125国会 文教委員会会議録 1992年12月07日
○山下栄一君 公明党の山下でございます。
今まで各同僚委員の皆さん方から非常に細かい、また適切な御質問をいただきまして、僕自身が非常に啓蒙される面があったわけでございまして、この法律案につきましては非常に私自身の初歩的な問題点、疑問点といいますか幾つか確認させていただく程度になると思いますけれども、少し確認したいと思うわけでございます。
まず、先ほど来ずっと問題になっておりました映画づくりの問題でございますけれども、著作権法制定当時の状況から映画づくりの実態も大分大幅に変化してきておると午前中からいろいろとお話ございました。特に二次利用の問題とか、また映画製作会社自身が映画をつくるよりも配給の方が中心になってきておるというふうな時代の大きな流れの変化があるわけでございます。
そういう意味で、さまざまな映画づくりに携わっておられる皆さん方の諸権利を守るために、やはり時代に見合った権利を保障していく体制を整えていかなくちゃならないと思うわけでございますけれども、経済的な不利益をこうむる問題につきましては、特に監督の皆さん、そしてまたメーンスタッフの皆さん、俳優の皆さん、これにつきましてはさまざまな、特に審議会の第一小委員会でしたか御検討いただきまして、映画製作者関係の契約時における保障、このためには文化庁もいろいろかかわっていただいて、出てきた内容が不満にならないようにという御努力があるわけでございます。協議会もつくられたし、またそれも何度か行われているという話も聞きました。そういう経済的な不利益をこうむらないようにという面での保障の体制はできておると思うわけでございます。
私は、この法律の権利主体といたしまして、特にこの第二十九条の見直しをやる必要があるんではないかなと。この法律の条文によりますと、「映画の著作物の著作権は、」「当該映画製作者に帰属する。」、こういうふうな内容になっておるわけでございますが、この条文ができた当時とは大分もう実態がかけ離れてきているのではないかなということから、この二十九条を見直しまして著作権の権利主体として映画監督または俳優の皆さんを明確に保障する必要があるんではないか、こういう状況になっているのではないかなというふうに思うわけでございますが、この点お聞きしたいと思います。
○政府委員(佐藤禎一君) ただいまお話ございましたように、映画監督は現行著作権法上、映画の著作物の著作者ではありますけれども、映画製作に参加を約束したときには製作者に著作権が帰属をするという二十九条が設けられているわけでございます。
この問題については関係者からの御意見もいただき、そしてまた著作権審議会の中での御披露もあって、これまで議論もされてきているわけでございますけれども、著作権審議会での現時点での判断としては、この二十九条を改正するということについてはいろいろ御意見はあるけれども、なお関係をする、及ぶところが大きいという、全体として、先ほどちょっと御紹介をいたしましたように、広範な影響力とかあるいは関係者がたくさんいて権利の円滑な処理ということに問題がある、あるいは先進諸国の制度との国際的調和を図るというような必要があることから直ちに制度改正を行うことは困難だという判断をしているわけでございます。
ただ、そのようなことではございますけれども、しかし特に二次利用というものを取り出してみますと、当初予想をされなかった二次利用の形態というものが幅広く行われるようになってきている、したがって、これについての経済的な対策が必要ではないかという問題意識があるわけでございます。そのことについては一方映画監督と製作者との間の契約事項でもありますので、これはその契約時にある程度のそれ以後を見通した有利な契約をするという努力もまた一方で必要でございまして、そういった契約については実態として幾つか進みつつある状況でございます。しかし、現在の映画の製作者がいわゆる大手の製作者だけではなく多くの製作者を持っておりますので、全体にわたって円滑なルールができ上がるというところまでは至っていない。
そこで、先ほど来御紹介をいたしましたように、この第一小委員会では検討を継続しながらも、文化庁において関係者の協議を積極的に支援することを進めなさいというような報告をいただいたわけでございまして、そのために協議会を設け検討を重ねてきていただいている、こういう状況にあるわけでございます。
