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国会質問

169国会 内閣委員会会議録 2008年06月05日


○山下栄一君 公明党の山下でございます。
 非常に私は今日は、お三方の参考人のお話伺いながら、学ぶところが大変多かったわけでございます。それは特に、おっしゃいましたように、公務員改革、どちらかといえば霞が関の方の行政中心の公務員というイメージだと思うんですけど、やっぱり政治家の意識改革といいますか、政党の近代化ということも含めて、また国会の審議の在り方もそうかも分かりません、政治家の方がもっと変われよという、そこがかぎ握っているんじゃないのかというふうなことを非常に教わったような気がしました。公務員制度改革のかぎを握るのは政治家だと、立法府だと、政党だという、そういうとらえ方は極めて大事ではないかというふうに感じた次第でございます。
 最初に、ちょっと大上段の質問で申し訳ございませんけれども、今回の法律は、公務員制度改革基本法と、その基本理念が幾つか書いてあります。私は、その改革基本法における改革の基本理念、その前に、じゃ、現行公務員制度の基本理念は一体何なんだということをきちっとはっきりつかまえた上で、それで改革の基本理念ということになってくるんではないかと。
 変えてはならない、そのようなやっぱり現行の公務員制度改革、昭和二十二年に、戦後のそれまでの天皇主権の下における官僚制から国民主権の下における官僚制へと、それがやっぱり国家公務員法だったというふうに思いますので、もちろん変えるべきは変えないかぬわけです。この法律が成立した後、公務員法も変えられる部分があるんでしょう。しかし、変えてはならない根本理念といいますか、その昭和二十二年以降の公務員法でも構いませんけど、現行公務員制度の変えてはならない根本理念、基本理念とは一体何なんですかと、はっきりさせる必要があると。これは余りはっきりせぬままに何か議論しているような感じがしまして、それをお三人の参考人から簡潔にお伺いしたいと思います。


○参考人(飯尾潤君) 非常に重大な御質問だと思いまして、簡潔にお答えするのは難しいのでございますが、あえて申し上げますと、現行の国家公務員法制は戦前の体制とどこが違うかというと、やはり身分として国家公務員、特別の人がいるという考え方から、機能的に全体の奉仕者としての公務員がいるという考え方、先ほど増島先生からお話の出た考え方は、実は現行法制に本来あったものであったにもかかわらずそれが生きていなかったという側面をやはり伸ばしていかないといけないんだということではないかというふうに思っております。


○参考人(金丸恭文君) 私は、これはもう政治家の皆様も同じだと思いますけれども、基本的には国民と国益のために奉仕をするということ以外にないんじゃないかというふうに思いますが。
 今の基本理念というお話で申し上げますと、これは企業の経営でも全く同じなんですけれども、経営理念とかというのはどこも、基本的なことというのはどこか文章にしてあったり壁に張ってあったり、いろんな会社があるわけですけれども、基本的には掲げたものは必ず都度磨き上げないと陳腐化をしてしまうということなんじゃないんでしょうか。それが、時代の変化が訪れたにもかかわらず、もう一度アップデートもしなくて確認もしなくて今日まで来たことでこういうことになったんじゃないかなと思いますので、その基本の部分が、根っこがどうなったということでは私はないんじゃないのかなというふうに思っております。


○参考人(増島俊之君) まず全体の奉仕者ということですね。そして、それが中立性を守るということ。それから、一生懸命働く人のやはり身分というか、そういうものを保障するという考え方は非常に貫かれていると思いますけれども、今回の法制度によりましてもそれは変わらないのではないかと、こう思っております。
 ここに、基本理念に書いてある事柄のいろいろなバリエーションは、重点を置くものは何かということがいろいろ書かれているという理解をしております。


