134国会 本会議会議録 1995年12月08日
○山下栄一君 私は、平成会を代表し、政府提案の宗教法人法の一部改正案に対し、反対の討論を行います。
反対討論に入る前に、特別委員会における与党の強権的な国会運営に関し、強く抗議するものであります。
委員会審議のスタートである法案趣旨説明が、日程協議が整わないまま委員長の職権で行われました。実質審議が始まる前から、与党は特定の人物を名指しして衆議院で行えなかった参考人招致問題を持ち出しました。参考人招致は全会一致が原則であるとの五十年にわたる本院のよき慣例を破り、強行採決しようとし、その目的を遂げるために、話し合いによる妥協の道を模索していた前委員長を事実上解任したと言われています。なりふり構わぬ与党の国会運営は、議会制民主主義の破壊であり、国権の最高機関としての国会の歴史に汚点を残すものと断ぜざるを得ません。
反対の理由の第一は、政府の言う改正目的があいまいであるということでございます。これは改正の動機が不純なため、改正の明確な目的を示せないということであります。
与党は、法改正はオウム対策であるとの印象を国民に与えてきました。しかし、宗教法人審議会では、オウム事件再発防止の議論は一切ありません。総理も国会答弁の中で、法改正はオウム対策ではないと断言しておられます。したがって、しばしば取り上げられる世論調査の大多数支持は、大半の人がオウム対策のための法改正と勘違いして賛成と答えた結果と考えられます。
オウム事件の再発防止のためには、宗教法人法だけではなく、警察法初め関係法令全般を見直し、事件に対する行政の対応の徹底的な検証を行うべきであります。党利党略で再発防止に役立たない宗教法人法改正のみを短兵急に行うのは、オウムの再発防止を願う国民への重大なる背信行為であると言わざるを得ません。
参議院の審議では、冒頭から特定の宗教団体への中傷ともいうべき質疑が続きました。憲法二十条の解釈を曲げようとしたり、さらには政教分離基本法の制定を画策する与党の動向を見ると、本改正案が選挙対策、特定宗教団体対策であることは明白です。オウムに便乗して法改正への国民の関心をあおり、みずからの政治的意図を実現しようとする政府・与党の姿勢には強い憤りを感じざるを得ません。
反対理由の第二は、改正の手続が拙速であるということであります。
改正案の基礎となった審議会の報告は、半数の委員が同意していないにもかかわらず一方的に審議が打ち切られ、行政の主導でまとめられたものです。審議会委員である力久隆積参考人は、審議会の運営について、政治日程に合わせて粛々ではなく拙速に進められたとその異常ぶりを述べられ、審議会報告の欺瞞性を訴えられております。文部大臣みずからが任命した審議会メンバーの約半数が、まとまったはずの報告の撤回を求め継続審議を要求するのは、前代来聞の不祥事と言うべきであります。
さらに、宗教界に慎重論、反対論が広がっております。先般も「宗教法人法改正問題についての声明」が発表されました。五十を超える宗教団体が賛同を寄せているその声明の中で、宗教団体への信頼回復のために、透明性、公共性に関し自主的な改革の努力を決意されております。また、アジア諸国を初め世界各国の識者も、今回の法改正は信教の自由を侵害し、不幸な歴史を繰り返すことにつながる危険な動きとして警鐘を鳴らしております。政府はどうしてこのような内外の声に耳を傾けないのでしょうか。
反対の理由の第三は、今回の改正が現行の信教の自由擁護法を国家による管理統制法へと根本的に変えてしまうことにあります。
所轄庁の変更は、宗教法人に書類提出義務を課し、所轄庁に質問権を与えることにより、国の統制権限を強化することになります。
書類の提出義務については、報告を出させることは所轄庁による指導へと結びついていきます。そのために、指導監督権限を強化する第二次、第三次改正に必然的に道を開くのではないかと危惧するものでございます。また、財務書類を通して信仰の対象と宗教活動を所轄庁が継続的に把握することは、宗教領域への不当な干渉です。さらに、国政調査権や情報公開条例と公務員の守秘義務に関して、開示の基準も明らかにされておりません。結局、行政の恣意的運用を許すことになるのです。
報告聴取・質問権についても、現行法が所轄庁の権限を認めるだけでその手段がないのは法の不備であると政府は説明します。しかし、信教の自由を重視する立場から、調査権はあえて与えなかったのが現行法の精神なのです。オウム教団に対しての解散請求は、現行法のもとで、捜査当局の協力で現実に行うことができたではありませんか。その他の所轄庁の権限についても、現行法の運用で適切に行使できるのであり、質問権を定める必要は全くありません。
一方で、「疑いがあると認めるときは」質問できるという抽象的な規定は極めて危険です。宗教法人審議会に語るといっても、手続さえ踏めば審議会が反対をしても質問可能と内閣法制局長官は答弁しております。これでは何らの歯どめとなり得ません。
書類の閲覧請求権については、本来は宗教団体の自治にゆだねるべきであります。なぜなら、管理運営に関する事項であるといっても、教義や教団の伝統と密接にかかわっているからです。法律で一律に決めることは、自律権を侵害し、教団と信者の信頼関係を損なうことになります。
「信者その他の利害関係人」については、一義的には宗教法人が判断するというものの、訴訟になった場合に何が基準となるのかが示されておりません。そもそも利害関係人にまで書類の閲覧請求を認めることは他に例がありません。宗教法人がトラブルに巻き込まれることが大いに危惧されます。
小規模法人の定義も示されておりません。国会の立法権を無視すること甚だしく、不当であります。
以上、今回の法改正は、その目的、動機、手続、内容、すべてに憲法にかかわる問題があり、強く反対するものであります。
本日は、人権週間の真っただ中での国会審議であります。一九四八年十二月十日、第三回国連総会で世界人権宣言が採択されたことを記念して、十二月四日から十日までの一週間、人権週間として、人権意識向上のためのさまざまな取り組みが行われております。その真っ最中に、基本的人権の根幹たる信教の自由を脅かす宗教法人改正法案が採択されようとしております。
十九世紀ドイツを代表する法学者イエーリングは、次のように述べております。「国家の健康の尺度は、国民の人権感覚である。国民の力は、国民の権利感覚の力にほかならない」と。国会議員は、公務員として、憲法を尊重し擁護する義務を負っております。人権は、たとえ国会の多数決によっても侵してはなりません。日本の国が不健康に陥るのを食いとめるために、国民の代表者である私たちは、今こそ人権の擁護者としての使命に目覚めなければならないと強く訴えて、私の反対討論を終わらせていただきます。(拍手)