○山下栄一君 私は、その製作スタッフと映画の製作会社の社長さんといいますかの契約によってさまざまなスタッフのメンバー、監督も含めてですけれども、権利を保障していくという方式ではなくて、やはりこの第二十九条の法の権利主体の中に明確に著作権者の、監督を含めそういう方々、俳優もそうですけれども認定してあげないと、レコード等の製作との比較の上からやはり整合性を欠く、このように思うわけでございまして、この法の権利主体であるかどうかということは大変大きな人権にかかわる問題なので、時代の趨勢からやはり権利主体者として認めてあげるべきである、このような法改正を行うべきである、このように思うわけでございますが、大臣、お願いします。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 映画のお話は先ほどから何度となく出ておりまして、正直申し上げて私にはよくわかりません。ただ、先ほど森先生が、私の年がわかっちゃうんだけれどもなんということで映画のお話をされました。別に年齢の比較をしているわけじゃありませんけれども、やっぱり私の子供のころもちょうど映画全盛期だったと思います。
ちょっと、全然関係ない話をして申しわけありませんが、藤子不二雄さんという漫画家がいますね。日本海側、富山かどちらかから上京されてきて大変な漫画界の第一人者になられたわけですが、あの二人が御自分たちの伝記を「まんが道」という本にしておられて、それを実は最近私ずっと読んでおったわけであります、子供が持っておったものですから。そうしますと、当時の彼らの文化的な刺激というのはもうすべて映画なんですね。彼らが大尊敬をしております「鉄腕アトム」の手塚治虫さんに例えば映画に連れていってもらったとかとにかくもう休みといえば映画。映画を見なければ次の漫画の想は出てこないという、そういう時代の映画というもの、まさに一世を風靡しておった、日本の文化を支配していた映画というものをどういうふうに権利構成しようとしたかということが今でも残っているんだろうと私は思うわけです。ただ、映画の場合は関係者の数が大変多いわけですから、そういう中で今のような方法で著作権を考えたのであろうというふうに、私はこれ専門家でありませんので想像をしているわけでございます。
ただ、二次的な利用がこれほどまでに盛んになりますと、本当にそれでいいんだろうか。先ほど私は里見浩太朗さんが出ているから映画を見たんだとかビデオを借りるんだという話を私の心理的な実際の例として申し上げたわけでございまして、その辺をどう権利構成するかというのは非常に難しい問題だと思いますが、いずれにしても真剣にまじめに考えなければいけないこととは考えております。
○山下栄一君 将来的には、私も第二十九条の内容というのは時代の産物であるというふうに思いますので、附帯決議の中にも入っておるわけでございますけれども、第二十九条の見直しも含めまして今後ぜひとも検討をお願いしたいと思います。
それから、指定管理団体の問題につきまして先ほど細かくまた詳しく上山委員の方から御質問がございましたわけですけれども、ちょっと私も指定管理団体のイメージ等がわかりにくいんです。
運営体制でございますけれども、さまざまな権利団体はその構成メンバーである個人を含まないということをお聞きいたしました。この役員体制ですね。運営のお金につきましては会費で賄うという、こういうようなことでございましたけれども、この辺はもう少し具体的な運営体制のお話をお聞きしたいと思います。
○政府委員(佐藤禎一君) この指定管理団体は法律的な機能を持つ重要な団体でございますし、それゆえに法律的に多くの規制、監督規定がかかっているわけでございます。
しかしながら、あくまでもこれは私権を集中的に整理する私的な団体という性格が基本でございまして、それを構成することになるでありましょう音楽著作権協会でありますとか芸団協でありますとかレコード協会、そういったところから構成をされて自主的にその構成を決めておいでになるべき性質のものでありまして、私どもが、さっき申しましたように、抽象的なかかわりで遂行能力があるかとかそういうことはチェックをしなければいけませんけれども、個々にどれくらいの体制でどのような人がということについては余り口を差し挟むということは適当ではなかろうと思っておる次第でございます。
