふうなことをおっしゃるのとはもう全く正反対の話をおっしゃっていると。こんなことを認めながら日本の教育改革をおやりになるんですか、文部科学省は。それは排除の論理を堂々と認めて、学力、意欲がなかったら意欲をかき立てるような、もっと一生懸命でもって必死で戦うということがない限り、公立の話をしていますからね、私は、公立の話を、それは官僚の教員だったらいざ知らず、使命職であるべき教員の資質向上を一生懸命言いながら、一生懸命頑張っても、努力しても付いてこない生徒は退学処分してよろしいみたいなことを、それはおかしいでしょうと。大臣、いかがでしょうか。


○国務大臣(中山成彬君) 初めて私も見させていただきまして、ちょっとやっぱりどきっと、懲戒という言葉にどきっとするんですけれども、実際問題として、学力劣等で成業の見込みがない、要するに成業、業が成らぬわけですね、勉強してももうとてもこれ卒業できないという学生生徒がいた場合にどうするんだという場合に、いろいろ慎重には判断しなきゃいけないんでしょうけれども、もうやめてくれというふうなことになることもあるんじゃないかと思うんですけれども、それは退学という形でですね、それを懲戒、懲戒という言葉は、懲戒処分とよく言いますけれども、懲戒処分という形でこれを退学させるというのはどうかなと。単なる処分なら、処分というか、何というんですか、やや言葉がきついかなというふうなことを感じました。
 それで、現実には文科省としても、懲戒処分は真に教育的配慮をもって慎重かつ的確に行われなければならないこと、またその際には、当該生徒等から事情や意見をよく聞く機会を持つなど、児童生徒等の個々の状況に十分留意すべきであることなどを指導している、こういうことでも分かりますように、やはりちょっときついかなということは文科省も感じているんじゃないかなと、こう思うわけでございますが、現実にそういう生徒がいた場合どうするかということを、また直面いたしますと、やはりもうやむを得ず退学してもらわないかぬなというふうな結論になることもあるんじゃないかなと、こう考えますが、そういう処分、懲戒というのはちょっとどうかな、言葉がきついなという感じはいたします。


○山下栄一君 言葉の問題というよりも、行政処分ですからね、これは。これは私は基本的におかしいと。おかしくないという感覚で行政されるんだったら信用できないというのが私の感想でございます。
 今大臣も私の気持ちと通じるような御答弁いただきましたが、是非これは、古い規定が今も続いているんでしたら、時代はそうではないのではないかと強く感じますので、御検討願いたいと、このように思います。
 学習指導要領の、ちょっと話変えますけれども、学習指導要領の見直し、それから総合的学習の時間についても、特にこれは中教審総会での大臣のお話の中で出ているわけですけれども、総合的学習の時間の授業時数の在り方でしたかね、授業時数を見直すということまでなってないんですが、在り方を検討してくれと。ニュアンス的には、総合的学習の時間は例えば小学校でしたら週三時間、これはちょっと多いんじゃないかと。私は、多いとは、多いとか少ないとか言える段階でもないし、見直しの段階でもないというふうに思っております。
 それで、この総合的学習の時間というのは本来どういうねらいでつくられたのかということ、そのねらいはもうやめようとされているのか、その辺ちょっと確認させてください。


○国務大臣(中山成彬君) 平成十年の学習指導要領の改訂で総合的な学習の時間を新たに導入した理由といたしまして、まず、知識や技能を詰め込むのではなく、基本的な知識や技能をしっかり身に付けさせ、それを活用しながら、自ら学び、自ら考える力などの生きる力をはぐくむこと。体験が不足しているという子供の実態を踏まえ、自然体験や社会体験などの体験活動を重視すること。教科の枠を超えて課題を設定し、探求し、教科での学習を補充し、深めること。地域や学校の実態に応じて創意工夫を生かした特色ある教育活動が展開できるようにすることなどがこの背景にあったところでございます。
 このように、総合的な学習の時間のねらいとするところは、まさしく現行学習指導要領の目指すところと軌を一にしているところでございます。


