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国会質問

163国会 憲法調査会会議録 2005年10月19日


○山下栄一君 ちょっと時間限られていますので、たくさん質問できませんけれども。
 先ほど、荒井委員の郵政民営化法案に対する小泉首相の解散して国民に問い掛けたという話と国民投票制度との関係の話は非常に大事な話だと思いました。ぎくっとしたような面もありましたけれども、勇気ある発言だったなと思うんですけれども。
 この国民投票という大きな国政に直結するような、判断を問うような、そういうことを日本の国内では戦後余り経験したことがないので、今回の郵政に対する衆議院選挙というのは非常に大きな参考になったかもしれないなというふうに感じた次第でございます。
 小泉さんが十九世紀の二人の大統領、二人のナポレオンの手法に学んでやったのかどうかよく分かりませんけれども、これはやっぱり国民がそれをどう受け止めて、実際プレビシット的になってしまったのかどうかというふうなことについて検証もしながら、様々な国民への周知にも、初めほとんど関心のないところから相当関心を持って投票したということもありますし、特に若い世代は、今まで余り投票に行く気がしなかったけれども、今回は自分も参加できるんだという国民参加の意識が高揚して、今まで一回も行ったことがないけれども初めて行った人の私も直接話を聞いたことがありますけれども、そういうふうに考えましたときに、国民への周知の在り方というようなことも含めて、今回の衆議院選挙というのは非常に検証に値することだったのではないかと。間接民主政治における国民投票制度の有効性とか正当性とか、民主主義の正当性とか含めて、非常に大きな問題提起をした衆議院選挙だったのだなということを改めて感じました。
 こういうところからこの九十六条問題は、国民投票法の在り方というのは議論したら分かりやすいんじゃないかなというようなことを感じた次第でございます。
 それで、この憲法九十六条なんですけれども、先ほど福山さんおっしゃったように、国会審議の手続にかかわることと国民投票にかかわる二つの手続の改正が必要な問題点、そういうテーマだというふうに思うわけですが、それと同時に、公布の方式ですね。国民投票終わってからの、承認された後の公布の方式としまして、憲法に「天皇は、国民の名で、」と書いてあるわけですけれども、「この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。」と。
 「この憲法と一体を成すものとして、」という解釈なんですけれども、これは本来全面改正ということを想定していない規定ぶりなのかなというふうに思うわけで、先ほど参考人の方からも、可変性、変えるということもあるけれども、継続性、安定性ということを前提にした憲法改正手続だというふうなお話もあったと思いますけれども、「この憲法と一体を成すものとして、」というのは余り全面改正を想定していないと、そして基本的には今の憲法条項を基本にしながら改正するんだったら付け加えていくと、補強方式というか増補方式といいますか、そういうことを前提にした規定なのではないかという、そういう議論もありますけれども、このことについての御見解をお二人からお聞きしたいと思います。


○参考人(隅野隆徳君) 御質問ありがとうございます。
 お話しのように、九十六条の一体を成すものとしてというところのとらえ方については諸説あるんですが、一つのものとしては、これがアメリカの連邦憲法のように修正方式だというとらえ方もあります。つまり、アメリカの連邦憲法の場合は、御存じのように一七八八年に本文条文は定められて、その後人権条項なんかが追加されていく、それを修正条項、アメンドメントというふうに言うわけですが、ですから、本体は変わらずに、それが大統領選挙なんかは部分的に変えられていく面があるんですが、日本国憲法九十六条もそういう意味合いを持っているんだという説もあります、必ずしもそれが学説一般に通用するわけではありませんが。
 あるいはまた他方、日本国憲法の前文の第一項の最後に、人類普遍の原理に基づくものである、我らはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除すると。だから、ここを根拠にして憲法改正の限界があると、限界説の根拠をここに置く説も有力にあります。つまり、そこに、一切の憲法というのは、単に明治憲法を排除しただけではなくて、将来の憲法改正でも人類普遍の原理を侵害するものであってはならないということとして憲法前文を根拠に置くものもあります。多くは九十六条の改正権の内在的な限界ということで、先ほど述べましたプボアールコンスティチュアン、憲法制定権力、そこを委託された改正条項ということから、その日本国憲法の基本原理自身は維持されていくものだというふうにとらえている学説が多いかと思います。
 以上です。


○会長(関谷勝嗣君) 続いて、只野参考人、お願いします。


○参考人(只野雅人君) ただいまお話をいただいたことに尽きるような感じもするんですけれども、いわゆる加憲方式というんでしょうか、新しい条文を付け加えていくという方式は当然やり方としてはあり得ると思うんですが、「この憲法と一体を成すものとして、」というものが、それのみを念頭に置いているということでは必ずしもないんだろうと。場合によると条文を入れ替えるという方が明確な場合もあろうかと思いますし、それでより一体性が明らかになるということもありますので、まあそれは選択の問題だろうと、こういう感じがいたします。
 それから、限界についてなんですが、これもいろいろ議論があるところですけれども、確かに、「この憲法と一体を成すものとして、」というのを根拠にする考え方もありますが、私は、それよりは、その規定を待たずとも、ほかのところからその限界があるという議論は導けるのかなと。今幾つか御紹介があったのであえて付け加えることはいたしませんが、そんなふうに考えております。


○山下栄一君 本当、もう時間がないんですけれども。これ、国会が発議して国民にこの国民投票制度で問い掛ける場合の問い掛け方とか、また周知期間とかいうのは非常に難しい問題だなというふうなことを感じました。憲法になじみが余りないままで今日まで来ているようにも思いますし、学校教育でも中学生ぐらいから憲法に対する教育は始まりますけれども、余り深まらないままに大学まで卒業して社会に出ていくというようなことは普通だと思うんですね。そういうお国柄の中で国民投票によって憲法改正を問い掛けるというのは、確かに非常に困難な難しい問題だなということを改めて今日は感じたんですけれども、お二人、ちょっともう時間がありませんけれども、憲法教育、大学でやっておられて、学生も何年か変遷が、意識の変革があると思いますけれども、憲法に対する関心、若い世代のですね、どういうふうにお考えになっておられるか、ちょっとお聞きして終わりたいと思います。


○参考人(隅野隆徳君) 学生あるいは若い年代の諸君と話をしていると、憲法に接することは少ない層も多いんですが、しかしいろいろ憲法問題をこの日本国憲法の規定とも結び付けて話していけば理解し納得し、また勇気も出てくるということを感じております。
 総じて、やはり憲法を通じて日常生活なり国政なりを考えるという、そういう発想が、おっしゃるように憲法教育なりいろいろな場で社会教育を含めて取り組んでいくことが重要かなというふうに思っております。
 以上です。


○参考人(只野雅人君) なかなか簡単にお答えするのが難しいんですけれども、若い世代が憲法にどう関心を持っているかというお話ですが、結構人によって異なるところはあると思うんですね。私の印象では、関心を持っている人間というのは結構多いんではないかという感じはいたします。ただ、それほど明確な問題意識としてあるわけではないというところも他方ではあって、実際に憲法の話なんかをしていく中で、ああ、そうですねということで漠然と持っていた関心が深まっていくと、そういうところがあるのかなというふうに思っております。
 ですから、何といいますか、素地というか潜在的なものはありますので、上手に関心を引き出していくような訴え方といいますか、教育の仕方というのは確かに大事かなというふうに思います。

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