165国会 教育基本法に関する特別委員会会議録 2006年11月27日
○山下栄一君 繰り返し議論いただいておりますいじめ問題と、今やり取りございました地方教育行政の在り方にかかわっていくと思いますけれども、質問させていただきたいと思います。
〔委員長退席、理事保坂三蔵君着席〕
私、あれは金曜日でしたか、質問させていただきましたように、この未履修、高校の未履修問題は高等学校の在り方を深いところから問い掛けた大きな問題であったという観点、少し申し上げました。
それで、このいじめ問題は、教育行政の在り方を本当に機能しているのか、どこまで機能してないのかということを問い掛けた問題だと。このいじめ問題は、最近の現象じゃなくて、ずっと繰り返し起こってきている問題でございます。教育基本法の改正案にかかわっていく問題だと思いますので、取り上げさせていただきたいというふうに思います。
塩崎官房長官にもちょっと御質問したいんですが、記者会見、できるだけ早いこと帰ってきていただけたら有り難いなと思っておりますけれども、四時半をめどにということですので、私の質問時間が四時四十分ぐらいまでですので少し時間が残るようですので、そのときに官房長官には質問させていただきたいと思います。
それで、児童生徒の問題行動調査でしたか、ちょっと正確には、教えてください。毎年報告されている生徒指導上の問題を報告していただいておるわけですけど、そこでいじめにかかわる問題、いじめによって自殺した人はずっとゼロだったというのはこの報告から来ているというふうに思うんですけれども、今日ちょっと皆さんに資料をお配りはしておりませんが、何度かもう取り上げられていると思いますので、「児童生徒の自殺の状況」というのがございます。この十年間、平成八年から昨年平成十七年の十年間で、小学生、中学生の自殺は四百五十七人、高校まで入れると千四百名を超えていると。
これが、分析によりますと、家庭の事情によるものとか学校問題によるもの、病気による、その他と書いてあるわけですけど、その他も大変多くなっておりますが、この学校問題の中に、学業不振によるもの、進路指導によるもの、教師の叱責によるもの、友人との不和によるもの、いじめによるもの、その他と、こういうふうにしてこれカウントされているんですけど、このカウントは一体だれが認定してやったのかなということをちょっとお聞きしたいと思うんですけど、これは初中局長ですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 文部科学省の調査によります自殺の原因別の状況のカウントの仕方でございますけれども、これは小学生、中学生、高校生が亡くなったときに、自殺ということが分かった場合に、その自殺の主たる理由を一つ、これは学校が選択をして記入をして私どもの方へ教育委員会を通じて報告をしていただいているというものでございます。その報告時点での主たる理由を一つ選択を学校がしているというものでございます。
○山下栄一君 その学校からの報告というところ辺がちょっとまあ見直す必要があるとは思うんですけどね。
特に小学校、中学校に限定します。最近、小学生、中学生のいじめによる自殺のことが大きく問われておりますので、小学校、中学校に限定して、この学校の管理運営責任ですね、公立の話ですよ、公立。管理運営責任は法令上どこにあるかということをまず確認させてください。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、公立の小学校、中学校について御説明を申し上げますと、学校の設置管理につきましては、地教行法の二十三条の第一号によりまして教育委員会が責任を負うということになっております。一方、学校教育法によりましても、学校については設置者がその管理に責任を負うという規定がございます。ですから、基本的には学校の設置管理は教育委員会が責任を負うと。
ただし、各学校につきましては、校長は、学校教育法の二十八条によりまして、校務をつかさどり、所属職員を監督をすると、こうされておりまして、日々の学校運営につきましては当然校長が校務として責任を負っているということでございます。
ですから、縮めて申し上げますと、日々の学校の管理運営は校長が行うわけでございますけれども、最終的な設置管理の責任は設置者である市町村の教育委員会が負うということになるわけでございます。
○山下栄一君 先ほどの大臣と鈴木委員との議論にかかわっていくんですけど、地教行法の在り方、ちょっと責任というところが何となくあいまいに来たことが、こういう事件が起きるとまず、特に小中の場合は校長先生が出てきて、あと教育長が出てくるのが多いんですけどね。
設置者というのは教育委員会じゃないように思うんですけれども、小学校、中学校、公立の小中は設置者は、今設置者ということと市町村教育委員会、両方おっしゃったので説明はっきりせえへんやけど、市町村長なのか。だから、各学校の管理運営の最終責任者ですわ、だれが責任取るのかと、どこに責任があるのかと。管理運営責任は市町村長なのか、教育委員長なのか、教育長なのか、学校長なのかと。それもう一回確認します。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、学校の設置者は教育委員会でございます。ですから、教育委員会が最終的な責任を負っているわけでございます。そういうことでございます。