○山下栄一君 現行の学習指導要領はそういうことなんですけれども、これ今見直しをされようとしている。その見直しの目的は、総合的学習の時間の目指すところはちょっともう変更しますと、こういうことなんでしょうか。


○国務大臣(中山成彬君) 生きる力をはぐくむという現行の学習指導要領の理念とか目標というのは、これは誤りはないと私は考えております。ただ、そのねらいが十分達成されているのか、必要な手だてが十分講じられているのか、そこに課題があると、私はそのように考えるわけでございまして、現在、教員や保護者と直接対話するスクールミーティングを通じて学校現場の意見を聞いているわけでございますが、その中には、総合的な学習の時間について教師の方から、総合的な学習の時間の理念は理解しているが、どのような授業を行えばいいのか悩みがあるとか、あるいは年間を通じて子供たちの課題への意欲を持続させるのに工夫が要る、なかなか大変だと。あるいは、充実した活動を実施するための計画や準備に時間が掛かるということ。さらに、それよりはもっと国語とか算数などの基本的な教科に力を入れたいと、そっちの方がどうも中途半端になっていると、こんな意見等が出されているわけでございまして、私どもといたしましては、今後ともこのスクールミーティング等を通じまして、総合的な学習の時間のねらいが達成されているかどうかなどにつきまして実際に現場を見ながら検証していきたいと。そして、そういったものも中央教育審議会におきましていろいろ提出いたしまして、総合的な学習の時間を含めて学習指導要領全般について、例外を設けることなく自由濶達に今御議論をいただこうと、こうしているところでございます。


○山下栄一君 私は中教審の議論の問題ではないというふうに私は考えています。大事なことは、総合的学習の時間の時間数の在り方を検討課題にやる前に、きちっと検証すると。それを余り不十分なまま、確かに今大臣おっしゃったように現場でもそんな意見がある。とにかく、始まってまだ数年しかたっていない。課題は、この理想というのは、総合的学習の時間の目指す理想というのは非常に大きいし、きちっとやればそれがそのまま教員の資質向上につながり、子供の考える力、そして問題解決能力、それこそPISAの読解力、直結する授業が総合的学習の時間だというふうに思うんです。学力低下が認められるから、PISAの成績が悪かったから総合的学習の時間を在り方を検討するというようなことは全然おかしな話だなと。
 大事なことは、見直しではなくて検証をきちっとやることが、何がどこに問題があるのかと、理念はすばらしいけれども、ちゃんとそれが実効性上がっていぬのはどこに原因があるんだということをきちっと分析して、それが上がるように手を打つと。サポートし、支援する、予算を組む。もちろん十七年度予算でもそういうことはやられておりますけれども、ちょっと発想がずれているのやないかなというのが私の感想で、検証をきちっとやってもらいたいと思いますが、いかがでしょうか。