○山下栄一君 私は、申し上げました全体の奉仕者という、これは憲法十五条二項なんですけれども、「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」と。だけど、一部の奉仕者じゃないのかと。奉仕ということも死文化しているんじゃないかと。奉仕の精神にあふれているかというようなこと。それから、やっぱり政治家は特にそうかも分かりませんけれども、一部の利益とか業界とか地域益とか、全体、国民主権、主権者の方に向いて仕事をすることは、理屈としてはそうなんですけど、そういう憲法十五条二項が死んでしまうようなことになっているということ。これが、先ほど増島先生もおっしゃいましたけれども、国民と官僚、国民と政党、国民と政治家との信頼関係のなかなか定着しない背景じゃないかと。保険料を上げる、税金上げる、上げる前にやることあるやろうと、そういうことに常に返ってくるというふうに思います。
 人事行政の中立性、公正性、公務遂行の中立性、公正性、特に公正という言葉が、ここに常に癒着とか天下り、再就職というのは、それは職業選択の自由があるからというようなことを言われるけれども、それが何か知らぬけれどもすっきりしないねという不信感の、疑惑の基というようなことだと思うんですね。
 それで、端的に申し上げますが、中立的なそういう公正性を担保するため、使用者側である内閣、省庁、それと、この労働者側といいますか、そういう給料も決めるのも、それは人事院が入ったりしてやっているわけですけれども、それを例えば何か労働基本権に基づいて、だけれども、財政民主主義の観点からきちっと、やっぱり税金ですから給料は、そういう公正性といいますか、中立的そして公正なこの制度を担保する組織、これは必ず必要だということが人事院という組織の根本理念だと思うんです。
 その人事院がもう必要ないんじゃないかという議論がされております。廃止せよという議論もあります。私は、今の人事院がいいとは思いませんけど、もっとしっかりして誇りを持ってやれよと言いたくなるような実態というふうに私は感じますけれども、この中立公正性を担保する、このことはやっぱり国民が一番求めているのではないかと。
 そう考えましたときに、労働基本権制約の代償機能としての人事院の役割、これは盛んに強調されるけれども、もう一つの側の、中立性、公正性を担保するための独立組織といいますか、内閣の所轄という言葉で表されている内閣から距離を置いた組織、この使命というようなことは、代償機能ともう一つの方です、もう一つの方が余りにも過小評価されていて議論も余りされないと。ここに私は一番の公務員不信の、特別職、一般職含めてですけれども、原因があるのではないかと強く感じておるんですけれども、この考え方につきまして、ちょっと時間の関係で済みませんけれども、飯尾参考人と増島参考人にお聞きしたいと思います。


○参考人(飯尾潤君) 今お話しいただいたところは全く同感でございます。しばしば国民も人事院という名前を聞くときには人事院勧告の場所だけでありまして、そういう点でいうと、政治的中立のとりでとして、あるいは公平さのとりでとしての人事院の機能が着目されてないのは残念なことだと思いますが、これは、従来であれば各省庁の官僚制に一定の自律性があって、ある程度それは心配ないと思われていたからかもしれません。
 しかしながら、今回の改革によって政治主導が強まるとなるとますます重要性が高まりますものですから、現在の機能とはやはり変えたものが必要かというふうに思いますけれども、その機能について認識が更に必要だという御意見には賛成でございます。


○参考人(増島俊之君) 私は、人事院の機能というのは非常に大切だというふうに思います。こういう政治と行政、政官というふうなことがいろいろ問題になっているときに、本当に中立的にきちっとそれを話し得る機関というのは人事院なのではないかと。そういう意味で、人事院のいろいろな活動とか御発言とかというものが何か非常に少ないんではないかなというような思いが時々、これは誤っているかもしれませんけれども、するときがあります。
 私は、人事院の機能は非常に大切であるというふうに思っております。


○山下栄一君 ありがとうございました。
 今回の法律でもう一つ私がちょっと懸念していることがございます。それは総合職と一般職という分け方で試験をするということでございます。今、T種、U種になっているんですけれども。
 これはちょっと金丸さんの方に聞きたいんですけれども、総合、一般、民間でも今、総合職と一般職、総合職の方が上で一般職が下みたいなイメージがあって、ところが一般職がだんだん今減ってきていると、統計的にはね。こういう分け方自身がちょっとどうなんだと。事務的な仕事は一般職、企画立案、何か総合的な仕事が総合職なんだという、そういうふうに何かイメージされていると。総合職がキャリアになり一般職がノンキャリみたいなそんなことになってしまったら、キャリア制度の廃止という、こんなもの法律でも何でもないのに、それを廃止ということ自身がおかしな話だと私は思っていますけれども、そういうことをやめないかぬということで、それはこの総合職、一般職、専門職というそういう試験区分にする、もう一つは幹部養成課程、この二つかなと私は思っていますけれども、この法案はね。
 だけど、これは、キャリア制度の本当に廃止になるんだろうかと。キャリアシステムの、単なる慣行である、これが物すごく根強いと。これは私、戦前から来ている、高等文官から来ているんやないかと思いますけれどもね。だから、東大とか京大とかそういう高学歴、高学歴という言い方はおかしい、そういう方々が一般職受けるかというふうに感じるんですね。
 だから、金丸参考人、民間部門での御経験から、総合職と一般職ということを分けて試験するという、コストは安く能力を測るみたいなことだったら、それは幹部候補試験みたいなことになってしまうと、これはおかしくなってしまうなということでございまして、総合職、一般職を分けるという分け方のこの問題点はないのかということをお聞きしたいと思う。