○山下栄一君 私は、校長は責任は取れないと、そういう法律の仕組みになっていると。市町村教育委員会の一番現場の行政機関という角度も学校にあると思う。学校は独立した法人じゃないので、市町村教育委員会の一番現場の一行政機関が学校だと。その責任者が学校長だと。学校長は責任取れないと。各学校における様々な事件、例えば自殺のような重大事件が起きた最終責任はどこにあるのかということは、市町村教育委員会、これでよろしいのですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 学校の設置管理者ということになりますと市町村の教育委員会でございますので、市町村の教育委員会が最終的な責任を負っているということになります。
○山下栄一君 その法令の根拠も付け加えておっしゃっていただきたい。
○政府参考人(銭谷眞美君) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十三条の第一号ということになります。
○山下栄一君 そのときに、市町村教育委員会が責任があるといっても、実際保護者の前に出てこられたり、マスコミで、そのときは校長がしゃべる場合もあるんですけど、教育長が多いと思うんですね。教育委員会はもう合議機関なんでしょうけども、それ代表するのは教育委員長だと思うんですけれども、非常勤だからといって何か責任が何となくあいまいになっている。だけど、教育長に、じゃ本当に法令上責任があるかといったら、そうじゃないと思うんですよね。ただ、教育委員会はどなたが代表するんでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教育委員会は合議制の執行機関でございまして、通常五人の委員で構成をされているわけでございますけれども、その合議制の執行機関である教育委員会の代表者は教育委員長でございます。
○山下栄一君 ただ形式、まあ形式上かも分かりませんけど、法令上の責任者と実際上の責任者が異なっているところに、実際は教育長だという、先ほど大臣もそういう意味のことをおっしゃっておりましたけど、その辺がもうあいまいになってきていると。地教行法の在り方を、教育基本法を受けて、まあ学校教育法もそうだと思いますけど、これは見直す、昭和三十一年の地教行法の在り方自身が問われていると、先ほどのやり取りの同じ認識なんですけどね、そこが一つの問題というふうに思います。教育委員長の在り方をきちっと責任取れるようにすべきだと。私たちは、教育委員会、独立行政委員会というのは、教育の政治的中立性を担保する意味で大事な制度だというふうに思っておる観点から申し上げております。
校長の任免権は、小中学校は現場では校長先生が指揮をされるわけですけど、その校長の任免権は市町村教育委員会にはないように思うんですけどね、ないですよね、これ。県の教育委員会が各小中学校の校長の任免権を持っているという形になっていますね。それでいいですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 現在、市町村立の小学校、中学校の校長先生の人事につきましては、都道府県の教育委員会が人事権を有しております。なお、市町村のうち政令市につきましては、政令市の教育委員会が人事権を有しているということになります。
なお、市町村の教育委員会は、校長等の人事につきまして、都道府県教育委員会にいわゆる内申ということを行うということになっております。
○山下栄一君 先ほども議論がございましたですけど、やっぱり人事権、小中学校のですね、学校の管理運営権の責任者が市町村教育委員会にあるなら、市町村教育委員会の私は教育委員長にあるようにすべきだと思いますし、人事権も、先ほども話ありましたけど、やはり市町村教育委員会が、県じゃなくて、同意ぐらいはまあ県がやることはあったとしても、人事権は、任免権、これは市町村教育委員会が持たないと責任取れないと、最終責任は市町村教委と言われたかてですね。そんなことを、このいじめ問題でやり取りテレビでもって見ながら、そんなことを感じているんですけど。
この市町村教育委員会の最終責任あるという法令上のことがちゃんと担保できるように、校長の人事権は市町村教育委員会に、そして市町村教育委員会の責任はやはり教育委員長にあるんだということが法令でそうなっているんだけれども、そのようになるような、例えば教育委員長を常勤にするとか、それは教育経験者とか教育に素人な正にレーマンの形でということも一つの考え方だというふうに思うんですけど、大臣、どうでしょう。
○国務大臣(伊吹文明君) 先ほど民主党の鈴木先生との御議論も、今先生が正に御指摘になったようなところの問題意識であったと思います。
今回、未履修の問題、それからいじめの問題を私が経験をしてみまして、つくづく権限と実際の責任の取る人との間の、今御指摘があったように、不均衡というかアンバランスをつくづく感じております。ですから、教育委員会改革というのはそこのところを直していくのが一つだと思うんですが、問題は、これは教育の責任を取るためにはどういう体制がいいかという議論だけでは収まらないんですね。つまり、県が持っている財源を市町村にどれぐらい譲るかとか、この予算の裏付けがありませんと人事権の行使はできませんから、だから、そこのところはこれ都道府県知事や市町村長会を巻き込んだ大議論になりますので、御提案の筋道は私よく理解しておるんですが、にわかに旗を振るほどの元気がすぐにはわいてこないということなんです。
○山下栄一君 予算の権限をやっぱり一致させないと責任取れない、それは私もそのように感じております。