○国務大臣(中山成彬君) 正にそういう問題意識の下に、まず検証をしようということで始めているわけでございますが、今、読解力が落ちていると、こう言われましたが、このPISAのテストというのは読解力というよりも更にその応用力といいますか、そういったものをテストするのには非常にいいテストであると、こう考えるわけでございまして、これができるようになることが総合的学習の時間というのを取り入れた本来の趣旨であろうと、こう思うわけです。
 ところが、それが落ちているということは、これはやっぱり問題にすべきじゃないかと。なぜこうなったのかということを、それこそ現場にまで行きまして検証して、もしそれが何かで十分にその手だてがなされていないということであれば、それをきちっとそうできるようにしなきゃいけないと。
 私も実際、総合的な学習の時間というものを何度も見せていただきましたが、これはなかなか大変な、先生の力量が問われるようなこれは時間だなと。自分が先生になった場合にどうするんだろうかということを考えますと、今ちょっと、先ほど申し上げましたが、まず何をテーマに選ぶか、しかも子供たちというのは結構飽きっぽいですからね。それをずっと意欲を持たせ続ける、そして一つの成果を上げる、なかなか大変だなと、そうも思うわけでございまして、そういったこともすべてこの実証といいますか、現場を踏んでいろんな意見を聞きながら、総合的な学習の時間というのをもう一度考え直してみたいと。
 余りにも簡単に変えるのはどうかという御意見がありましたが、三年たって、やって三年になるわけですね。余りにも朝令暮改じゃないかという御意見もありますが、しかし、三年というのは結構長い時間でございまして、自分の子供のことを考えましても中学校を卒業してしまう時間でございますから、そのときに受けた授業、あるいは受けなかった授業というのは一生影響するわけでございますから。
 私は、ある意味で教育というのは、教師というのは、これは子供の時間をある意味では奪っているというか任されているわけですから、それをおろそかに費やすということは、これはもう子供たちにとって罪を犯しているんだと、それぐらいの気持ちで私たちは子供の教育に当たらなきゃいけないんじゃないかなと、そういう思いから、今実証して、見直しをしようとしているところでございます。


○山下栄一君 教員の力量が問われるから、大事なこれ授業時間だというふうに、問われないような科目じゃ困るわけで、そのために試行錯誤の上で導入されたのが総合的学習の時間であろうというふうに思いますので、中教審の検討課題にする前にきちっと検証、データ集めて検証して、そういうことを作業した上で中教審の議論に移るんだったら分かるんですけれども、何でそういうこと、中教審のテーマになるのか私全然理解できておりません。お考えがまたちょっと違うなというふうに思います。
 次に行きます。
 同じ学習指導要領の見直しの中で、大臣の所信にも書いてございますけれども、ちょっと言葉が、ちょっと結び付きがよく分からなくて。人間力向上のための教育内容の改善充実と。学習指導要領見直しに当たっての検討課題、人間力向上のための教育内容の改善充実。生きる力を養う、そして学力を向上させるという。人間力、生きる力、学力、これが私は全部極めて深い関連があると思うんですけれども、何かこの言葉の中身がちょっと不明確で、どういうふうなことを内容として考えておられるのか。人間力、まあ人間力と学力だけでも構いませんけれども、学力と人間力はどういう関係にあるのか、ちょっとお考えをお聞きしたいと思います。


○国務大臣(中山成彬君) 学力というのは、基礎的、基本的な知識や技能に加えて、それを実生活で生かしていくために必要な思考力、判断力、表現力、あるいは午前中の質疑にもありましたが意欲といいますか意思力といったものを含んだものであると、このように考えております。
 国際学力調査でも、例えばPISA調査では知識や技能等を実生活の様々な場面で直面する課題などにどの程度活用できるかを評価する調査問題となっておりますが、この学力に対する考え方というのは国際的に見ても同じ方向を目指しているものと、このように考えております。
 生きる力というのは、これは平成八年の中央教育審議会の答申で提言された考え方でございますが、これは、子供たちに基礎基本をしっかりと身に付けさせ、それを活用しながら、自ら学び、自ら考え、より良く問題を解決する力などの確かな学力に加えまして、命を大切にする心や他人を思いやる心、規範意識や倫理観などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などまでを含んだ、何といいますか全人的な力を指すものであるというふうに考えられております。
 それから、人間力に関しては、これは確立された定義というのは必ずしもありませんけれども、内閣府の人間力戦略研究会、これが平成十五年四月にまとめた報告書では、人間力を、社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力と定義しております。すなわちこの報告では、人間力を、自ら学び自ら考える力などの生きる力という理念を更に発展させ具体化したものととらえております。文部科学省としましても、このような考え方を踏まえて人間力という言葉を使用しているところでございます。
 なお、生きる力と人間力、どう違うんだということでございますが、生きる力というのは、知、徳、体にわたる教育的観点から用いられておりますが、人間力というのは、経済の活性化や雇用の問題も含めて国家戦略としての幅広い観点から人材育成を考えていこうという趣旨で用いられているところに違いがあると考えております。


