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国会質問

136国会 文教委員会会議録 1996年05月07日

○山下栄一君 きょうは午後の冒頭から学校五日制をめぐる問題、中教審で今検討の大きな柱になっておるわけでございますけれども、その中で学校教育、特に学校のスリム化という話もございました。五日制が実施されるとともに地域・家庭の役割が大変重要になってくるというお話があったわけでございますけれども、かといって学校教育の比重というのはおろそかにされてはならないというような観点から少し質問させていただきたいと思うわけでございます。
 中教審の議論の中にも「開かれた学校」という言葉が出てくるわけでございます。この「開かれた学校」という言葉の意味でございますけれども、学校とそれから家庭と地域と連携をしっかりやっていかなきゃならないというふうなお話もあるわけでございますが、ここで議論されております「開かれた学校」という言葉の、教育審議会の議論でも結構ですけれども、文部省のまずお考えを、開かれた学校という言葉のイメージですね、お聞きしたいと思います。


○政府委員(辻村哲夫君) 中央教育審議会におきまして議論をされております「開かれた学校」ということでございますけれども、そこでの基本的な考え方は、学校は子供たちを育てていく大変重要な機能を果たしているわけでございますけれども、やはり保護者を初めとする家庭や地域の人たちと一緒になって子供たちを育てていくんだと、こういう視点を重視する必要がある。こういう観点に立ちまして、学校自身も率直に自分たちが何を考えているか、そしてどのような教育活動を展開しているかということについて家庭や保護者やあるいは地域社会に語る、同時に保護者や地域社会の人々からも率直な意見をいただき、それに耳を傾ける、こういった面をもっと促していく必要があるんではないか、そういう意味でこの「開かれた学校」という議論がなされているということでございます。


○山下栄一君 ということは、まず学校と家庭ということでございますけれども、審議官のお話では、子供の教育について学校がきちっと保護者に説明するということ、それから地域にも学校現場の状況を説明すると、こういうことが「開かれた学校」の中の柱であるというお話だったと思うんです。
 まず、学校と家庭でございますけれども、家庭ということは子供の保護者、学校の運営に携わる校長先生また学校の先生、教員と保護者がツーウエーで語り合うことが非常に少ない。もっと言えば学校で行われていることが余り情報公開されてない。それがさまざまな不登校とかまたいじめの問題の大きな原因にもなっておるというふうに考えるわけですけれども、じゃ、学校側と保護者が対等に語り合う場というのは一体どこにあるんだと考えるときに、それはどのような御返事になるんでしょうか。


○政府委員(辻村哲夫君) 中教審で議論しておりますのは、そういった学校の在り方、学校と家庭・地域社会の役割・連携の在り方についての基本的な考え方と申しましょうか、視点と申しましょうか、そういったレベルでの議論をいたしておりまして、先生から今お尋ねになりましたように、じゃ具体的に学校が自分たちの考えや教育の現状を語るとしてどのような場で語るのか、あるいは家庭や地域社会の意見に十分耳を傾けることとして、じゃ具体的にどのような形で耳を傾けるのかという具体的な方途につきましてはなお踏み込んだ議論には至っておりません。
 学校と家庭・地域社会の役割・連携の在り方という基本的な在り方の問題として今のような議論がなされているというのが現在の審議の状況でございます。


○山下栄一君 中教審の審議も結構ですけれども、文部省として、学校とお父さんお母さんとの意見交換といいますか、生徒指導、校則その他学校現場における状況は今こういう方針のもとにこういう現状であります、こういう問題もございますというようなことを僕はやっていくべきだと思いますし、これが教育の民主化であると思います。お医者さんが患者さんにちゃんと説明するというインフォームド・コンセントも今よく言われておりますけれども、日本の学校の場合はこういう場が非常に少なかったというふうに思うんですよね。
 そういう意味で「開かれた学校」というのをまず地域に開く前にまずお父さんお母さんに開かなきゃならない。そういう場は一体どこにあるんだということは、現状でもなかったらいかぬと思うんですよね。日本は民主国家であるし民主教育が行われているというはずでございますから、それは具体的にはどういう場があるのかというふうに文部省はお考えなんでしょうか。


○政府委員(遠山耕平君) お答え申し上げます。
 学校と家庭との連携の具体的な例でございますが、一番身近なものとしましては、授業参観あるいはその後の保護者懇談会、こういうものを通じまして、子供たちの学校での学習あるいは生活の様子につきまして学校と保護者との連携と申しますか、お互いに情報交換をし合うという場があると思います。
 また、個々の子供についてではなくて、一般的な学校の運営なりあるいは授業に対する要望とか期待等につきましては、学校の方でPTA活動に積極的に参加をしまして、教職員が直接PTAから学校への期待あるいは要望を聞くということが期待をされているわけでございます。
 またさらに、学校として特に必要がある場合には、地域懇談会等、まあ町内会等に類するものでございますが、そういう場に学校の方で出かけていって学校の状況を説明したり、あるいは学校の運営について説明をして、さらに意見を聞いたりするという場があろうかと思いまして、文部省としてはそのような場を積極的に設けるよう指導しているところでございます。