それで、この調査なんですけどね、いじめによる特に自殺ということになってくるとこれは大変な事件で、大きな話で、これは学校の中に責任があったのかないのかというのは大変大きな話で、実際は小学生、中学生がこの十年間で四百六十人近く自殺していると。原因がまあいじめによるかというのは報告ではゼロになっておるという話なんですけど、これは調査が内部調査ではこれは保護者に説明できないというふうに感じております。今調査中とか、先ほども七件、最近の事件で、四件は一応学校にあるということになったけれども、あと三件は調査中だと。調査、だれがどんなふうにして、調査の組織はどんなふうにしてつくってやっているんですかと。
きちっと全校の保護者に、生徒に明確な説明をしようと思えば、中途半端な調査ではこれはもたないと。それは亡くなった方、親御さんは納得できないというふうに思いましたときの調査の在り方が非常に、それが今物すごく中途半端で、つつかれたり言われるとだんだんだんだんぽろぽろ出てくるような、やっぱり学校に責任ありましたみたいなことになっていくという、内部調査だから限界があるというふうに思うんです。
先ほどのやり取りにもございましたように、公務員の世界ですから、一つの官僚機構の中の最末端が学校なわけで、全部公務員ですからね。それはやはり一つ学校の不祥事になるわけで、特に亡くなったとなってくると。だから、内部調査は当然やるべきだと思いますが、それでは責任果たせないのではないかと。命に及ぶようなことがなったときに、本当にそういう、どういうふうになるのかという調査は、第三者的にやらないとこれは保護者、住民には、また国民には説明し切れないのではないかと、このように思っております。
文科省も政務官派遣、これ全部じゃないと思いますけれども、一部派遣されております。ただ、教育再生会議のメンバーも行かれているわけですけど、それはだけど、責任果たすために本当に行っておられるのかなと。責任なんて果たせないと思うんですよ。そんな物すごい数の学校を、国の責任というもの言い出したらこれは。
だから、最終責任は市町村教育委員会にあるんだったら、私は、それは第三者機関に調査していただいて自分たちの調査には限界がございますと、内部調査には。だから、内部調査した上で、第三者機関を明確にしてそこのお力をかりて、責任を、最終責任を市町村教育委員が取るという形にしないと、これ保護者、住民、国民に納得する形の教育行政にはならないと、そんなふうに感じているんですけど、大臣いかがでしょう。
○政府参考人(銭谷眞美君) いじめの問題につきましては、いじめの問題が発生したときにそのことを隠すことなく学校、さらには教育委員会、家庭、地域が協力をして対応するということが大事なわけでございますが、本当に残念ながらいじめによりまして子供が自らの命を絶つといった場合には、本当にそのことは大変、御両親と御家族はもちろんでございますけれども、学校関係者にとりましても非常に衝撃の大きい話であるわけでございます。
これまでこういう痛ましい自殺が起きた場合には、通常まずは学校が残された御遺族の方からお話を伺ったり、あるいは生徒からもう一度アンケート調査を行ったり、あるいは保護者の方、さらにはもちろん教員からもいろいろ話を聞きまして、その亡くなられた背景について調査をするというのがまず基本ではないかと思っております。その上で、その調査に当たりまして、設置者である教育委員会が学校に対しまして自ら調査に出向いたり、あるいは報告書を求めたりして学校における状況について整理をしていくというやり方が通常ではないかと、こういうふうに思うわけでございます。
ただ、そういうことで事態の背景等が分かる場合は、これはむしろ、必ずしもそうでない方がむしろ多いというのもまたこれも事実でございまして、例えば最近の事例でも、町の教育委員会として、市町村の教育委員会として第三者から成る調査委員会というものを設けて、そこの客観的な調査結果を待つといったようなこともあると承知をいたしております。なかなか自殺という大変人の命にかかわる問題の背景というのは、これは一つの理由だけでない場合も多いわけでございますので、調査にはもちろん慎重さが要求されるわけでございますが、まずは設置者である教育委員会、そして運営をしております学校が責任を持って調査をするとともに、必要に応じて第三者、客観的な方々の力もかりて調査を行うということが考えられるのかなというふうに思うところでございます。
○山下栄一君 私は、第三者機関の力をかりる制度、制度というかそれを制度化すべきだと思います。内部調査で責任を果たせるはずがないと。常に不信感が付きまとうというふうに思います。これは役所による内部調査と同じで、役所というか公務員、官僚機構なわけですから。そういう意味で、先ほど教育委員会の一番下の組織が学校だと、市町村教育委員会の一番下に組織が学校があって一行政機関であるわけですから、そこの調査を教育委員会と学校がやってもお互いに不祥事についてとことんそんなの調べることは不可能だというふうに思うんです。
これちょっと官房長官に後からお聞きしたいと思いますけれども、だから文科省、教育委員会、学校というラインの外にこれは調査機関を置いて、そこの力をかりて最終責任者である市町村教育委員会がちゃんと説明しないとそれは説明し切れないというふうに思います。
改正案の第十六条に、教育行政は、途中省きますけれども、公正かつ適正に行われなきゃならないと。そういう内部調査だけで保護者から預かっている子供が亡くなったということについての責任は果たせないと、公正かつ適正にというふうにならないと。公正性、適正性を担保するためには内部調査で済むはずがないと、このように思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 官房長官が帰ってまいりましたら先生の御質問に政府としてお答えするのが適当だと思いますが、やり方は先生いろいろあると思うんですね。ですから、常設の第三者機関をつくるということはやっぱりちょっとなかなか難しいことですから、これは当該教育委員会が自分たちの内部調査では限界があるということを理解して、外部の方々に委嘱をしながら当該事件がどうであったかということを進めるぐらいの感性を私は持ってもらいたいなと思っております。