○山下栄一君 ちょっと分かりにくいんですけれども、人間力向上のための教育内容の改善のところで、確かに知、徳、体的な、健やかな体の育成ですか、豊かな感性と書いてあります。その人間力向上のための教育内容の改善の中に国語力の育成、理数教育の改善充実、外国語教育の改善充実というふうに書いてございます。こういう表現ぶりと、じゃ例えば学ぶ意欲を育てるとか自ら考える力とか、それから問題解決能力とか、読解力の話ありましたけれども、この判断力とか知の総合化とか、こういう現行の学習指導要領が目指していた理念、こういう理念は人間力向上のための教育内容の改善のところに出てきません、全然。ということは、現行の学習指導要領の理念は堅持するという、おっしゃっているけれども、この人間力というふうに表現されているところには、知、徳、体と国語力、理数教育、外国語教育というふうなことがあって、この思考力とか自ら判断し考えるというふうなことのところはほとんど表現されていないんですね。正に総合的学習の時間が目指した、そこには、自ら考える力、判断力、思考力、表現力、発表力、問題解決能力、自ら学び自ら考える力、人とのかかわり、自然とのかかわり、体験、こういうことが私は人間力として今求められている、国民が求めているものじゃないかと。
 確かに国語力とか理数教育とか外国語教育ということ、確かにそれはあればいいんですけれども、そういうことを現行の学習指導要領は目指していたのかと。掲げた理想というのは正に総合的学習の時間が求めたねらいと同じであって、それが今回の学習指導要領見直しの教育内容のところにはほとんど出てこないということは、現行の学習指導要領の理念はもうちょっと変えますということになっていくのかなと。ちょっと何かすっと結び付かない、若干ずれを感じるんですけれども、いかがでしょうか。


○国務大臣(中山成彬君) なかなか難しい、御説明するのが難しいんですけれども、学力というのは個人、私の力といいますか、学力というのは、午前中も申し上げましたが、学んだ知識量プラスそれを活用する力、そして学ぼうとする意欲、意思力、そういったものを学力と呼ぶんだろうと思うんですけれども、それを基にして、それにプラスして、人間性といいますか、倫理観とか規範意識だとか、そういったものを含めた、この世の中に個人が生きていこうとする力だろうと思うわけです。そして、人間力というのは、生きる力が社会の中で、日本、この世界の中で、その国家の形成者として国のためにも自分のためにもしっかりとした、何といいますかね、有為な人材として活躍できるような、そういう意味の人間力と。
 そういうふうに少しずつ少しずつ広がっていくような、そういうものじゃないかなと思うわけでございまして、ここには、学習指導要領の見直しに当たっての検討課題の中に人間力向上のための教育内容の改善充実として書いてありますが、これはまず社会の形成者としての資質の育成、豊かな人間性、感性、そして豊かな、健やかな体、国語力の育成、理数教育の改善充実、外国語教育の改善充実と。要するに、日本というこの社会の中で自分が力を出していく、生きていくという、そういった観点から私は考えられているんだろうと、このように思うわけでございまして、こういった生きる力というのは現行の学習指導要領の理念とするところだろうと、このように私は考えておるところでございます。


