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国会質問

165国会 教育基本法に関する特別委員会会議録 2006年12月07日


○山下栄一君 今日はいじめ問題等についての集中審議ということをお聞きしておりまして、いじめ問題を中心に御質問させていただきたいと思いますけれども、その前に何点か確認したいことがございます。

 一つは、この教育基本法の法的な性格、これちょっと法制局にお聞きしたいんですけれども。我が党は、教育基本法というのは準憲法的性格を持った非常に重たい法律だという考え方で取り組んでまいりました。そういう学説もございます。それで、最高裁のよく引用されます昭和五十一年の旭川学テ判決におきましてそのことに触れておられるところがございます。教育基本法は、憲法において教育の在り方の基本を定めることに代えて制定されたと。まあそういう観点から私たちは憲法に準ずるような特別の性格を持った法律が教育基本法だと、こういうふうに考えておるわけですけれども、法制局長官の御見解をお聞きしたいと思います。


○政府特別補佐人(宮崎礼壹君) お答え申し上げます。
 教育基本法は、その前文におきまして、日本国憲法の精神にのっとりこの法律を制定すると規定しておりますように、日本国憲法の精神、理念を教育において具体化するために制定されたものであり、また、その内容におきましても、日本国憲法と密接に関連する重要な法律であると理解しております。御指摘の旭川学力テスト判決が代えてと判示しておりますのも、基本的には今述べたようなこの法律の特色を指摘したものだと考えております。

 しかしながら、教育基本法も、国法の形式としましてはあくまでも法律でありまして、その形式的効力におきましては他の法律と異なるものではないと考えております。ただ、基本法という形式の法律の特色といたしまして、国政における重要な分野につきまして他の個別法律の解釈、運用に当たっての指針を示すといった役割をこの教育基本法も有しておりますことは明らかでありまして、この趣旨は、御指摘の最高裁判所の昭和五十一年のいわゆる旭川学力テスト事件判決におきましても、教育基本法における定めは、形式的には通常の法律規定として、これと矛盾する他の法律規定を無効にする効力を持つものではないけれども、一般に教育関係法令の解釈及び運用については、法律自体に別段の規定がない限り、できるだけ教育基本法の規定及び同法の趣旨、目的に沿うように考慮が払われなければならないというべきであると判示されておりますところだと考えております。


○山下栄一君 現行の教育基本法は、前文では「われらは、」というふうに主語がなっております。改正案の前文の表現は「我々日本国民は、」と、また、これは憲法も「日本国民は、」というふうに書いて、前文ですけれども、あると思いますけれども、私は教育基本法も憲法も、国民の総意として教育基本法を定めると、教育宣言的なそういう趣旨を持った法律ではないかなというふうに思っております。

 具体的なこの条文一つ一つが法的拘束力を持つというよりも、国民が総意として教育の基本的な考え方を示したと、そういうふうに理解しておるわけでございます。だから、場合によっては三権に対してもそういうことを、統治機構ですけど、確認すべきだということを国民が総意として表現したと、こういう理解をもしておるわけですけど。

 この点は法制局長官、答えにくいか分かりませんけど、答えられる範囲で答えてください。


○政府特別補佐人(宮崎礼壹君) 先ほど申し上げたとおりでございますが、三権という、特に行政権に対して法律はその規範性を示すものでございますので、それに、先ほど申し上げたように、各個別、教育の分野におけます個別法律の解釈、運用についてその主導的な指針を示すという規範的な意味合いというのは、その行政権に対して持たれるということは言うまでもないと存じます。


○山下栄一君 行政権に限らずということを言いたかったんですけど、限界あると思います。長官、後の御予定をある程度お聞きしておりますので、どうもありがとうございました、結構でございます。

 二点目に、学問の自由。これも先ほど櫻井委員おっしゃっておりましたが、私はちょっと角度が違うんですけれども。
 学問の自由は憲法の言葉でございます。学問の自由は、これを保障すると。無制限の内心の自由にかかわる表現、場合によっては学問、教育の自主性ということを表現したのかなというふうにも思うわけでございます。学問の自由は、これを保障すると。これはもう絶対的な権利だと、基本的人権だということを憲法に書いてあるわけでございます。この扱いを、現行では第二条、教育の方針のところに書いてございますし、改正案では、教育の目標の一号から五号をもう前提として学問の自由を尊重しつつと、こう書いてあるわけでございます。