○山下栄一君 私は常設の第三者機関というところまで言っていないんですけれどもね。
人権擁護法というのは、そういう子供の人権を守るという観点から、そういう人権擁護法案が全然進んでおりませんけれども、そういう意味もある法案だなというふうに思っているんですけれども、子供の人権、要するに命の大切さを教えにゃいかぬのに、そういうことが学校で起こったのにうやむやにする、する気持ちはないかも分からぬけれども、うやむやにしたくなるような気持ちに襲われるわけやから、これは当然公務員の世界なわけですから。それはやはり、公正かつ適正に行われなきゃならないという法案を出すんだったら、それをちゃんと説明、公正性はこのように担保されております、内部調査で信用できないと私は亡くなった方の保護者はそう思うと思うんですね。そういうことで私は申し上げているわけですけれども、そこは後から官房長官に聞きたいと思います。
次に、保護者への説明責任。生徒、保護者、これは学校の事件の場合は、また亡くなったという場合は全校生徒に、保護者に説明する、預かっているわけで責任があると思うんですけれども。私はこれは、市町村教育委員会は設置者です。預かっている子供についての、万が一そういう重大事件が起こった場合はきちっと保護者に説明するということは教育委員会の職務として明記すべきだと。そうでないと、教師は、学校、校長先生は保護者、生徒に目を向けない、目を向けないことない、目を向けるよりも上を向いて、教育委員会の方を向いたりして仕事をせざるを得なくなってしまうと思うんです。
大事なことは、預かっている生徒、そして保護者にきちっと説明できる、安心できる学校なんだということを常に説明する責任があると、市町村教育委員会の職務としてあるんだということを二十三条に明記すべきだと、教育委員会の職務権限として。保護者とか生徒を大事にするその視点を常に忘れていませんよということを確認するためにも、市町村教育委員会が最終管理、運営の最終責任があるというんだったら、それは常に保護者、児童生徒に対して説明責任をちゃんと持つと、これが民意の反映の一つの方法だというふうに思いますので。
この点は、ちょっとこれは大臣にお聞きしたいなと思うんですけど。
○国務大臣(伊吹文明君) これは法律でそういうことを強制しなくても当然私はなさるべきことだと思いますが、教育委員長がやるのか校長がやるのかということは、これは会社でもよくあると思うんです。例えば、支店で事件が起こったときに、支店長が出てきてお話をするのか本社から社長が出てきてお話をするのかというのはあると思います。
それで、それはその事柄の重大性ですね、特に命にかかわるようなことはやっぱり教育委員長がしかるべき対応をされるというのも筋だと私は思いますね。
○山下栄一君 私は、だから市町村教育委員会が学校の管理運営の最終責任者であると、今の法令上ですね。そういうことであるならば、その職務権限の中に、職務の内容の中に保護者そして生徒に対してちゃんと説明をする責任があるということを明記すべきだということを申し上げたわけで、一々そういうことを言わぬでもやるやろという、できてないから一生懸命私言っているわけでございましてですね。
それはやはり、その辺があいまいになっているところに日本の教育行政が本当に生徒のために学校が動いておるのかということが、それが今様々な形で批判されていることではないかな、隠そうとしているのではないかというようなことを不信感が高まっておるわけで、重大事件があってもきちっとした説明もないというのではやはりそれは果たせないわけで、最終責任を果たすためには保護者そして生徒を大事にする、その視点が教育委員会の責任者たる、最終責任を持っている教育委員会の職務内容なんですよということが今はっきりしておりません。それはだから明記すべきではないかということを御提案申し上げておるわけでございます。
是非、これはきちっと検討いただきたい。再度御答弁をお願いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生が今御提案になられましたお気持ちと精神を大切にして指導をさせていただきたいと思います。
○山下栄一君 政府提出の法案の改正案、繰り返します。教育行政は、「公正かつ適正に行われなければならない。」と、これ明記したわけですから、それがきちっと担保されるような最終責任の仕組みをつくるべきだと。公正かつ適正に行われているかどうかはきちっと、まあ第三者機関もそうですけど、ちゃんと説明をする責任があるんだと、明記しないと果たせないと思いますので、申し上げました。
〔理事保坂三蔵君退席、委員長着席〕
次のテーマに移らさせていただきたいと思いますが、もう一回、言いっ放しで行きますけど、要するに子供の命を大事にせいと。子供の命を大事にされていないということを繰り返し言われている。命を粗末にするなよと大臣も呼び掛けられました。各都道府県では知事がやり、大阪でも教育委員長がやり、教育長が同じメッセージを送っております。だけど、そういうことを言うんだったら、今申し上げたようなことをやれ。やらないと、命を大事にしているということで、命を落とされているわけだから、学校内のそういうことで。学校内のことで自殺ということまで行っているわけですから、教育行政はどこの場面でも子供の命を大事にしていますよということを明らかにするような体制をつくらないと私は子供に説得力がないと。それを隠したり、そんなことが横行している。何なんだと、これはと。それで一方でメッセージ言っている。そんなちぐはぐな教育行政でどうして公正性が、公正かつ適正に行われていると言えるんだと、これが子供の声ではないかなというふうに思うわけでございまして、子供の人権、命を死守する教育行政になるために私は先ほど提案させていただいたわけでございます。