○山下栄一君 昨日も文部科学省の方にも一緒に行かせていただいたんですけれども、東京都内の総合的学習の時間の取組、私も見させていただきました。もちろんモデル校だと思いますけれども、三宅島の出身の先生が残られて一生懸命、都内の子供たち、懸命に、若い先生でしたけれども、その代わり教材研究は本当に大変ですとおっしゃっておりましたが、そういう緊張を持って授業をやるということが非常に求められている。安易に流されやすい状況の中で、総合的学習の時間が目指すもの、私は非常に大事な理念、それはもう文科省も認められているんですけれども、まあ何ぼ聞いても、ちょっと今回の学習の見直しは、それ誤りはないとおっしゃりつつ、ちょっとその理念が変更をされているのかなということを感じております。
 次に行きます、ちょっと時間があとはありませんけれども。
 子供の安全、学校の安全、これは文科省も一生懸命取り組んでおられて、職員の方も派遣していただきましたし、大臣も近々視察をしたいということを先日の我が党の予算委員会の質問において答えていただいておりますけれども、町に子供が集まるところは学校だけじゃなくてほかにもたくさんあると。保育所もそうだし、児童館もそうかも分かりません、塾もそうかも分かりません。一つ一つ全部その施設、だれかが付いて回るのかという。もちろんそういうことをせざるを得ない。特に学校現場は緊急事態でそうせざるを得ない状況があるかも分かりません。
 しかし、そういう考え方と同時に、やっぱり犯罪に強い町づくり、災害に強い町づくり。今、町づくりという言葉がはんらんしておりまして、いろんな各役所でまちづくり交付金等々、これ農水省も国交省もいろいろ町づくりを、地域を大事にしてという。だけどそこが、だけど命が脅かされたら、その町成り立たないわけですので、犯罪に強い、治安がきちっと保障されている町づくり、学校の安全保障、そういうことは非常に大事なことだというふうに思います。余り学校という言葉に特化しない方がいいんじゃないかなと。子供を守る、それが非常に脅かされていると。犯罪に強い町づくりという観点からきちっと手を打つ必要があると。これは省庁を超えてやらにゃいかぬというふうに思っております。
 それで、まず学校と警察との連携ですけれども、これは既に学警連、学校警察連絡協議会というのが現場にございます。そして、これはあくまでも補導とか非行という、補導、非行という観点で学警連を、学校と警察の連携をやってきたので、どちらかというと警察が周辺でうろうろするような学校は非常に非行の学校だというふうな、見られてしまうということがあったのかも分かりませんけれども、非常に極めて抑制的に、学校と警察の連携は抑制的であったのではないかというふうに思っております。
 最近はちょっと変わってきて、非行とか補導だけではなくて、子供の命を守る、学校の安全、そういう観点からも学校と警察の連携をきちっとやらにゃいかぬ。子供の命を守るためには積極的に連携せにゃいかぬと。非行とか補導となってくると、ちょっとあの学校、生徒指導しっかりやってへんのかなと思われてしまうという面があったかも分かりませんけれども、そんなことは言っておれない状況なので、既存のこの学校と警察の連携の仕組みをこの子供の命を守るということをメーンにして、そして補導が、非行があるという、そういう発想の転換をする必要があるんではないかと。学校と警察の連携協議会、すべての都道府県にもございますし、市町村段階でもこういう連携の仕組みはほとんどの学校で形式上やっているんですけれども、この心の垣根が取り払われていなくて、何となく抑制的にという状況があるのではないかというふうに感じております。
 東京都内では、もう学校の中に入ってきてくれと、警察官が。そんなことは数年前は考えられなかった。大学の中に警察官うろつくようなそんな学校では困るという、それが教育現場の、学校現場の意識だったと思いますけれども、そういうことは言っておれない状況にあるけれども、しっかり学校と警察の連携の仕組みを、ホットラインも消防署と学校はあるけれども、学校と警察のホットラインはいまだにきちんとされておらないというのが、寝屋川で、あの中央小学校でもそうだったわけで、そういうふうに考えましたときに、学校と警察の連携の仕組みはあるけれども、形式的であったのではないかというふうに感じておりまして、緊密な連携の下に子供の命を守るという観点から団結せにゃいかぬと、こういうふうに思いますけれども、警察のお考えをお聞きしたいと思います。