○山下栄一君 百四条の八、ここに指定管理団体が集まった補償額の二割以内で行う事業につきまして、「著作権及び著作隣接権の保護に関する事業」、もう一つ、「著作物の創作の振興及び普及に資する事業のために」、集まった補償金の「二割以内で」「支出しなければならない。」と、こう書いてあるわけでございます。
集まった補償金につきましてはできるだけたくさんのお金が直接著作権者その他の権利者にやっぱり行くべきであろうかと思うわけでございますが、二割以内でこういう事業を行うというふうな規定になった例はほかの国にもあるわけでございますか。
○政府委員(佐藤禎一君) これは外国にもございます。ございますが、やり方自身はいろいろなやり方をしておりまして、法律できちんとそのことを設けているものとそれぞれ関係者の間で協議をして決めようというようなことにしているもの、さまざまでございますけれども、こういったものを設けている国は多うございます。
また、割合もさまざまでございまして、法定されているものを私どもなりに調査いたしますと、少ないものは一五%、多いものは三分の二、六七%というような高率のものまでさまざまな例があるわけでございます。
○山下栄一君 二割以内と申しましても相当な金額になると思われますので、そういう意味で、ある程度法律の中にこういう事業という特定をしておいた方がいいのかもわかりません。
二つの事業を書いてあるわけですが、文化庁の方でそれ以外に考えられる事業はございますのでしょうか。例えば、先ほど午前中もございましたけれども、指定管理団体が集まったお金の二割以内で行う事業といたしまして、特に著作権に関する一般国民への啓蒙等、そういう内容なんかも入れた方がいいんじゃないかと思うわけでございますけれども、この二つに限定されているということでございますか。
○政府委員(佐藤禎一君) 共通利用の目的につきましては百四条の八に定められているわけでございます。これは読んでいただきますと、「著作権及び著作隣接権の保護に関する事業」というのが一つと、それから「並びに著作物の創作の振興及び普及に資する事業」、この二通りを書いてあるわけでございます。
この共通目的の事業というものは、もともとこのお金は権利者に帰属をすべきものではございますけれども、しかし調査の精度等、経費の都合でどうしてもこれは一〇〇%正確に実態を調査することはできません。したがって、精度の関係でその調査から漏れてしまうというようなケースもございますので、むしろ間接的な助成といいますか間接的に使うことによって著作権全体に裨益をするということが目的とされているわけでございます。
○山下栄一君 先ほど申しました一般の国民への啓蒙等の事業は入っているわけですね。
ちょっと別の観点でございますけれども、先ほども上山委員の方から機器には一%、二%、媒体にはという話がございましたけれども、価格に上乗せする補償金の具体的な割合でございますけれども、機器と媒体で扱いが少し違いますね。その理由はどういったことですか。
○政府委員(佐藤禎一君) 数字的に積算を詰めていったわけではございません。経験的なところが多いわけでございますし、また全体として言えますことは、先ほど申しましたように、機器の場合は比較的高額なものでございます。現状で生み出されておりますものを見ましても数万円、それも十万円に近い数万円から上の価格帯にあるものでございます。それに対して、記録媒体の方は極めて単価が低いというような実態を踏まえながら考えたものであるというふうに思ってございます。
○山下栄一君 機材の方、媒体の方が初年度、二年度は一%で三年度から三%と。順次引き上げるわけにはいかないのかなという、そういう素朴な疑問なんですけれども。
○政府委員(佐藤禎一君) ちょっと正確に御質問の意味を取りかねますが、順次引き上げる、経過措置として三年目には三%にしたいけれども、初年度及び次年度は一%というような金額を設定するということを合意しているということでございます。
○山下栄一君 それはわかっているんですけれども、機器の方は初年度一%、二年目は二%でしたね。違いましたですか。
○政府委員(佐藤禎一君) 失礼いたしました。
機器につきましても、三年目が二%で一年目及び次年度は一%でございます。
○山下栄一君 わかりました。
それでは、機材の方も三年目二%という同じ扱いにならないのかなと。扱いを変えた理由をちょっとお聞きしたいと思います。