今は極めてその責任があいまいになっているという。そのために今、地教行法は見直しする必要があると。公正かつ適正に行われるような。で、モラルも、教育行政のメンバーの一人一人がみんなモラル持っていますよということを言えるような体制にするための御提案を私はさせていただいたつもりでございますので。いじめはどこの学校でも起こり得るんだったら、もうちょっとちゃんと説明体制をつくっておけよと、そんなの起きたときだけやるなよというふうなこと。突然そんな全国にもう一遍調べろなんというようなことを、しようもないことをやるから不信が起こるわけで、何でゼロばっかり出てくるんですかいうふうなことになってくるわけですよ。そんなんまともな報告来るはずがないじゃないですか、自分たちに降り掛かってくるわけやから。学校内の不祥事をどうして校長先生が、教育委員会が、その上の人たちが責任取れるかと。これ、こういうことを指摘させていただきたいと。
また、この話は、民主党を交えた次のこの地教行法の、民主党だけじゃございませんけれども、きちっとした行政の在り方を問われる話ですので、我が公明党もきちっと参加させていただきまして、意見をちゃんと申し上げたいというふうに思っております。
教員の資質向上の話でございますが、今日も神本先生その他、それから何遍もこの話は出ておりますけれども、今日、現場の先生方の実態を踏まえた今仕組みになっておるかということが言われております。それで、私は、今人件費の問題がございまして、公務員削減、人件費削減ということが言われておりまして、義務教育国庫負担の問題もそうですけど、今基本的に学校現場の仕事は増える一方だけれども、人の配置が不足しているという。
それで、事前の私はこれ一つの御提案したいんですけれども、今の団塊の世代がどっとこれ辞めていきますと、校内の指導体制が、先輩の先生が後輩の先生方にきちっと教えていったり知恵を授けていくというふうなことがだんだんだんだん弱くなっていくというふうに思います。そういう意味で、人件費にカウントされないようなやり方で地元の教員OBを、例えば団塊の世代で、団塊の方々辞めていかれる、そういう人を活用したらどうかなと思っております。
地域にある学校の教職員を、そこに住んでいるとは限りませんので、リタイアした方々でその地域に住んでいる、勤務先は別だったと、しかし学校現場はどこにもあるわけでございますので、そこに居住されている教員OBが、地域の、自分たちの住んでいる地域にある学校、小学校、中学校に応援に行くということを私はやったらどうかなというふうに思っております、それはもちろん人選しながらですけどね。
生徒一人一人に光を当てる教育が求められておりますので、正教員をどんどん採用するという状況にはございません、加配もなかなか思うようにいかない、特別支援教育もこれからますます大事になってくる。そういう中で、一つの案として、そこそこ授業に専念できるような、学力低下も言われております、専念できるように、例えば生徒指導、進路指導の仕事も含めて、キャリアアドバイザーの仕事も含めて、地域に住んでおられる教員OBを活用すると。それは正教員ではない形でやるというようなことが必然的に始まっていくと思うんですけど、それを国としても交付税措置じゃない形で、モデル的でも結構ですけれども、何か応援するということをやって、ちゃんと国は承知していますよと、なかなか思うようにいかない人件費削減の中で、だけれども学校現場は大事だということを示すために、文科省として様々な人材、特に教員OBを活用していく。先輩の教員層がどんどん薄くなる中で、教材研究に正教員が専念できる仕組み、体制づくりを、負担を軽くするためにも、相談に乗るアドバイザー、ティームティーチングのメンバーの要員とか、そういうことも含めて地域居住の教員OBの活用が大事ではないかというふうに思いますけど、大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 二つの面で非常に先生の御提案は大切なことだと思います。一つは、やはり経験を積んでいる人たちを活用するということ、それから団塊の世代がいよいよ第一線から引退されますので、この方々にもやはり生きがいを持ってこれからの人生を送っていただくということが必要です。
ですから、私は余り横文字でいろいろいろんなものの名称をつくるのは賛成じゃないんですが、文部科学省としては、教育サポーター制度というのをつくって、来年は五千万ですか、取りあえず調査等を始めたいと思っておりますので、いい結果が出ますれば、全面的にやっぱりできれば補助事業として拡充していきたいと思います。
○山下栄一君 我が党も繰り返しこの提案をさせていただいておるわけですけど、教員をサポートする、いわゆる評価する、教員評価も私はするなとは言いませんけれども、そういう管理的手法じゃなくてもっと本当に一生懸命頑張っている先生方が希望出てくるように、サポートするという考え方をもっともっと打ち出すべきだという意見でございます。
そのためにも、もう一つ提案があるのは、これも本会議で申し上げましたけれども、福祉と教育の連携でございます。