 いろいろな議論があったと思うんですけども、例えば七条でしたか、大学のところに学問の自由を書くという考え方もあり得る、またあったかも分かりません。しかし、あえて総論、第一章、教育の目的と理念、こういう改正案でそうなっておりますが、特に第二条の冒頭に、個々の目標の前提として学問の自由を尊重することは大前提なんだよということを表現した重みは私は小さくないと、このように意義を見いだしておるわけでございますけれども、これについての大臣の御所見をお伺いしたいと思います。


○国務大臣(伊吹文明君) 一条の目的を達成するために二条の目標に向かって努力をするわけですが、その二条の目標すべてに学問の自由というのは掛かっているわけですから、大学だけに学問の自由があるわけではなくて、後に規定されるもろもろの教育においてもすべて学問の自由というのは保障されるという意味では、先生がおっしゃったことは非常に大きいと思います。


○山下栄一君 いじめ問題に移りたいと思います。
 このいじめ問題にはもう本当に私は、単に文科省とか教育行政という、今日はもう少子化大臣も来られておりますけれども、もう各省庁もそうですし、これはもう国民一人一人の意識改革、働き方の在り方も含めまして、大変な大きな問題提起をしている深刻な課題だというふうに思っております。

 先日、十一月二十七日の当委員会でも私この問題質問させていただいて、教育行政が余り機能してないのではないかという観点から質問させていただきました。それで、再生会議も有識者一同という形でメッセージを送っておりますが、このことについては余り今日触れません。具体的には後ほど触れますけれども。

 今度は、今日、池坊副大臣来ていただいておりますけれども、文科省におきましても対策本部ですか、子どもを守り育てる、後から副大臣にちゃんと答えていただきたいと思いますけど、推進本部ですかね、そういう本部をつくって、その下で有識者会議をつくって、池坊副大臣が指揮の下と。有識者会議がつくられておりまして、そこでも十二月四日に中間、緊急のいじめ問題についての提言ですか、提案ですね。こちらの方、これも提案されて、これも有識者会議の名前でございます。

 同じ有識者なんですけれども、トーンが全然違うと。私は、この文科省の方の有識者会議の提案の方がまともだなと。再生会議の方は、有識者会議の名前で、言っていることはもう行政そのもののことを言っている。ちょっと何かちぐはぐな感じを受けました。そのことについてはもう先ほども言いましたから触れませんけど。

 この有識者会議を含めて、文科省で取り組んでおられるいじめ問題、これ今後どのように取り組まれて、国民へのメッセージという形、余り私は通知とかそういう形でやってほしくないんですけど、そういうことはもう飽き飽き最近していると思いますのでね。参考になるようなアドバイスという形で有識者の皆さんが言っていただくことが大事だと思います。非常に私も賛同する。これ、単に学校の問題だけじゃないと、福祉も含めて、場合によっては司法関係も含めて、警察も含めて、もう地域ぐるみ、総力を挙げて各地域の地域資源を総動員してこの問題に当たっていこうというようなことも提案されておりまして、非常に私も共鳴しておるわけでございますけど、今申し上げましたこれ、どのようにして今後方向性を示されていくのかということを副大臣にお聞きしたいと思います。


○副大臣(池坊保子君) 私が本部長をいたしております子どもを守り育てるための体制づくりのための有識者会議、まともだと言っていただきまして安心いたしました。

 私どもは三回会合を開きまして、月曜日の日には様々な問題を抱えております中学校も視察してまいりました。兵庫教育大学の先生でいらっしゃる梶田先生を座長として、抜本的に、表面的に突発的ないろんなアピールではなくて、根本的にいじめを解消するにはどうしたらいいかを地味な努力の中で積み上げていきたいというふうに思っております。
 この間、中学校を視察いたしまして、四つの提言を緊急ということで提案をいただきました。

 その一つには、二十四時間体制の子ども一一〇番というような体制づくり。これは安倍総理も文部科学大臣も言っていらっしゃいますが、夜になりますと子供はやっぱり沈むんじゃないか、今まで二十四時間がございませんでしたから。これは補正で対処できるというふうに考えております。

