Home プロフィール 主な政策提言 国会質問 活動レポート 市民相談コーナー 情報BOX リンク集 事務所案内 ご意見

国会質問

164国会 文教科学委員会会議録 2006年03月28日


○山下栄一君 今日は、三人の参考人の方の、限られた時間ではございましたけど、非常に参考になったと感じておりまして、感謝申し上げます。
 最初に吉田先生にお伺いいたしますが、教育というのは絶えざる進化、改革が必要だという意味のことをおっしゃったと思います。これはほかのお二人の先生も皆さんおっしゃったように思うんですけど、このことが私は物すごく大事なことだというふうに思います。人間同士の営みですので、教育は。生きた人間同士の学び合い、教え合いというか、決まった考え方で接するべきじゃないと、常に新しい発見がなければならないと思いますし、そういう意味では、絶えずこの革新、そこから学んでいくんだという、現場が極めて重要な作業だというふうに感じております。
 そういう意味で、この義務教育の在り方なんですけれども、先ほど費用、財政の観点からお話がございました。余り交付税とか、これは教育じゃないのかも分かりませんけど、交付税とか補助金で、地方の格差是正ということで一律的に担保していくというやり方がいいのかという、そういう問題意識持っておられると思うんですけど、教育についてはまた別のお考えかも分かりませんが、この全国における義務教育水準の維持、その教育水準の教育の中身も問題かも分かりませんが、その観点と、ローカルオプティマムという、現場にできるだけそこで使い勝手がいいようにしていくという、義務教育であればあるほど全国の、国民の共通教育なんですけど、そこの場所の教育というのはやっぱり現場感覚が物すごく大事だ、現場の創意工夫を生かすような形でやらないと駄目だという、それと、教育水準を維持するという、悩ましい話だというふうなこともおっしゃったと思いますが、その考え方を、お考えをちょっともう少しお聞きできたらと思います。


○参考人(吉田和男君) 先ほど申し上げましたけれど、地方自治体が自治事務として義務教育を行うということで、国庫補助金と、それから基準財政需要に入れられることで交付税で補てんされて、全国一律の教育水準ということになっているわけです。
 しかしながら、教育の在り方というのは、その教育水準、まあ水準というのが何を示すのかはちょっとよく分からないんですけれど、教育を維持する、維持向上させる、あるいは教育の中からいろんな進化、革新を引き起こしていくということの方法として、国庫補助金なり、差額補てんである交付税で運用するというのは必ずしも私は適当ではないと。
 ナショナルミニマムという建前から資金を提供し、資金を提供することによって、結局、地方における教育のアクティビティーですね、前に進もうとするアクティビティーですね、言われたことをやるためにお金をもらっているから言われたことだけやっていればよろしいという、そういう形の、もちろん現行でも陰山先生みたいにいろんなことができるわけでありますが、しかし全国的な見たところ、また私の経験しているところから見ると、どちらかといえばそういう感じであるわけです。
 ですから、地方分権改革推進会議でも、交付税は廃止して地方共同税にする、税収の少ないところに税を補てんしていくという提案をしていたわけでありますが、いずれにしろ、この予算を、地方での予算をつくってそれを執行していく際に、重要なのは教育の革新をどう導き出すかと、そういった予算というのが重要であって、両先生が御紹介されたようなのはその典型例だと思います。そういう意味で、地方分権になっていくことは必然的かなというふうに考えます。


○山下栄一君 もう一つ吉田先生にお伺いしたいと思いますけれども、京都でも吉田先生が、これは子供相手じゃないんでしょうけれども、吉田塾みたいなことの試みをたしかされておった時期があったような、今もされているのかどうか分かりませんけれども。
 この公教育、公教育の中に入るのか、これも今後大きな課題かも分かりませんけれども、NPO等による市民の立場に立った教育活動、啓発のし合いといいますか、こういうことがますますこれから大事になっていくのではないかなと。それは、公教育という観点からもNPOを活用していくということがこれから大事かなとも思うんですけれども、こういう市民が立ち上がって教育活動を行うということの評価を、ちょっとお考えをお聞きしたいと思います。


○参考人(吉田和男君) 私自身勉強会を、陽明学という儒学の勉強会を月一回一般の方と、一般の市民の方と一緒にやっていまして、こういう仕組み、かつてはみんな私塾でやっていたわけですね。それの利点というのは、正に先生と生徒の人格的融合ということで進めるフレームワークだったわけですね。役所がやるということは安定性がある、そして水準を維持できる、そのメリットは非常に大きいと思うんですが、しかしなかなか、人数の問題だけではなくて、そういう官の制度というものの持つ問題点というのは、これは避けられないわけですね。
 ですから、公教育は公教育として維持しなければならないので、公教育にいかに民間の力を導入するかと。現実に校長先生に民間の方が就任されたり、あるいは資格のある方が民間から入られて教えられたりすることもあるわけですし、そういった公教育における民間の活用、それからおっしゃったNPOのように団体をつくって地域で教えていくと。特にこれから二〇〇七年問題で大量の団塊世代が定年を迎えるわけですので、彼らは、彼らというか私らは、そういう意味で地域の活動というものに、周りからも期待されているし、これからそういうところで自分を発揮したいと思っている方非常に多いですから、しかも能力の、教育能力の高い人もおられるわけですので、是非そういうのを活用する枠組みというのをお考えいただいていって、単に教育の、何というんですか、量的確保というよりも、広がった、開放された質的確保というものに役立てていただきたいと思っています。