教員、教師、学校の教職員体制の外に、子供の生活ですね、子供の生活が学校現場に持ち込まれる、家における子供の状況、地域における子供の状況が学校に持ち込まれて不登校になったりする場合もあると。学校に原因がある場合もありますけど、家庭の事情なんかが直接に生徒の状況に影響を与える場合もあると。
そういうふうに考えましたときに、これ地域と家庭と学校との連携の一つなんですけれども、特に福祉の人材を活用する。例えば社会福祉士、病院におけるソーシャルワーカーもそうですけど、社会福祉施設におけるソーシャルワーカーもそうですけれども、学校もこういう社会福祉士等、これは福祉の人材で教員免許持っておりませんけれども、こういう方々は地域の資源をよく御存じでございます。教員は、そこに住んでいない教員も勤務しているわけでございますので、地域の資源のことをよく分かっていない場合もあると。ハローワークもその一つかも分かりませんけど、私は、福祉の人材も、これはスクールソーシャルワーカーということでアメリカでは相当普及し、日本でも今徐々に普及し始めておりますけれども、福祉と教育の連携というのも小中高、小中、特に小中ですけれども、大事な時代を迎えているなということを感じておりまして、これについても、今一部支援はしている、されているとお聞きしておりますが、明確にこれは教員サポーターの一つの一環として位置付けていただいて、福祉と教育現場との連携の仕組みを強化する、スクールソーシャルワーカー制度の例えば活用、これも大事な時代を迎えているのではないかというふうに思っておりまして、大臣の御認識をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 既に、先生のお地元の大阪府とか香川県などで試行的にその試みが行われていることはよく承知しております。
したがって、単に教育職だけではなくて、今のこの福祉の専門家、介護の専門家等に学校で子供の相談に乗っていただく授業ということで来年の概算要求にも文部科学省としてはしかるべき要求を行っておりますので、先生の御提案の方向に従って行政は動いていくと思います。
○山下栄一君 教員評価の在り方ですけれども、先ほど少し触れましたけれども、私は、教師の資質向上のためには、教員同士の刺激、そしてまた保護者に監視していただく、見ていただくということがより重要ではないかと。書類による審査、また管理職による審査も否定はいたしませんけれども、本当の研修は、例えば授業公開、授業研究、学校の全先生方に見ていただく、場合によっては地域の、同じ社会科でしたら社会科、理科でしたら理科の教員、学校間の連携でお互いにチェックといいますか、授業を見合うといいますか、そういうことが一番刺激になって教師というのは資質も必然的に磨かれていくのではないかと。これは私自身の経験でもあるわけですけど。特に小学校、中学、まあ中学になってくると生徒の方が大分自分の意見を持ち始めますので、厳しい生徒からの淘汰というか、一年間堪えられるような授業をしようと思いますともう大変な、力がない又は授業力を磨かないと生徒は寝てしまったり、おまえの授業は聞かないぞということは露骨に表すような態度になっていくわけで、もちろん生徒の評価も私は大事だと思います。確かに小学校になると、教師と生徒というのはいろんなことで、まあ権力関係といっても従たる地位にありますのでごまかしが利くというか、保護者に思いっ切り開く、そして教員に開く、先輩の教員に見ていただく。学校間のそういう刺激し合いといいますか、そういうことが実は教員の資質向上に一番痛烈に効果があるということを体験上感じるわけでございます。
もちろん、それと併せてペーパーによる評価を無記名でやっていただくとか、また自己評価、そして上司による評価もあってもいいかも分かりませんけど、一番日常的に大事なのは、生徒、保護者に授業を公開すること、公開してちゃんと見ていただけるような、もう小学校三年ぐらいまでは学校に来られるけど、五年、六年以降になってくると学校に来られない、なっていく面があると思うんですけど、それをやっぱりきちっと授業研究と位置付けて制度化してやっていくとか、そういう試みを文科省としても支援するとか、学校間の連携によって授業の力を磨いていくという、そういう現場における授業の公開、研究、これが最も効果的な研修ではないかと。
このことをよく分かった上での支援策が、また研修の、また評価の在り方が議論されるべきではないかと、このように感じますけど、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生おっしゃるとおりだと思います。そして、お互いの成功事例を共有していくということは子供のためにもいいことでございますから、初任者の研修あるいは十年経験者の研修等において、学校内の授業の相互の公開あるいはモデル校の授業を見てもらうとか、こういうことを通じて一層教員の質を高めていくという御提案は大変時宜を得たものだと思います。
○山下栄一君 こういう試みをやっている地域、市町村等に支援ということも考えられるのではないかということで申し上げました。
次、教員の養成のことでございます。これも何回か議論ございましたですけど、教職の課程認定の在り方を見直すと、場合によっては各大学に勧告したりするというふうなことが中教審答申でも出ております。
教員免許更新制の前に、養成段階で、教員免許を与える段階の体制はちゃんと充実しておるのかというようなことを検証する必要があるというふうに思っておりまして、この教員養成課程認定の制度がちゃんと機能しているのかなということをちょっと疑問に思っております。