○政府委員(佐藤禎一君) それは、まさに全体として単価のおよそ違うものでございます。機器の場合は数万円でございますけれども、機材は恐らく千円程度のものでございますから、それによって得られる補償とかそういったことも総合的に勘案をして決定したものだと思っております。
なお、これはごく直近にはアメリカでこの十月にデジタル機器について録音につき補償制度ができたばかりでございますけれども、アメリカの方で実施を予定されておる金額の考え方ともほぼ似ているような状況、つまり外国の状況をも参考にしながら決められているということも要素としてはございます。
○山下栄一君 私もなかなか細かい内容等、具体的にわからない面がたくさんございまして、非常に基本的な質問で大変御迷惑をかけたわけでございますけれども、日本の国際化が進む中で知的所得権の方に関する意識につきましても特にこれからどんどんと啓蒙していき、また教育現場でもそういうふうな内容のことを教えていく時代にきているというふうに思うわけでございまして、この改正法につきましても余り報道もされておりませんもので、そういう観点からも特に一般国民の啓蒙につきましても文化庁の方の御努力を今後ともお願い申し上げたい、このように思うわけでございます。
それで、あと一般質問的内容になって大変恐縮でございますけれども、次に開かれる文教委員会が来年の通常国会しかないということでございますもので、少しトピックな問題、特に大臣の方にお聞きしたいなと、このように思っております。
先ほども森委員の方から少し御質問ございました業者テストの問題でございます。
このことにつきましては、特に中学三年生の進路指導のあり方、また見直し、そして偏差値依存体制の見直しにかかわる問題であろうかと思うわけでございます。今回の動き、また大臣等の発言も業者テストそのものを一切なくしてしまえということではないとは思うわけでございますが、さまざまな問題が取り上げられているんですけれども、今回特に大臣が厳しく御指摘になったポイントといいますか、業者テストの何が、どこが問題なのかという、そのことについてちょっと確認しておきたいと思います。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 一般論として申し上げて、私は業者テストそのものを否定しているわけではない。なければない方がいいものとは思いますが、業者テストというものがそもそも白昼堂々と授業時間をつぶして行うということはもうやめていただきたいと思うわけで、それは例えば学校五日制の議論をして、月二遍にするにはどういう問題がありましょうと言うと、もう皆さん、一日というのがいかに大変か、一日授業をつぶした場合に、一日休みがふえたときにこれを取り返すのがいかに大変かということをさんざんおっしゃるのに、業者テストで授業を五回も六回も十回もつぶしている例があるというわけですから、そういうことから考えてもまことにおかしなことで、白昼堂々やるということはやめていただきたいとまず思うこと。
結局は、その利用の仕方なんで、これが便利ということで、決して公のものではありませんから試験期日がずれておって情報が飛び交って、決して正しい成績が出ているとも言えない。しかも、どちらかというと何となく学校が打ち合わせして、一つの県をできるだけ一業者か二業者で、それだけ何というんですか汎用的に広く同じ試験をやれば偏差値を出した場合に権威がつきますから、そういうようなやり方でこれを利用して、事実上この偏差値をもって私立の高校との事前相談とか推薦入学とかいろいろ言いますが、その事前相談というのが事実上の、一応試験は受けるけれども、単願で偏差値が幾つで、まあこんなもので手を打ちましょうというようなことが行われてきていると。
新聞報道によると、抱き合わせ入学、合格などという恐ろしい話も一部にあるようなことが言われていたり、実質は試験を行っても入学枠の九割までをそういう事前相談で決めてしまうというようなことになる。あるいは、塾の介在がうわさされるようなことすら報道されていくということになれば、もはやこれは教育界であってはならない姿というものがそこにあるように思えてならないわけでございます。