○山下栄一君 ありがとうございます。
 陰山先生にお伺いします。
 陰山先生は、校長先生としても学校組織を見事に先生方を味方にしながらリーダーシップを発揮されている、戦いをされていると。こういう校長の姿というのがこれからますます、校長の裁量権も拡大せよという、またそういう観点が公教育の蘇生のかぎを握っているんではないかとも思うんですけれども。
 独自の教材もいろいろお考えになって非常に反響を呼んでおるわけですけれども、陰山先生、中央にもちろん学習指導要領のための教育課程審議会等が、分科会ですか今は、あるわけですが、地域における教育課程のセンターといいますかカリキュラムセンターみたいなものを、こういうことはこれから、冒頭申し上げました現場の教育への取組が大事だという観点から、教材開発も、やっぱり地域に合った独自の教材開発もこれからますます大事になってくると。市町村合併が進むにつれてそういうことも重要ではないかなと思うんですけれども、こういう地域における教育課程のセンター的な機能を持たせる取組というのをどのようにお考えでしょうか。


○参考人(陰山英男君) 一つ申し上げたいのは、今現実に地方ごとの様々な教育改革が進む中で、独自の教育課程をされているところがあります。たまたま今日、朝方コンビニへ行ったらこのアエラが出てたんですけれども、それに対する報告ということで、成果の上がっているところ、そうでないところみたいな記述が出てきております。
 一つ心配をしておりますのは、独自にやるのもいいんですけれども、失敗する危険性も今後増えてくるということですね。そのことにおいて、じゃ、何ていうんでしょうか、セーフティーネットとでもいうんでしょうか、そこのところをどのように張るのかということが僕はあろうかと思うんですね。
 そういう点でいうと、やはり教育研究とそれから現場との交流が今後非常に必要になってくるだろうと思います。それは一方で、優秀な先生が例えば教育学部の教壇に立つとか、あるいは教育学で非常に理論的なものを出された方が実際教壇に立って、すぐにはうまくいかないにしてみても、その実践検証されるとかというようなことがあって、研究と現場の交流が進んでいく、これが一つ重要だろうと思います。そうした過程の中で、教育シンクタンクというものは私はあっていいんじゃないかなということを思っています。
 もう一つ、コミュニティ・スクールというのがありますね。土堂小学校はまさしくそうなんですけれども、地域の教育に対して地域学校運営協議会というものが責任を持つと。こことそれから教育シンクタンクというものが連携をすることによって長期間の一定の指導方針というものが担保されるということが可能になってくると思うんですね。
 ですから、例えば、この教育シンクタンクというのは、例えばどこかの企業がこういう教育プランを作りましたということでもいいと思うんです。あるいはNPO的なもの、そういう教育シンクタンクもあっていいと思うし、あるいは教育学部が独自に教育シンクタンクを持ってどこかの地域教育に責任を持つ、様々なパターンがあっていいのではないかなというふうに思っております。
 その過程の中で一つやっぱり重要なのは、先ほど御質問の中にもありましたNPOということなんですね。今後は教育というものが、実は、早寝早起き朝御飯というところにも出てきましたように、単に学校教育の中で特化されてしまうとかえってややこしい問題が起きてしまうと。まさしく教育は全社会的あるいは全国民的なものというふうになってくるということですから、学校の壁というものを薄くするというか低くするというか、やはり公開をして透明性のある運営が求められていきますし、やはりそこのところの風通しを良くする意味で、独自のNPOづくりみたいなものがあっていいのではないかなというふうに思っております。
 特に、ぶっちゃけた話をしますと、ここにいらっしゃる鈴木先生とも、私とNPOをつくろうかなというふうに今お話をさせていただいております。河村前文科大臣にも入っていただいてやっています。そうすると、もはやこんな声があります、政治家を入れるなというね。要するに、イデオロギーの問題がややこしくなると困るからって。
 僕はそうじゃなくて、先ほど申し上げましたように、期せずしてこの社会の地理の教科書を御存じないということがありました。やはり学校現場とそれから国会もつなぐということも必要じゃないかという気がするんですよ。やはりここのところで、国民の代表である皆さん方ですから、ここでちょうちょうはっし実態にのっとった議論をしていただくというのも我々としても大変有り難いことですし、そのために我々自身も開いて、そして多くの情報を国会に、あるいはその他様々な市民社会にも提供していくということが望まれていくであろうし、それらをコーディネートしていく今後教育シンクタンクみたいなものが様々な運営形態から提案されることが望ましいというふうに考えております。