 また、子供たちは、学校の先生とあるいは保護者以外に大人とかかわる場が今はなくなってまいりました。で、大人たちと学校の空き教室とかいろんな場で大人とかかわれたらいいんではないか。これは十九年度の予算の中で放課後子どもプランがございます。これは、厚生労働省が百九十億、文部科学省が百三十億、地方自治体千億です。すべての小学校、すべての子供たちにということで今考えております。これも知恵を出したらいいものができるのではないかと思いますが、中学校、本来はこういうことをしたいと思っておりますので、これは予算がございませんけれども、拡大できるように二十年度などには財務省にも交渉していきたいと思っております。

 それからまた、緊急時に精神科医や警察、児童相談所など外部の専門家チームが学校を支援する仕組みの構築、これも大変大切だというふうに思っておりまして、これは山口などにいい事例がございますので、これを参考にしながら全国的に広げていきたいというふうに思っております。

 四つ目には、実態を把握し分析するとともに、良い取組を共有することが必要だと思います。先生方は、いじめが分かってもどのように解決したらいいか分かっておりませんので、その辺を、これは教育委員会や学校との連携の中で、予算はなくてもできることでございます。文部科学省の中でいじめ相談所というホームページを作りましたら、これが何と十日間の間に五千三百五十二件クリックされました。子供たちはそれだけ悩みが多いのだと思いますので、こういうことを積み重ねていきたいと思っております。


○山下栄一君 今、予算の手当て、そしてまた良い取組を事例集等で紹介していこうという、私はそういう在り方が教育行政として大事だと。評価してチェックして萎縮させるんじゃなくて、サポートしていく、応援をするということが今一番現場が求めているのではないかと。そういう意味で、この予算の観点とか、それからいい事例を紹介していくという取組は大事な取組だというふうに思っておりまして、御報告ありがとうございました。

 それで、先ほどの再生会議の中に出てくる話なんですけど、小中学校、義務教育で懲戒の基準を学校として明確にして、毅然とした態度でやるんだと、対応でしたか、そういう表現がございます。
 これは、私は内閣官房長官に聞くものじゃないんですけど、要するに文科省として、これ学校教育法にあることだと思いますので。

 小中学校で懲戒という言葉は余りふさわしくないのではないかと。現行の学校教育法ではそういうことを児童生徒に適用できるような条文がございますけれども、懲戒の基準を学校でつくって毅然とした対応を取れみたいなことを、それは、まず懲戒という言葉はもう別の表現に今度改正するときに変えてもらいたいなと。
 昭和二十二年当時そういう表現あったのかも分かりませんけど、ちょっとなじまない言葉だなというふうに思いますし、この点、いかがでしょうか。


○政府参考人(銭谷眞美君) 学校教育法の十一条には児童生徒の懲戒についての規定があるわけでございます。懲戒といいますと、子供に対して懲らしめ戒めるということになるわけでございますけれども、やはり子供たちに対して教育的な観点から指導を行うためのこの懲戒ということは必要な場面があるわけでございます。

 懲戒には二種類ございまして、事実行為としての懲戒と、言わば子供の法的な地位に変動を及ぼすような法的効果を伴う懲戒があるわけでございますが、公立の小学校、中学校では退学とか停学という処分はできないというのは先生御案内のとおりでございます。したがって、公立の小学校、中学校では、いわゆる対外的に校長名で処分の表示などを行う訓告ということが懲戒としてはあるわけでございます関といえども、これは法令じゃないですよね、法令という形式じゃないですな、学校の校則の話をして。

 今後とも、懲戒ということはやはり教育指導上必要な場合がございますので、これはきちんと配慮をした上でやはり今後とも必要なものと考えております。


○山下栄一君 これ行政処分じゃないですよね。出席停止はこれ行政処分、ちょっと別の話になりますけれども、出席停止というのは小中学校でもあり得るわけですね。これは、大臣はこういうのは慎重にやらないかぬのだという御発言をされて、私も同じ考え方でございますが。
 小中学校における出席停止は、これ行政処分になるんですね。


○政府参考人(銭谷眞美君) 今お話のございました小中学校における出席停止は、いわゆる懲戒処分ではなくて行政処分でございます。


○山下栄一君 小中学校で、公立なんですけど、確かに一面、学校も市町村教育委員会という教育行政機関の末端の組織という一面はあると思いますけど、学校は行政機関というイメージで余り、そういう場面も確かにないことはないんでしょうけど、何か学校は行政機関であり、校長がその仕切り役みたいなイメージの、そういう出席停止とか懲戒とか、そういうことは本来教育になじまないと、そういうふうに私は思います。