ですから、業者テストというものを何らかの形で、日曜日でも結構ですが、子供たちが何人か受けてみたと、こんなような点数だったと。点数が出れば偏差値というのも出るかもしれない。それを中学側の先生たちが見ておって、この子はふだんの試験ではこんな成績だし、こういう業者のテストではこんなもので、スポーツはこの程度得意でボランティアはこのくらいやっておってということで判断して、君々こういう学校を受けたらどうかねというのであるならば、それはいわゆる子供を多面的に見て、子供の個性を見詰めて、決して物差しの上に並べるというやり方でない進路指導というのは正しい進路指導であって、そのときに例えば一回、二回業者テストは受けたとかどこかの模擬試験を受けた結果を先生が参考にするというのは当然あってしかるべきことであります。
でも、実際はそういう行われ方でなくて、全県下でほとんど同一の試験が行われて、その偏差値でその人間の背番号が決められていって、偏差値が幾つだからおまえはここへ行きなさいというか受けなさいと。受けなさいということと行きなさいということが実は連動しているケースが多いということを聞いて、私はやや、本当に遅かったんですが、これほどひどいものとは思わなかったというふうに自己批判もし国民に謝りつつ、このことをアリの一穴としながらも、大きな偏差値偏重社会、学歴偏重社会に挑戦することをもししないならば教育改革は一歩も歩むことができないだろうという認識で今仕事を最後の数日させていただいているところでございます。
○山下栄一君 じゃ、今の大臣の御答弁から考えますと、例えばそういう民間の業者テストの結果に基づいて私立高校の合否判定の材料にまで使われているということは大変よくない。また、子供をそういう偏差値によって序列化してしまう、そのこと自身が大変だめなんだというお話から考えますと、一部報道された記事の中に、業者テストにかわる例えば公的機関による統一テストみたいなものを導入したらどうかというようなお話が大臣からあったというように聞いたんですが、これは似たようなことになってしまうと思うのでございまして、実際そのことについてはどうでしょうか。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 私は、業者テストにかわって、いわゆる民法法人であるかあるいは公的な団体であるかわかりませんが、そうしたところが行う統一テストのようなものはいいのではないかということは一度も申し上げたことはありません。
むしろ、そういう公的な試験であるならばいいだろうという発想は、結局はその人間を全部一つの物差しの上に並べようということにつながりますので、業者でない分試験日がそろうとか、昔の学力テストではないかと思いますが、試験日がそろうとか不正がないとかという意味では仮にプラスの面があったとしても、児童や生徒、特に中学生なら中学生を全部一つの目盛りで推しはかって、おまえの偏差値は幾つということが結局は決められていくと思いますので、私はそうしたものを礼賛する気持ちは全くありません。
○山下栄一君 ただ、中学校の進路指導の現場では、やはり客観的なデータが欲しいと。県内にあるたくさんの高校、公立も私立も含めてですけれども、できるだけいわゆるいい高校に入りたいんだ、そのためには客観的に自分がどの位置にあるかというようなことを知りたい、校内だけの実力テストとか、また内申書だけでは位置がわからないと。そういうことが実際中学三年生の進路指導担当の先生がこういう業者テストのデータとか偏差値をやっぱり求める背景にあると思うわけでございまして、そういう観点から申しますと、やはり高校が、具体的には普通科が大半で、その普通科の大半の学校が成績のよくない生徒から上位までもうどの学校も同じという実態になってしまうと非常に教育がしにくい。ある程度整えるために序列化されておるというふうな実態があるわけでございまして、序列化されているからこそいい学校に行きたいんだというふうな、そういうことになってしまうと思うんですね。そういう意味では、森委員も申されましたように、やはり高校の入試そのものを抜本的に見直すということがまず必要であろう。
そういう意味で、私は文部省の教育改革推進会議等でも検討されているとお聞きしておりますが、いわゆる普通科一辺倒ではなくて専科といいますか国際科とか芸術科とか、さまざまな子供たちの能力を評価ができるような専門学科を設置して、またカリキュラムも設置して、普通科であれば例えば英語とか数学が非常に重要視されて、音楽とか体育とかどうでもいいんだという、そういう主要教科と副科とかいうふうな非常に同じ教科の中でも差別されてしまっている実態をなくすためにも普通科にかわる専科の体制といいますか、そういうようなものをつくっていく必要があるんではないか。