各大学で、教育大学じゃない、旧師範大学ではないところでの教職の課程認定というのは、これはよっぽど整えないと機能しないのではないかと。各それぞれの専門教科の訓練等は各大学でもできるか分かりませんけど、トータルな教員養成というのは、一般の教育大ではないところでの、理科の教員免許もそうですし数学の教員免許もそうですが、そこは理学部でもできるわけで、工学部でもできる場合があると。そこでだけど教職免許を取れる体制になっていっておるわけで、教職の課程認定が、特に生徒指導の観点とかコミュニケーション能力を高めるというふうなことについては場合によっては不得手な大学の先生が、これちょっと失礼な言い方をしておりますけど、免許を与えていると。与える側の方はちゃんと本当に教育力があるのかなという、そういうことで大学で免許を与えているとしたら、これはちょっと違うのではないかと。
今はもう子供が少子化社会でございますので、各大学の教職の課程認定というのは非常に大事だと。大量に教員養成をする時代じゃありませんので、そういう意味で、この教育の課程認定の見直しについてどのような検討をされておるのかということを確認したいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 一般大学を出られても、先生も京都大学の御卒業ですが、立派な教師として教えておられたと思いますから、一概に大学の出身によってどうこうということは言えませんけれども、やはり教職の専門大学において、今おっしゃったような教え方、あるいは学校の教職員の管理の仕方、あるいは学校の運営の仕方、こういうものをしっかりとやっぱり教えていくということは大切なことだと思います。
特に、教職の大学院ですね、これについてはいろいろな御提言を踏まえまして、二十年度からは募集ができるようにひとつ政令その他の改正等の準備を進めたいと思っております。
○山下栄一君 今大臣、二つおっしゃっていただいたんですけど、課程認定の見直しは、これはちょっともう時間がございませんので、きちっと機能するような形で御検討をお願い、改善勧告を場合によってはするとかチェックする体制も検討されているようですけど、これ言うはやすくなかなか難しい面もあるのではないかというふうに思っておりまして、機能するような制度改正を是非お願いしたいというふうに思っております。
教職大学院の話もちょっと質問したかったんですけれども、時間の都合がございまして、官房長官戻ってきていただきましたので、ちょっと議論聞いていただけなかったんですが、この十年間で小学校、中学校の自殺者が四百五十人を超えていると、十年間ですよ、小中学生、これは報告されておるわけですけど。この原因にいじめがゼロだったというふうなことが大きな問題になっていると。
ということは、命に及ぶような重大事件が学校が原因で起きているにもかかわらず、それが本当に学校に原因があるのかということの検証の調査も内部調査で終わっていると。自ら責任を問われるような内部調査を校長先生、教職員はできるのかと、それを管理する教育委員会もできるのかと。自らの責任が問われるような、学校の管理運営は市町村の教育委員会に小学校、中学校の公立はあるわけですけど、その調査の効果ですね、これは内部調査では限界があると。
そういう意味で、第三者による、第三者の力をかりてきちっと調査をすると。なぜこんなことが起こったのか、実はいじめではなかったという結論になるかも分かりません。それが、だけども、全校の保護者や生徒に納得のいくようなそんな調査をしていただいて、原因はこうだったのかということをきちっと説明できるような、市町村教育委員会の責任を果たせるような体制つくるためには、私は、教育委員会、学校による内部調査だけでは果たせないと。教育行政の公正性、適正性をきちっとせよという改正案を出されておるわけですけど、そのためには、特に校内における重大事件についてはきちっとした第三者機関の、恒常的につくるかどうかは別として、先ほど伊吹大臣も基本的に御賛成いただいたんですけども、これはちょっと文科省と教育委員会のラインでは責任私は果たしたと評価してくれないと。それ内部調査じゃないかと、こういうふうになってしまうので、特に学校における事件が起きた場合の説明責任を果たすためにも、第三者による、教育行政ラインではない、そういう力をかりて初めて保護者や生徒に説明責任が果たせるのではないかというふうに思っておりまして、これはちょっと文科大臣に聞くわけにいかぬので、これは是非、子供の人権にかかわることですので、子供をいかに守るかという、人権擁護法案にかかわることでもあるんですけど、官房長官の積極的な御答弁を期待したいと思います。
○国務大臣(塩崎恭久君) この教育特で繰り返しこのいじめ、そしてまたいじめによる自殺の問題については御議論を重ねていただいているわけでありますけれども、今、第三者機関を設置して個別事案についても検証すべきではないのかというお尋ねでございましたが、まず第一に、その当事者たる学校とか教育委員会とか、これが自ら何が原因だったんだろうかということを調べることは当然これは徹底してもらわなきゃいけないと思いますが、それで十分かという今、山下先生の御指摘でありました。
もう既に、実際に筑前町などでもこの第三者的な調査委員会というのができておりますし、それから未然に防ぐ相談窓口という意味でも第三者的なものをつくっているということがあって、今の山下先生の御指摘は、この第三者的なものをつくるという考え方自体は私も賛同するところでございます。