○参考人(金丸恭文君) 何というんですか、名前からしても、総合と一般って英語にしてみても非常に分かりづらい私は表現だと思うんですね。本来は、その仕事の中身といいますか、専門性に応じて試験を分けられるのは構わないと思うんですけれども、それが二種類というのはどうかなと思うことと、それからあと、多少ですけれども、官僚の皆様、いわゆる総合職と言われる人たちと仕事をしていますと、こんな仕事もなぜキャリアと言われる人の仕事なのって思うわけですよね。
 今後、この公務員制度改革のこういう新しい時代以降は、私は、キャリアと言われる若い人たちを若いころ雑用にだけ使っていくと、私どものような会社に転職を自ら自発的になさる人たちがどんどん増えていって、ですから、本来は公務員の中から、官の中から、仕事はこういうふうに変えて試験もこういうふうに変えるべきであるという新しい、自分でやっていらっしゃるんですから分かると思うんですけど、そんな案が出てきて私はしかるべきではないのかなというふうに思います。
 余りにも今の総合職と一般職というのは実態に私は合っていないというふうに思っております。


○山下栄一君 このキャリア制度の、キャリアシステムの廃止ということが今回の法案の一つの目玉にもなっておりますので今ちょっとお聞きしておるわけですけれども、私は、このT種、U種の問題というのは、同じ大卒なのにT種、数字もちょっとTとUいうたらTの方が上かなというふうな、そういう、その試験で今やっているわけですね。
 能力主義、実績主義というのも公務員法の三十三条に書いてあると、先ほど飯尾先生もおっしゃいましたけど。だから、こういうことを法律で言葉変えたり制度つくっても、それは結局、能力・実績主義の運用をようしないと。結果的には、能力・実績主義と言っても結局、最初の試験の、難しい試験通ったやつはやっぱり能力あるんやろうみたいな、ペーパーテストというか試験によって能力評価するということ。これは日本社会に共通の、その方が客観的で分かりやすくて文句ないだろうと。余り面接とかそんなことをやると、何かコネがあったり情実が働くんちゃうかと。点数ではっきり出てくる試験の上の方から採ったら何の文句もないだろうというふうな、それでコストも安く付くと。能力・実績主義ということを初めから書いてあるのに、全然、慣行として定着してしまうと。
 そうであるならば、こういう、特にまたこの試験の区分が総合職、一般職、専門職なんですけど、総合職と一般職と分けることというのは大変な問題ではないかというようなことをちょっと今感じておりまして、だから、何となく総合職が上の方の幹部職員候補選抜試験みたいな、そんなことを意図していないとは思うけれども、それやったら、今の制度でも、今までもできるでしょう、そんなことはと。名前変えて、何か今おっしゃいましたように、総合とか一般という言葉自身が一般企業からは今どんどん評価されなくなっているのに、それをもう一回またそこに法律にするみたいなことはどうなんですかということを強く感じておりまして、かえってこういうふうに分けることが、またT種、U種、名前は変わるんですけど、形を変えてキャリアシステムということを、今度は法律によって、今までは慣例だったのに、かえって強化されてしまうようなことになりはしないかという強い懸念を持っておるんですが、運用次第やと思いますけど。
 同じ質問で申し訳ございませんけれども、飯尾先生と増島先生にお聞きしたいと思います。


○参考人(飯尾潤君) この法案の理解について私が十分でないところがあった可能性もございますが、私自身は、いわゆる言われておりますキャリアシステム自体は必要なものではないかというふうに考えております。
 ただ、現行は余りに厳格過ぎるので、キャリアシステムに入ってしまうと能力はなくても一生評価されてしまうということが問題なので、キャリアシステムの運用の変化ということが問題で、それをするために、やはり管理職になるところ、幹部職になるところで選抜されて、最初はキャリアであったけれどもそういうことにならない方がある程度の数出てくる。あるいは、そうでないところに入った人であるけれども実績が認められて管理職、幹部職員になっていくという実績が積み重ねられてキャリアシステムの弊害が除去されればいいんではないか。
 やはり公務員の世界の一般の企業と違うのは、規模が極めて多いということでございますので、ある程度のやはり配置の都合からすると区別があってもよろしいのではないか。しかしながら、その区別が絶対的になるから問題だというふうに私自身は、大変恐縮でございますが、理解しております。

○参考人(増島俊之君) もし私の学生が総合職、一般職どちらの試験を受けるかと言えば、総合職の試験を受けなさいと多分私は言うと思うんですね。それは高度の知識を問う多分試験になるんだろうというふうに思うんですけれども。
 一番の今回の改革は、今飯尾先生がおっしゃったことだと思うんですけれども、キャリアシステムの運用、在り方、余りにも硬直的、そこを直したいということが背景にあって、したがって、総合職で合格してもその後の自分の一定のコースが、キャリアパスが保障されるようなものでは全くなくてという、そういう前提で議論されていると思うんですね。
 ですけれども、やはり高い専門知識と知力というものをやっぱりパスしてきた人間がいろいろな重要な役割を果たすようになるというのは、多分そうなるのではないかと。ただ、それは固定されているものではないと。逆に、一般職で合格しても、知能とか、いろいろな能力のある人は将来の幹部のところに行く道が広く開かれているんだと、今そういう趣旨の法改正なのではないかというふうに理解しております。


○山下栄一君 終わります。ありがとうございました。

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