そういう意味で、やっぱり高校そのものの改革が必要であるのではないか。入試そのものの科目、何で生徒の力をはかるかという内容につきましても、いわゆる主要五教科だけではないというふうな観点からの幅広い形での選抜方式といいますか、それにかかわってくる問題じゃないか。これを連動させないと、この偏差値重視の体制は一向に変わらないのではないかなと、このように考えるわけでございますけれども、どうでしょうか。
○国務大臣(鳩山邦夫君) おっしゃるとおり、高校でも大学でもそれぞれの学校がうんと特色を持っていけば非常に問題の解決にいい影響が出るわけで、どこもみんな同じようなことを教えます、しかし試験でとる点数が違いますということですと偏差値で学校も並べられてしまう、子供を偏差値で振り分けるだけでなくて、この学校は大体偏差値幾つの学校、この学校は偏差値幾つの学校というふうに、特徴がないとそういうことになってしまうわけです。
したがって、文部省でもいろいろ検討をいたしておりまして、例えば公立の高校でも入学者の選抜にいろんな特色を持たせていいんじゃないか。あるいは、公立の高校というとみんなどこも同じように見えるけれども、これからは各学校、学科、コースごとの特色に応じて多様な選抜があっていいのではないか。あるいは、その学校ごとに特色があるだけじゃなくて、一つの学校や学科の中でもまたそれを幾つかに分けて、こういう特色のある子を何人かとろう、こういう特色のある子を何人もとろう、こういうことでいろんな尺度、いろんな物差しではかって生徒を入学させるというようなことをこれから考えていきたい。あるいは、受験機会の複数化というのは国立大学でも行われたことですが、高校段階でも受験機会の複数化というようなことも考えていきたいというようなことでございます。
いずれにいたしましても、これは高校入試においても大学入試においても同様の面があろうかと思いますが、また私立、公立を受験する場合を問わずいろんな尺度で人間を判断できるようにしなければならない。それは非常に手間のかかること、進路指導も非常に大変になると思うんですが、しかし個に応じた教育をやろうというのが今度の新しい学習指導要領の大目標なんです。個というのはそれぞれの子供さんの個性を丁寧に親切に見ていこうということですし、今度予算要求をいたしております第六次の教職員の改善計画もチームティーチングとかいろんな新しい仕組みを入れておりますが、これもすべて個に応じた指導というのができるように先生の数も改善増を求めていこう、こういうふうに考えているわけでございます。
ですから、本来高校入試というものを考えた場合、とりわけ私立の高校へ入学試験で入っていく場合に、推薦入学というのは多ければ多い方がいいんじゃないかというのが割合と幅広く意見としてあったわけです。それは、それぞれの学校同士の信頼感とかいろんなものもあったでしょう。しかし、推薦入学というのは本来偏差値で入学させるべきものではないわけでございまして、この子は特別にこういう部分がすぐれているからといろんな個性を認めて推薦入学でとっていくならばいい。そして、推薦入学の枠がふえていくならば、これはまさに受験の緩和になるのかもしれない。しかし、今のように偏差値で実際の裏交渉をやって人身売買と私が言っても人が反論できないぐらいのひどい実態というのがあって、それで推薦入学あるいは実質上の推薦入学がふえていったら残りの枠がほんの小さなものになってしまうから余計受験競争は激しいものになる、こういうふうに考えておりまして、偏差値だけで振り分けるような推薦入学だったら、これはむしろない方がいいというのが私どもの見解です。
人の個性を見詰めて推薦入学をやるんだったら大いに推薦入学やってくださいと言って、文部省もあるいは自民党の文教も勧めてきたかもしれないけれども、これを全部偏差値で推薦入学を決めていこうとするならば、これはもう推薦入学という制度をとらないで試験日で最後の勝負をする方がまだ私は正しいあり方だろうと思います。
