162国会 文教科学委員会会議録 2005年03月18日
○山下栄一君 私は、大学入学資格検定、大検制度が廃止になり、高等学校卒業程度認定試験制度にこの四月一日から変わることの問題につきましてちょっと質問をさせていただきたいと思います。
この制度につきましては、我が党の松あきら参議院議員が熱心に繰り返し質問にも立たれ、また、文部科学省にもいろいろ申入れされたり意見交換しながら、この制度が中教審でも取り上げられ、そして様々な検討を経て、いよいよ四月一日から実施されると、こういうことになったわけでございます。
この制度の意義、大検制度が新しいこの高等学校卒業程度認定試験制度に変わる意義、それからこの制度の根拠法令ですね、ちょっと教えていただきたいと思います。
○政府参考人(田中壮一郎君) 大学入学資格検定に関する見直しのお尋ねでございますけれども、若干経緯を申し上げますと、大学入学資格検定は昭和二十六年に、経済的理由等によりまして高等学校に進学できなかった勤労青少年を対象に大学入学資格を付与することを目的として発足したものでございます。
しかしながら、高等学校進学率の上昇に伴いまして勤労学生の受検割合が低下するとともに、一方で高等学校中途退学者が増大いたしまして、現在の大検の受検者の六割程度が高校中退者が占めるというような状況になっておるわけでございます。そういう中で、その大学入学資格検定に対して、大学入学資格だけではなくて就職等においても高等学校卒業と同程度に扱われたいという御希望が寄せられるようになったわけでございます。
そういう中、一方、その大学入学資格につきましては平成十五年九月に制度改正が行われまして、大学の個別審査によりまして入学資格を付与することが可能となったと。
そういう状況を踏まえまして、今後、大学入学資格検定につきましては高等学校卒業程度の学力を認定する試験としての性格をより明確にし、その学習成果がより適切に評価されて就職や各種の職業資格の受験資格における取扱いにおいてもより広く活用されるよう見直しを図ったところでございまして、平成十五年十月に中央教育審議会に対して諮問を行いまして、昨年八月に答申をいただき、今回の改正を行ったところでございます。
また、今回の、今回のと申しますか、高等学校卒業程度認定試験の根拠法令でございますけれども、これは学校教育法施行規則の第六十九条に、大学入学資格に関しまして、高等学校を卒業した者と同等程度の入学があると認められる者というものを定めておるわけでございますけれども、その中の四号に、高等学校卒業程度認定試験規則による高等学校卒業程度認定試験に合格した者というものが掲げられておるところでございまして、この規定によりまして、この高等学校入学資格検定を合格いたしますと大学入学資格が与えられるというような法令の仕組みになっておるところでございます。
○山下栄一君 就職それから進学ですね、大学進学、また各種職業資格を得るに当たっての前提となる高校卒業程度の学力認定だというふうには思うんですけど、そういうふうなことを証明する、そういうことで非常にメリットがあるわけですけれども、これ、高校卒業程度認定するっていうか、合格を認定するのかな。何を認定するのかということと、認定するのはだれかということをお聞きします。
○政府参考人(田中壮一郎君) この高等学校卒業程度の学力を認定する試験でございまして、これは文部省におきましてこの試験を実施しておるところでございます。
○山下栄一君 認定の主体者は文部科学大臣でいいんですかね。
○政府参考人(田中壮一郎君) はい。
○山下栄一君 はい。それで、これ中教審の議論でも慎重な扱いが必要であるということをおっしゃっているんですけど、ちょっと心配な点をちょっと確認させていただきたいというふうに思っております。
ちょっとこれ、試験の名前は高等学校卒業程度認定試験と、こうなっているんですけど、ところが、第一条ですかね、第一条では「高等学校を卒業した者と同等以上の学力があるかどうかの認定のための試験」と、こうなっているわけですね。これが非常に微妙というか慎重な取扱いが今後必要であるというふうに言われた背景だと思うんですけどね。高等学校卒業と同じ資格はありますよと、この試験を合格をすればと、卒業資格ですね。卒業資格を付与せよという意見と、高校卒業程度の学力を認定する、条文には学力認定って書いてあるけど、この制度そのものは学力という言葉は出てこないんですね、これね。高等学校卒業程度認定になっているんですね。
この辺の、こういうふうになっていく背景があると思うんやけど、ちょっと微妙なとこなんですけど、私はこれは非常に重要なところだと思うんですけどね。こういう言い方で規則作ったら、本当は学力認定なのに学力という言葉抜けてる、それをちょっと教えてもらいたい。
○政府参考人(田中壮一郎君) 今回のその大学入学資格検定を高等学校卒業程度認定試験と改めます場合に、中央教育審議会の中におきましても御議論のございましたのは、今先生がおっしゃられましたように、高等学校卒業程度の学力があると認める試験とするか、高等学校卒業資格を与える試験とするか、どっちにするかという議論があったわけでございますけれども、これに関しましては、試験で測れるのは、高等学校を卒業したと同程度の学力があるということをこの今回の試験で測ることができるんだろうと。高等学校と全く同じ勉強をしてきたということまで、高等学校卒業資格を与えることまでこの試験でやることは難しいんじゃないかと。
中教審の中でもいろいろ御意見があったわけでございますけれども、最終的には、今回の見直しにおいても、やはり高等学校卒業と同程度の学力があると認める試験ということで性格付けがなされたところでございます。
○山下栄一君 いや、そのとおり、そういうふうに条文に書いてあるんですけれども、試験の名前がね、学力という言葉が抜けているんですよ、これね。これは抜けさした意味があると思うんですけれども。