○山下栄一君 ありがとうございます。
 穂坂参考人にお聞きしたいと思います。
 穂坂前市長の戦いは非常にこれも大きな教育改革の流れをつくったというふうに思いますし、今回の法律改正は正にそこに結び付いたというふうに思うわけですけど。
 教育委員会の形骸化の問題ですね。これは陰山先生にお聞きしたらよかったのかも分かりませんけど、要するに現場の創意工夫を生かす形で教育委員会は機能しとるのかという、反対の方向で走っているんじゃないかなということをよく言われるわけですけど、教育委員会を再生、蘇生させるかぎ、予算、人事権をある程度与えるというふうなことも市長さん提案されておりますが。
 私は、例えば教育長さんというのは教育事務局長さんだと私は思うんですね、本来は。だから、教育委員会なんやから委員長がもうちょっと権限、常勤にした方がいいのかどうかも分かりませんが、教育委員長さんのレーマンコントロール、要するに地域のみんなが認める、この人ならばという見識の高い、またリーダーシップも取れるような人を配置することがかぎ握っているのではないかと。教育公務員の事務局代表としての教育長、教育現場の御経験の教育長もいらっしゃるかも分かりませんけど、私は教育長制度そのものも問題点あるのかなとも思うんですけどね。教育委員長がもっと前に出るような形の方が本来の姿かなとも思うんですけど。
 予算、人事の権限も含めまして、教育委員会の蘇生の具体的な御提案等ございましたら、お願いしたいと思います。


○参考人(穂坂邦夫君) いろいろありますが、二つだと思うんですね。
 一つは、今出たように、合議制ですから責任者がだれだかはっきりしないというのがあります。
 例えば、志木市は小学校と社会教育施設が一緒の施設を造ったんですね。そうすると、あの池田小の事件があったようにより危険性というのは高くなるんですね。絶対入らないように金網でやった方が安全地帯なわけですからね。そのときに、だれがここで事件起きたときに責任を取るのかという話になった。そうすると、市長は予算を付けてそういうものを多分造ろうと言ったんでしょう。そういうことでできた。だけど市長は全然、教育委員会は独立していますから、責任はありませんよね。で、教育長はどうかと。今言ったように事務局長みたいなものですから、これも責任がない。教育委員長さんって、これ座長で、これも責任がない。教育委員会という、もちろん多分政治的中立性を担保するためにというのがあったんでしょうけど、そこが責任みたいなのになっちゃうんですね。最後に取るのは学校の先生だけなんですね。学校の先生は、校長先生、県の人事で来るでしょう。そうすると、その施設にわざわざ来たくて来たわけじゃないんですよね。要するに、融合施設に来ちゃっただけの話なんです。これはおかしいねと、それで教育長に、もしここで事故が起きたらあなたも辞めるようだし、私も即時責任取るんですよと、それは言ったんですがね。
 そういうふうにちょっとあいまいなので、そこのところは今、私が、教育委員長でもいい、教育長でもいい、やっぱりだれかきちっとした、もうあれだけの執行機関持っておるわけですから。議会なんかじゃいいんですがね。執行機関の持っているところというのはやっぱり余り合議制が、機能したときもあったでしょうけど、今は私はそこが阻害になっているのではないかと思っています。一点。
 それからもう一点は、さっき言ったレーマンコントロールです。そこが形骸化して出てこない。だから、例えば、私は地域では言っているんですが、今の教育委員というのは五人とか三人って決めていますよね。そうではなくて、例えば中教審みたいな形で二十人ぐらいとか、そういうことだって、教育、例えば審議会つくったっていいと思うんですね。今、福祉やなんかも必要なんですね、専門家が、教育委員の中に。でも、五人の中にはなかなか入れないんですよ。だから、そういう意味ではもうちょっとやっぱり、五人とか三人ではなくてレーマンコントロールがきちんと機能できるような、そういうものにすべきだというふうに思っています。


○山下栄一君 ありがとうございます。
 陰山先生に、関連して、教育委員会の現場にいらっしゃってお感じになっている、このようにしたらどうかという御提案がございましたら。


○参考人(陰山英男君) 一番言いにくい。
 そうですね、私は最も重要な問題は制度の問題ではなくて人だろうと思うんですよ。つまり、民間校長とかもいろいろ、まあいろいろあるんですけれども、要は学校とかそれから子供が伸びることがどういうことなのかと言う人がそういう責任あるところに来ればいい、これが一つですね。
 それから、もし変なことになったときに、それのブレーキを掛けられるようなシステムがあればいいと。例えば、政治の場合であれば選挙というシステムがありますね。ところが、教育委員会の場合にはその辺が何となく内々で行ってしまっているから、とにかく大過なく過ごすのがいいということになりがちだという傾向はあると思うんですよ。
 だから、そういう点からいうと、学校は学校評価制度であるとか、今度、教職員の評価制度も始まるみたいですけれども、そうなってくると、例えば教育委員会であるとかそういうところもそういうふうな、総合評価とでも言うんでしょうか、いうようなシステムは必要になってくるのかなという気はいたします。


○山下栄一君 ありがとうございました。

ご意見はこちらまで
(c)2002 Yamashita Eiichi Office All rights reserved.