ただ、それをどういうふうにやるのか。そもそも、さっき御指摘のように、自殺そのものが学校が原因なのかどうなのかということも、必ずしも一義的に結び付いていないケースもたくさん多分あるんだろうと思いますから、私は内閣の方でこの自殺対策の協議体をつくって私が代表を務めておるわけでありますが、そういうようなもう複合的なやっぱり原因があってこの自殺というのは起きるんだろうということを考えてみると、単に学校あるいは教育委員会だけで調査することだけでこの今の深刻な状況というものを、原因を取り去るということにはなかなかならないのかも分からない。
そういうことになると、少しやっぱりそういったラインではない目が入った分析というものがなければ、ややその起きるたびに感情的な反応というものがどうしても出てきますから、冷静にこの第三者的な目というようなものを入れるというのも一つの大事なアイデアではないのかなというふうに考えます。
○山下栄一君 まあアイデアというか、当然のこれは保護者にとっては、保護者が求める仕組みではないかなというふうに思いましてね。だから教育委員会のラインではない、これはもうどうしても首長部局に置くしかないかなとは思いますけれども。
そこで、いろんな国交省関連の、飛行機にしろ、ちょっと例えが悪いかも分かりませんけれども、事故調査委員会というのが非常に権限を持ってきちっと調べるわけで、第三者的に。校内の命にかかわる事件が起きて、確かに学校で原因じゃなかったかも分からないけれども、それを客観的にきちっと公正性を担保するための調査結果ですよと言えるためには、校内内部調査でだれが納得するかと、私は、当事者は思うわけでございましてね。
今日もテレビで放送されておりましたけれども、福岡の方の御両親もそういうことを訴えておられるわけで、そういうことをいつまでもやっているのはおかしいなと。教育行政の在り方を今議論しておりますので、公正かつ適正に教育行政は行われなければならないということをきちっとやっぱり担保するための制度を、こんな重大事件が校内に起きておって、調査が内部調査だけで済まされているような仕組みになってしまっていると。これはどこを向いて本当に学校は教育を行っているんですかと、安心して子供を学校に行かせられるような仕組みをつくってくれよと。
そのためには、教育委員会、教育行政当事者そのものが第三者的に調べましたよとこれはということの、その力をかりて保護者に説明して初めて納得。学校の中で調べてこういう結果ですというのは、それはとてもじゃないですけれども納得させられないと、こういうふうに思いまして、単なるアイデアでじゃなくて、これはもう保護者、生徒が痛烈に、その通っている学校の生徒、保護者が願っていることであるというふうに私は思いましたもので、これは内閣官房長官の今もおっしゃっていただきましたけれども、積極的にこれは議題につくっていただいて御検討していただかないと、この話は。
何遍も繰り返しているという話ですから、そのときだけ調査するのかと、こういうふうに。二万件超えていますから、これいじめの発生事件って。これ文科省の報告ですから、小中だけで二万件近くあるんですよ。自殺も千四百件もあるのにやね、これ二万件というのは毎年の話ですからね。十年間で、自殺は学校が報告されているのでは小学校、中学生で四百五十件もあるのに、いじめは一件もないと。原因はなんというようなことを、それは信用されにくい。
こういうことが繰り返されているので、あえてそういう第三者機関の話をさせていただいたわけでございますので。ちょっとアイデアで終わるとちょっと困るので、もうちょっときちっとした議題に据えて検討していただいて報告をしていただくことがこの教育基本法改正の議論を、教育行政の在り方を議論する一つの方向性として、国民の皆さんもそれならば納得できるねと、こう言っていただく一つの材料かなと思いまして、再度、官房長官に御答弁をお願いしたいと思います。
○国務大臣(塩崎恭久君) 今の山下先生のお考え、よく分かりましたので、何ができるのか、どういう形があり得るのかということを検討してみたいと思います。
○山下栄一君 もう時間ございませんけれども、教職大学院の一点だけ。
これ今検討中なんですけれども、教職大学院は再来年、平成二十年から始まろうとしておりまして、いよいよ準備が各地域。それで、今ある、これは具体的に言ってあるのかどうか分かりませんが、大学院生は現場で実際授業をやったり、そういう実習をすることが単位として必修単位になっているわけですね。そのためには、各大学は地元の小学校、中学校の協力を得ないと、これは単位認定されないわけです。そうすると、ある県では、今議論されているんですけれども、うちの県に就職しますねと、そうだったら受け入れますよという条件付でしか、協力校が絶対必要な制度設計になっているのに、そのお世話になる学校がある県に就職することを条件、認めないと協力校として受けませんよと、そういうことを言っている県がございまして、これが広まってしまったらこれは物すごくゆがんだ教職大学院制度になってしまうと。
確かに受け入れる学校は大変だと思います、力があるかどうか分からない人を受け入れるわけですから。年間の授業計画にも影響を与えるとは思いますけれども、だけれども、これは教職大学院の協力校を受け入れる県は地元に就職しないとそれは駄目だというふうなことにならないような省令ないし通知みたいな形でお示しをしていただかないと、これは各大学が困ってしまうと。地元の協力を仰げないというふうにならないような配慮を文科省として是非御検討いただきたいと思っておりますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 十九年度に申請を受け付けて、二十年度からスタートできるように準備を今進めておりますので、先生がおっしゃったこともその際ひとつ検討させていただきたいと思います。
○山下栄一君 どうもありがとうございました。