 校則ってありますよね、これは校則というのは法令の一番最末端のものなんでしょうか。公立の話ですよ、これ今言っているのは。だから、もう最初は学校教育法から始まって施行規則があり、告示があり、通知もあると。教育委員会は教育委員会で教育委員会規則があると、学校管理規則もあると。その辺までは確かに法的拘束力のあるルールかも分かりませんけれども、学校の校則というのは行政機います。


○政府参考人(銭谷眞美君) いわゆる校則というのは、それぞれの学校で定めるものでございます。呼び方もいろいろございまして、例えば生徒心得というふうに呼んでいるような学校もございますし、何とか中学校校則というふうに呼んでいるところもございます。言わば学校の教育を実施していく上での、最終的には学校長が定める生徒の行動の仕方についての定めということになろうかと思います。


○山下栄一君 だから、法的拘束力のある法令の一環の形式じゃないでしょうということを確認してください。大事なことなんでちょっとお願いします。


○政府参考人(銭谷眞美君) いわゆるきちんと法的な拘束力があるものとしては学則というのがございます。それは、その学校の学習の期間とか単位は何単位取らなきゃいけないかとか、そういうのはあらかじめ学則という形で学校が決める、これは法的拘束力ありますが、いわゆる校則というのはいろんなものがございますので、それは決め方によるというふうに思っております。


○山下栄一君 学校の校内の教員の秩序ということにかかわるかも分かりませんけれども、校則とよく言うでしょう、制服とか、派手やとか。それは法的拘束力がないでいいんでしょう、もう一回聞くけど、ないんでしょう、これは。校則で縛るんですか、それ。制服の話しました、今。制服の話ですよ。


○政府参考人(銭谷眞美君) ですから、決め方によるということでございます。


○山下栄一君 こんなこと議論していたら、やっぱりちょっとなじまないと私は思います。学校でいろいろルール作る、生徒と先生が相談しながら作っていく、一方的に作るんやなくというようなことも私大事やなと思うんですけれども、そういうところに、何か悪さしたら校長先生が怒られますよみたいな、そういう懲戒というような言葉は余り言わぬ方がいいと。それは私は学校教育法を改正するときによく考えていただきたいなと思います。

 学校は行政機関という性格が公立だからあるけれども、その色合いはできるだけ少なくするような運営をしないと、もう窮屈で、前も言いましたけれども、創意工夫とか活力なんか出てくるはずがないと思います。

 それで、この小中学校の、公立の学校の管理運営の最終責任は市町村教育委員会にあると、現行法上、市町村の教育委員会にあるということをこの前確認させていただきました。学校の管理運営は市町村教育委員会に責任があるんだと、管理運営責任ですね。

 それで、いじめ問題なんですけれども、特にこのいじめ問題の対応は本当に今、子供の状況が変わり、社会が変わり、非常に難しい状況だと思います。しかし、私は、校長先生の対応とか教育長さんの対応を見ながら、前もお話ししましたけれども、本当にかわいそうな対応になってしまっていると。責任を取らないかぬけれども取れないみたいな雰囲気でやっておられる。私は、責任取れるような体制になっていないんじゃないかというふうに思っております。学校の管理運営の責任、責任ですよ、権限じゃありません、責任は市町村教育委員会にあるということに法令上なっておるけれども、それに見合う権限も体制もできていないと、だからあんな対応になってしまうと。これ何かすっきりせぬなということになってしまっているというふうに感じるんですけれども、大臣はどのようにお考えでしょうか。


○国務大臣(伊吹文明君) そのとおりだと思いますね。
 それと同時に、国においても責任をいろいろ国会等で問われるわけですが、通達、通知、依頼その他いろいろなことをやっておりますが、やはり市町村の教育委員会は、学校の先生に対する人事権ありませんよね、基本的には、お気の毒なことだけど。これは県が持っているわけですから、法令上ですね。ですから、先生がおっしゃっているように、非常に気の毒な立場にありますよ。
 それと同時に、国も私はやや、行政を浸透させていく上には、国家管理的なことを申し上げているわけじゃないんですが、やややはり少し難しい立場にあるんじゃないかなという気がいたしますね。