○政府参考人(吉田英法君) 学校と警察との連携のお尋ねについてお答え申し上げます。
 学校警察連絡協議会は学校と警察が少年の非行防止に関して連携強化を図る目的から組織化しているところでございます。その具体的な活動内容は、非行防止教室の開催、警察の継続補導と学校の生徒指導との連携、警察と教職員等々の連携による街頭補導活動など子供を非行から守る活動のほか、防犯教室や通学路の危険箇所の点検など、子供を犯罪から守るための活動についても取組が進められているところであります。
 また、学校における安全対策としましては、学校警察連絡協議会という場ではございませんが、近年の学校における重大な事案の発生にかんがみ、警察と教育委員会及び学校との連携の下、学校における不審者侵入時の防犯訓練、学校と警察との間の緊急通報システムの整備、警察OBの活用などに取り組んでいるところであります。


○山下栄一君 文部科学省的には、この学校と警察の連携が今まで抑制的に働いていたという、そういう考え方もございませんでしょうか。


○国務大臣(中山成彬君) 今、山下委員御指摘のように、学校が特別なものじゃなくて、地域の中の学校、子供たちはいろんなところにいるわけですから、その子供を守るという意味じゃ、地域ぐるみで守らなきゃいけません。その中に学校がたまたまとは言っちゃ悪いんですが、あるというふうな感覚でもってやっていかないかぬと。
 今まで、とかくもう学校は警察入れさせないとか、そういう雰囲気あったのかもしれませんが、今はそんなことを言っておられない。地域の中で、もう差別なく、学校も警察と一緒になって連携しながら、これはもう子供のみならず、もう地域住民をみんなで守るという、そういうふうな私は考え方に立つべきだろうと、こう思うわけでございまして、私も、先般の寝屋川の事件が起きまして、二月十八日に村田国家公安委員長に対しまして、学校が警察の連携を一層密にしながら安全確保のための取組を進めていくことができるように協力をお願いしたところでございますし、また、同日付けで出しました学校の安全確保のための当面の対策に関する通知の中におきまして、パトロールの実施、防犯訓練や防犯教室の推進、緊急時の場合の対応等について、学校と警察との連携を一層密にするよう都道府県教育委員会等に求めたところでございまして、今後一層警察庁との連携を図りながら、全体として、みんなで、社会全体として子供を守り育てていくと、こういう観点をより強めてまいりたいと考えているところでございます。


○山下栄一君 先日も、三月八日に申入れ、大臣にさせていただきましたけれども、積極的に取り組んでいただいておりますこと、感謝申し上げたいと思います。
 警察庁におかれましても、「地域安全安心ステーション」モデル事業ということで数億円の予算を、十七年度予算も組まれております、モデル事業として。私はこういうことも、ステーションには機材を置く。これはハード中心の取組みたいですけれども、公民館等を拠点にしてと、地域の防犯の方々も集まれるようにという、そういう考え方は確かに大事だというふうに思いますけれども。
 やっぱり冒頭申し上げましたように、犯罪に強い町づくり、町の景観、建物も、暗いところ、また非常に犯罪が起こしやすいところを点検するという、町そのものをつくるときに犯罪から守るという視点で町づくりを行っていくということ。これは文科省とか警察庁ということじゃなくて、町づくりの観点から災害に強い町づくり、防犯、犯罪に強い町づくりということが大事だというふうに思います。
 そういう意味で、道路交付金もそうですし、道路は登校下校もあるわけですから、道路交付金というのも内閣府の下に交付金がございます。また、まちづくり交付金というのはこれは国交省でしょうか。経産省にも似たような交付金あるのかも分かりません。そういうお金を使うときに、やっぱり省庁を越えた、こういうやっぱり治安が基本でしょうという考え方を大事にして、是非とも中山大臣におかれましてはいろんな、先ほど国家公安委員長との連携の話ございましたけれども、まちづくり交付金の使い方なんかにもこういう視点を、子供を守る、女性を守る、弱い立場の人を守っていくという、そういう観点からのお取り組みを働き掛けていただきますようにお願いを申し上げまして、質問を終わりたいと思います。

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