○山下栄一君 いろいろ教育の理想論があるわけでございますけれども、やはりたくさんある高校の中で、それも大半が普通科で、やっぱり具体的には高校の中にいろいろ差がある。特に、主要五科目で評価される力によって高校は非常に段階に差があるという実態がある限り、私学も公立も含めてでございますけれども、やはり客観的なデータが欲しい、そのためには数字であらわされるようなものでやっぱり人間を評価したいという、そういう衝動に駆られる。
そういう意味では、偏差値中心の流れというのはまだ一向に変わらないのではないかなと。たとえ、業者のテストを導入しなくても高校の定期テストでも実力テストでも全部それを偏差値に換算して、それで生徒を並べて、それによって進路指導をするというやり方はやっぱり変わっていかないのではないか。口で言うほど簡単には直らないのではないかなというふうに、それほどこの偏差値依存体制というのはもう何十年にわたる中でしみついておるというふうに思うわけでございます。
そういうことを考えますと、私は先ほど申しましたように、やはり一つは高校の中にさまざまな専科を設けて、その専科に基づく、例えば体育科であればそれに見合った入試科目にしていくというふうな、例えば英語とか数学、理科の比重が少ないような入試科目であるとかそういうふうな方式を導入するとか、それはいろんなコンセプトが必要であると思うわけでございますけれども、いろんな観点からの見直しをしていかないと、つまり業者テストの廃止だけではなかなか大変な問題であろうと、このように考えております。
それから、先ほど大臣申された推薦入学制度でございますけれども、全国の私学で具体的にこの推薦入学という形で本試験の前に明確に打ち出して生徒を募集し、とっておるというふうな実例はあるんでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 今ちょっとデータは手元にございませんが、実例はございます。
○山下栄一君 それはどの程度か割合わかりませんですか。
○政府委員(野崎弘君) 今ちょっと手元にデータを持ってきておりませんので……。
○山下栄一君 できましたらその辺の、私学の推薦入学制度そのもの、内定とかそういうことではなくて、具体的に入試制度そのものとして推薦入学制度、本試験という大学みたいな形で二つというのがございましたら、またデータ等を公表していただければありがたいなと、このように思うんですけれども、どうでしょう。
○政府委員(野崎弘君) 私どもも、大臣からお話がありましたように、特色ある推薦入試というものは指導しておるわけでございますが、ただ、具体的にどういう形でやっているかというのはちょっと手元に十分なデータがございませんので、またよく調べまして、調べましてというのはどういうことが行われているかというのを少し事情を聞きながら、よく勉強してみたいと思っております。
○山下栄一君 よろしくお願い申し上げます。
以上で終わります。
○国務大臣(鳩山邦夫君) ちょっと最後に一言。
先生、先ほどおっしゃられましたように、この問題は簡単であるわけないんです。言ってみれば社会風潮、社会というとちょっと、私は反社会的な人間ではないつもりですから、社会風潮に対して挑戦をしているつもりでございます。
率直に申し上げて、学歴偏重社会というものが現にあるわけでございます。そして、そこから下って、これは大学入試の問題もあって高校入試の問題もあって、何でも偏差値で輪切りをしたいという風潮がそこにしみついているわけでございます。そういう中で、教育界の相当大勢の方々がこんなものだろうと思って過ごしてこられたわけです。埼玉の竹内教育長のような勇気ある方はそう多く出てきてはいなかったわけですから、また文部省の今日までの対応でも、これはどこから挑戦したらいいのかという悩みがあったんだろうと。
こういうふうに思いますと、これはまさに社会風潮に対する挑戦だと私は認識をいたしております。しかし、これをやらないと臨教審が打ち出したような本当の理想の教育改革は絶対できないというふうに考えておりまして、私は今の業者テスト問題というものは非常に嫌な実態が明らかになってきて、私が知らなかったようなもっともっとひどい状態が毎日のように新聞に明らかになって絶望的な思いになることもあります。しかし、この学歴社会、偏差値偏重社会に一矢を報いて個性を尊重する、もっと国民が幸せになる世の中をつくるための教育改革であると考えるならば、ここで相撲で言えば回しというのか何か取っかかりになる一つのチャンスが来ているというふうに私は考えます。