○山下栄一君 率直にお述べいただいてありがとうございます。
 要するに今は、今大臣がおっしゃったとおりやと思います、市町村教育委員会に学校の管理運営責任はあると。いじめで自殺事件が起きたら、責任取らないかぬというふうになっているんですね、法令上は。しかし、それは取れぬ、取ろう思うても取れないというふうな法律にしてしまっている面があると。これは地教行法の欠陥だというふうに思いまして、これは改正せないかぬと思います。

 それで、大臣おっしゃったように、責任に見合う権限を与えないかぬと。与えてもらったら困ると言うかも分かりませんけど。だけれども、権限を与えて初めて責任が追及できるわけで、責任を取れる体制、その責任は一体だれに向かって取るんだと。それは、そこに通う子供であり、保護者だと思うんですね。

 それで、このことをちょっと大臣にお聞き願いたいんですけど、この対応は本当に、責任取ろうと思いますと、もう責任取れるようなことを学校だけではとてもできないというふうに思いまして、この前、第三者機関の助けが必要ということを申し上げました。だけど、学校におけるいじめが原因で自殺しましたということを校長先生が認めたり教育長が認めたりするケースが出てきております、最近。それも、せぬと騒いで、マスコミも騒いでそういうふうに追い込まれてそうなってしまっている面があるというふうに感じるんですけどね。

 保護者の方は真実を知りたいと。うちの子供が何で自殺したんだと。認めてくれたかしらぬけれども、それは、何でそんなことになったのかという真実を知りたいと。なぜ死ななきゃならなかったのかと。いじめをなくす闘いをしたいと。この前も福岡のお父さんおっしゃっておりました。一生息子の死と向き合って生きたいと、もうもどかしくてたまらないと、こういうことをおっしゃっておりました。

 このような言葉にストレートに受け止めようと思いますと、これは今の時代状況、大変なことだなというふうに思います。そういう学校にほかの子供たちは、ちゃんと対応してくれないんだったら学校に行かせられないなと。不安を抱えつつ、ほかのお母さんも、いつ自分の子供がそうなるか分からないと。どんな子供にも起こり得るという考え方の下に立った責任の体制をつくらないかぬと思いますし、そのためには私は、教育行政だけではできないんではないかなと。原因は、今もう子供を取り巻く環境は全く変わっておりますし、そういうことを感じるので、先ほどの池坊副大臣おっしゃったああいう提言は非常に大事だと思うんですけれども。

 まず私は、この前も申し上げましたけど、再度確認したい。大臣にこれ確認したいんですけれども、とにかく調査すると、何でそうなったのかの調査すると。調査は学校でやらざるを得ないと。学校は、だけど、市町村教育委員会が管理運営責任持っているわけですから、その委任を受けて校長先生はやるわけで、校長は責任取れないと。だから、市町村教育委員会というもの、教育委員会というのもまたこれ、どこに責任があるか分からないような仕組みになっていると、合議制でね。それで、教育委員会は現場におりませんから、報告を受けるしかないと。私は、そういうときは教育委員長が学校に行って一緒に調査したらいいと思うんです、そこに責任があるというんだったらですね。

 そんな体制にもう、中途半端にやっても自分に降り掛かってくるからなかなかできない、責任も取れない、権限も与えられていない状況になってそうなっていると。調査も、これは内部調査というふうに私は思うんですね、学校における。教育委員会も一緒やと思います。学校の校長の上に教育委員会いらっしゃるわけです。同じこの行政機関ですからね。教育行政機関ですから。

 そこで、学校の不祥事ですよね。不祥事を内部調査しても、その亡くなったお母さんが、保護者が納得できるような調査なんてできるはずがないという、調査の限界があると思う。だから第三者機関の助けをかりてという言い方をしましたけど、恒常的にそういう委員会をつくるかどうかはちょっとまたこれは、これはこの前、塩崎官房長官に御検討をいただくことをお約束していただきましたけどね。子供の人権を守るためにそういう、学校に来い言われ、就学義務を課して預かっているわけですから、そういう事件が起きたときにちゃんと調査できるような体制をつくらないとこれは責任果たせないと、果たせる仕組みはこれは私はないと思います、今は、日本のこの教育行政体制の中では。