これ、例えば就職するときにですね、就職するときに、高校卒業していません、しかしこの試験は合格しましたと、試験の中身は正にこの主要教科が中心の学力試験やからね、高卒というわけにはいかぬと思うんですけれども。ところが、受け入れてくれる、就職するときには、そういう学歴欄かどこの欄か知らぬけれども、そういうところに、この試験を合格したということを文部大臣から認定してもらっていますと、合格したですと、その試験の名前が卒業程度認定試験の合格者というふうにするわけよね。だから、卒業程度の学力を認定したと書かへんわけですよ。そうして、もらった雇主は、ああこの人は高校卒業程度、まあ分かりやすく言えば高卒だということになるという。
私、心配するのは、これ高校中退したと、一年生入ってすぐやめたと、もう。もう学校に合わないと、自分の望んだ学校じゃないと。それで、もうこういう勉強をするための例えば予備校的なところに行ったと。そういうことを、今少子化で受験産業もこういうところに進出する背景があるんですけれどもね。そうすると、出席が、高校に行っていないと、ほとんど。それで、中心的な英語とか地理とか数学、理科、単位数も、卒業単位は七十四単位やけれども、この卒業程度認定試験は多くて二十八単位でこの試験になるわけだから全然単位数違うわけよね。だから、これは丁寧に世間に認知しないと。この辺が非常に微妙な問題で議論になったと思うんですけれどもね。
時間がないので、私一番心配するのは、実際これはあったことなんですけれども、例えば高校に入学しましたと。で、三年生になりましたと。三年生になって、年齢は大学受験の年齢になってくると。高校を中退すると。中退して大検を受ける。この制度やないけど大検を受けて、それで、そうすると、受験に要らない科目捨てて専念できるわけやね。高三になった後ほとんど学校行かなくてもう受験勉強に専念できると。それで、大検合格して、実際有名大学に通った人もおるわけですよ。それは非常に悪用しているわけやけれどもね。
ただ、これ、そういうことをちょっと議論もされているんですけれども、中教審でもね、高校卒業認定試験というふうに言ってしまうと高校卒業資格を与えてしまうわけよね、これ。ほとんど三年間高校行かないと。行かないで、例えばそういう専門にする受験産業が現れて、例えばね、それで高校卒業認定試験合格すれば大学受けれるわけやから、もう受験に要らないのは全部捨象、捨ててしまって、そればっかり専念してというふうなことをあおるようなことになってはいけないなということを思うんです。
だから、ちょっとこれは、確かに中教審でも今後慎重な扱いをせないかぬということを書いてあるのに、結果的にこの試験の名前がこういう名前にしてしまうと、学力認定試験やなくて卒業程度、高卒、卒業程度認定試験になってしまうと、これはちょっと世間に誤解を与えるんじゃないかなというふうに思うんですよ。
さっきもちょっと触れましたけれども、受験産業でそういうふうなことを、今も、中退扱いにしないで転学の形を取って、単位制高校を受験産業がつくって、実質はもう受験勉強を一生懸命さして、もちろん単位ももう与えるわけですけれども、単位制で高校卒業の単位を与えてというようなことが実際始まっているんだ、世間では。だから、こんなことにこれを、試験が悪用されたら、せっかくのメリットが変なふうにいってしまうと。やっぱり中退者に配慮してこの制度をつくったのに、受験テクニック的なことでこれを利用してしまうとえらいことになるなと。
要するに、高校の空洞化を恐れるわけよ、僕はね。高校卒業というのは別に主要教科を勉強するためだけにあるのではなくて、それはまあ中教審でも議論されていますけれども、そういうことにならないような配慮を、これ実際四月一日から始まるんですけれどもね、世間でもこれ認知してもらって、就職とか単に大学進学だけやなくて、様々な高卒で受験資格あるような国家資格もあるし、就職で高校卒業の資格を欲しいというふうなこともよく分かるんですけれども、それが、そのバイパスの制度が本当にこれ悪用される可能性もあるなということを感じましたので、ちょっとこれは慎重な扱いと同時に、実態もよく調べていただきまして、高校教育が空洞化にならぬように、是非ともしっかりとした取組をお願いしたいと。中教審でも、心配であるということで引き続きというようなことがあった話ですしね。この試験の名前そのものが誤解を与える名前になってしまった規則になっているので、ちょっとこれは非常に今後心配だなと思いますので。
最後、ちょっともう時間ないので、大臣の方から御感想をですね、このやり取り聞いていただいて。
○国務大臣(中山成彬君) 高等学校教育への影響についての御質問でございますが、高等学校は、教科・科目の履修だけではなく、その他の様々な活動、生徒間や教員との交流などを通じて知徳体のバランスの取れた人間形成を行うという大きな意義を有する教育の場だと、このように思っております。
私、個人的なことを申し上げて大変恐縮ですが、私、高校二年のすぐ、おやじが急死いたしまして、家が農家だったものですから、もう学校をやめて大検を受けようと決心して家に帰っておりましたら、有り難いことに、授業料も寮費も免除すると、奨学金までいただいて復学できて卒業できたんですけれども。この前の寝屋川の小学校のあの加害者も十七歳でございました。正に十七歳だったわけでございますが、自分のことを考えますと、学校に残ってて良かったなと、単なる教科とか科目の勉強だけではなくて、仲間との交流とか先生方とのいろんな御指導をいただきまして高校を卒業できたということは本当に良かったなと自分でも思っているわけでございまして、中教審の答申でもありますように、新しい試験の実施によって現在の高等学校の意義、重要性は何ら変わるものではないと、このように御指摘されているわけでございます。
御懸念のような悪用ということもあるかもしれませんが、しかし、教育の弾力化といいますか、多様化ということに資するようなプラスの方向になるようにこの制度が運用されるようにやっていきたいなと、このように考えております。
○山下栄一君 終わります。