 私は、小中学校、義務教育のことを言っております。責任は市町村教育委員会にある。だから、そういう問題意識を私は持っているんですけれども、両親や保護者たちが説明会開いてやっていますよ、いろいろ集めて。それはもうやらにゃいかぬからやっているという。納得してどれだけやっているか分かりませんけど、物すごく中途半端で消化不良で終わって、一回二回やって終わっているみたいな。責任ある調査をして、列車事故の事故調査委員会みたいにきちっと調べて、第三者委員会がつくってやる責任が私は教育行政にあると思うんですよ。
 それは、最終責任は市町村教育委員会いうんだったら、そこで責任取れるような体制、地域資源も総動員して、先ほど池坊副大臣もおっしゃいました。そして、調査をして、精一杯の誠意を示すと。そこまでやってくれるんだったら、安心して子供を預けられるようなことをやらないと、もう逃げ腰でやっていたんではこれは駄目だというふうに思います。

 それで、大臣にお聞きしたいのは、改正案の十六条でございます。これは前も申し上げましたけれども、教育行政は「公正かつ適正に行われなければならない。」と。教育行政は公正かつ適正に行われなきゃならないと。だけど、今はとても公正と言えない。調査の在り方もそうですし、責任の取り方も全部あいまいになっていると。校長も市町村教育委員会も県教育委員会も文部科学省も、全部責任あいまいにするような形で教育行政が行われているから、いじめによる自殺事件が起きたときにおろおろする対応しかできないと。それだったら初めから就学義務を掛けるなよということになっていくのではないかと思います。

 安心して、そういう体制をつくる必要があると思うんです。そうでないと、教育行政は公正かつ適正に行われなきゃならないという言葉は空文化していくというふうに、公正でも何でもない、適正でも何でもない実態が今の日本の、特に小中学校のいじめ事件の、自殺事件に対する対応が表しているのではないかと、このように私は思いますけど、大臣はいかがお考えでしょうか。


○国務大臣(伊吹文明君) 今度の改正案にもありますが、「不当な支配に服することなく、」というのはまず出てくるわけですね。で、「不当な支配に服することなく、」ということを考えると、国と地方公共団体の適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正にという文言を引きずってくるわけですね。ですから、国が関与する、あるいは地方自治体が関与することによって「不当な支配に服することなく、」ということを避けようとして、結果的に公正かつ適正なという文章を引っ張ってきて、結果的にだれが決断力とその責任を持ってやるかということが、今のこの教育行政の流れの中だと、最終的な責任と権限というのは非常にあいまいになっているというのは、私は先生の御指摘、当たっていると思いますね。
 ですから、この法律というよりも教育委員会に関する法律を今後どう改めていくかということは非常に大切な御指摘だと考えております。


○山下栄一君 大切な御指摘は有り難いんですけれども、自殺したお父さん、お母さんの叫びにこたえられる体制をつくれないんだったら、それは責任果たせませんという責任放棄になっていくと思うんですよ。それやったら、もう公立全部やめる方がいいと。

 だから、そういう憲法の教育を受ける権利を保障してそういうことをやるんだと、これつくる以外にないと思う。できなかったらいろんな力をかりて、そして私は、自治事務だし、設置責任者は市町村なんですから、市町村教育委員会ができるような仕組みをつくり上げる以外にないと、全力を挙げて。そうしないと、この問題はもうずうっと続いて、いつもあり得ることですし、いつもお父さん、お母さんには学校を信任して預けているのに責任が取れないような状況になってしまうと思うんですよ。
 この適正とか公正をどのようにして担保できるんでしょうね、これ。


○国務大臣(伊吹文明君) いじめの問題について、そういうことが出た場合に第三者機関の調査をやるとかどうかということは、これはやはり当該教育委員会の感性あるいは実行力によって私はやれる範囲でやるべきだと思いますし、ただ、それを何か恒常的な常設機関にするということは、一種の行政裁判所というか判断所のような形になりますから、これは非常にやっぱり難しいと思いますね。ですから、アドホックに一つ一つつくってやっていくということじゃないでしょうか。


○山下栄一君 だから、そういうことを私申し上げているわけで、恒常的につくる必要はないけどもと言っているわけで、だけど、じゃ、内部調査には限界が私はあるとは思うんです。それは、大臣はどうお考えでしょうか。協力していただけますんでしょうか。


○国務大臣(伊吹文明君) いや、何事にも限界はありますよ、それは。


○山下栄一君 そういう一般論を言っているんやないんですけどね、ちょっと。
 これ、公正かつ適正な教育行政に預けておられる御両親、御両親というのは一番身近な有権者、国民、主権者ですからね、そういう方々に納得できるような、説明責任を果たせるような体制をつくらなきゃ駄目なんですよ。そのために、やっぱりいろんな力をかりて責任者が果たしていけるような仕組みをつくらなきゃいけませんし、それはもう緊急の課題やというふうに思います。

 だから、このいじめ問題はそういう問題、そういうことを突き付けているということだと思いますし、教育行政が公正かつ適正に行われなきゃならないということを条文に書いてあるし、そのとおりしなきゃならないと。これができないんだったら、私は、大臣、人の命を大事にしない教育行政になってしまうと思うんですよ。そういうところに道徳教育を語る資格があるかと。人の命を大事にせい言うて、運営している方が責任取らない、取れない。公正でも何でもないということをみんな感じていると。そうだったら道徳教育は語れないと思うんですね、私は。

 だから、第三者機関をつくるという話は、これは私は当然の話やと思うんです、責任果たそうと思うたらね。調査はとことんやらないと納得してくれませんよ、そんな保護者集会を開いたからって。中途半端なことは分かるわけですから、そんなことは。だから私は第三者機関を御提案したわけで、それは感性とかとおっしゃるけど、これは当然そういうことを考えて、内部調査には限界がある、自分らの責任問われるわけですからそんな調査できるはずがないと、行政機構ですから、それは。

 だからそういうことを申し上げているわけで、だから、公正かつ適正な教育行政が担保できないんだったら道徳教育は語るなというふうに、私は教育行政の最高責任者の大臣にこの考えを共有したいと思うんですけど、いかがでしょうか。


○国務大臣(伊吹文明君) いや、できなければ道徳教育を語るなということにすぐなるかどうかは分かりませんが、やはりこの命というのは非常に尊いものですから、そういうことになったときに、その原因を究明するような組織をどういうふうにつくっていくかというのは、それは当然のことであるし、第三者機関をつくってやっていくということは、それは一つ一つの事案が起こったときに当然教育委員会として考えるべきだと思いますね。それは今の法体系ではべきだとしか私はここで申し上げられないんですよ。私にもう少し権限があれば先生のおっしゃるようなことについてお答えができますが、今の教育委員会制度の法制下においては、各教育委員会においてそういう事案があったときに第三者機関をつくって調査に当たってもらいたいということを申し上げるということだと思います。


○山下栄一君 私は、だから不十分な体制であるということを前提にして、だからきちっとした体制をつくるべきだと。だけど、それが担保できないんだったら、それを教育基本法でも提案しているわけやから、担保できないようなことだったら、それは道徳教育って語れないんじゃないでしょうかと、命を大事に本当しているんですかと、それは、というふうになっていくと思うんです。

 それで、大臣今おっしゃいましたけど、私に権限がないからという言葉は私、物すごい引っ掛かるんですけど、じゃ権限与えたら責任取れますかと、こうなると思うんですよ。責任取れないような権限与えたら、これ最悪ですわ、これは。権限あって責任なしということが横行しているから、今、何か中途半端な教育になっているんではないかと、私の意見なんですけど。

 だから私は、大臣ときどきおっしゃるんですけど、権限がありましたらいいけどと、じゃ、とことん責任取らないけませんよと。それはだけど……(発言する者あり)じゃ、当然だとおっしゃったら、全国三万四千校、五千校の学校で起こる事件ね、それは報告受けるしかしゃあないですよ。そうでなかったら保護者に、学校預けている保護者に説明できませんよ、そんな。それはちょっと私は、大臣のお言葉ですけれども、ちょっと納得できないですね。


○国務大臣(伊吹文明君) それは、権限のあるところに結果責任を取るということは生ずるんですよ。ですから、全国の学校でいろいろなことが起こっても、社長は末端のことを知らなくても、社長が人事権を持ち予算権を持っている限りは、全然知らなくても代表取締役社長は辞めなければいけないときは一杯あるんです。

 今、残念ながら、先生が御指摘になっているように、学校現場の人事権を持っている人と予算権を持っている人とそれから調査を依頼する人との間の権限関係がはっきりしていないから結果責任があいまいになっている、これは先生の御指摘に私は全く同感です。


○山下栄一君 分かりました。
 私、先ほど池坊さんがおっしゃっていただいた……(発言する者あり)済みません、時間が……


○委員長(中曽根弘文君) 時間になりましたのでまとめてください。


○山下栄一君 時間が来ていますので終わります。済みません。ありがとうございました。

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