○山下栄一君 保護者個人が自分の子供についていろいろ、まあ注文までいかないと思うんですけれども、教員の方から意見を聞く機会はないことはないと思うんですが、対等じゃない。まして、学校全体の校則とか学校運営にかかわることについて、一方的にお伺いするのではなくて対等に意見交換する、そういうことが大変必要になってくるのではないか。考えれば、そういうチャンスもそういう組織もないのではないかと、こういうふうに考えております。
 今、PTAというお話がございましたけれども、PTAというのは一体何かなというふうに最近疑問に思っております。先ほども五十年たって制度疲労というお話がございましたけれども、PTAというのは何か保護者の代表組織みたいなとらえ方がありまして、PTAの代表が地域の話し合いの場にも参加するとかいう話があるわけですけれども、PTAの法的位置づけ、これはどうなっているんでしょうか。


○政府委員(遠山耕平君) PTA、実態は先生がおっしゃるように学校の後援会的な役割を果たしているところが多いわけでございますが、学校としましては、そういう後援会的な役割だけではなくて、学校とPTAとが一体となって学校運営をどうしていくかということを、学校の側から相談する場というようなことに積極的に位置づけて運営をしていっていただきたいと思っております。


○山下栄一君 学校教育の中でお父さんお母さんの影が非常に薄いといいますか、そういう印象を強く持っておりまして、「開かれた学校」のためにはお父さんお母さんをもうちょっと浮かび上がらせなければいかぬという、これは義務教育の根底にもかかわることになっていくんですけれども、ちょっと後から触れますけれども、今私が質問しましたのは、PTAという組織の法的位置づけなんですけれども、法的根拠というか、これは何でしょうか。


○政府委員(遠山耕平君) PTAにつきましては、法律上根拠がある組織ではなくて、社会教育関係団体の一つであるというぐあいに認識をしております。


○山下栄一君 PTAの規約とかがあると思うんです。その規約は勝手に学校ごとに決められるんですか、そうなっているんですか。


○政府委員(遠山耕平君) 任意団体でございますので、そのPTAの構成員で規約を決め、団体を運営しているものと思います。


○山下栄一君 もともとこれは昭和二十年代ですか、占領行政のときにできたものだと思うんですよね。それで、今の規約の話ですけれども、規約につきましても、文部省はひな形を全国の都道府県教育委員会に通達で出していると思うんですよ。行政指導による組織じゃないかなと、こういうふうに私は考えるんですけれども、いかがですか。


○政府委員(遠山耕平君) PTAは生涯学習局の所管でございまして、ちょっと私はPTAの経緯等については詳しく存じておりませんので、責任ある答弁をできませんで申しわけございません。


○山下栄一君 どなたか答えていただける方はいらっしゃいませんか。――じゃ、責任ある答弁される方が時間内に来ていただけるんでしたら。急な話で申しわけありません。「開かれた学校」という観点からちょっと質問させていただいているんですけれども。
 ただ、先ほど申しましたように、お父さんお母さんの位置づけが非常に学校教育の中で弱いままに「開かれた学校」と言われ、学校でどんなことが行われているかということは保護者に説明する責任が学校としてはあると思うんですけれども、案外そういう場がないと思うんですよね。PTAとよく言われるんですけれども、今も局長の御答弁ございましたように、PTAも余りはっきりしていないというふうな位置づけでございまして、何かPTAというとTが抜けているというか、本来保護者全員が何となく会員になり、それから校長先生以下教員も全部会員になるといったような、形としてはそうなんだけれども、現実は何か保護者の代表みたいな、PTAのTがないというか、そんな感じでよくとらえられるわけです。せいぜい管理職の校長先生と保護者の代表との打ち合わせといいますか、そういう形にはなっている。
 現実は、先ほど申しました実質的な意味の学校運営にかかわるようなそんな意見交換の場じゃない。そういう権限も与えられておるのかないのか、それもはっきりしていない。お父さんお母さんもそんなこと言っていいのかなというふうな、割り当てられたPTAの代表として学校に存在するだけで、本来保護者全員参加の組織であるはずにもかかわらず、だれが代表で、どんなことをする権限があってというようなことすらはっきりしていないというふうなことが非常にあると思います。
 そういう意味で、いろんな機会に、学校・家庭・地域との連携ということの中にもPTAの活性化とかいうようなことも出てくるんですけれども、肝心のPTAそのものが非常に存在が不明確であると、このように思います。そういう意味で、PTAの見直しをしてもらいたいと思います。
 私は、これは文部省通達でできたものじゃないかなと思っているんですけれども、法的根拠がないと。と同時に、お父さんお母さんが学校に対して従属じゃなくて対等に意見を言う、そういう場がなければならないし、お父さんお母さんの組織化をする必要があるのじゃないか。PTAじゃなくて父母会議みたいなものですね、そういうことがないと、校則とか、また学校現場におけるさまざまな意見交換もできないのではないかと、このように考えております。
 だから、学校の方針を一方的に聞くのではなくて、さまざまな意見交換をする場が「開かれた学校」、また学校・家庭・地域との連携というのであるならば、そういう保護者の実質的な代表といいますか、そういう組織が必要であるし、対等に意見交換をするようなそんな保障もする必要があるのではないかと、このように考えるんですけれども、大臣いかがですか。


○国務大臣(奥田幹生君) やっぱり、学校と家庭をつなぎます唯一の組織は私はPTAだと思います。それ以外に適当な、ほかに少年補導委員会とかございますが、これは別の組織でございますからね。
 しかし、ずっとここ二、三十年来のPTAの移り変わりを振り返ってみますると、やはり女性の、お母さん方の社会進出が顕著になってきましたのと並行しまして、PTAの例えば総会でありますとかあるいは授業参観でありますとか、こういう機会に、せっかくの機会でありますけれども、出席されている保護者の数というのは残念ながらふえていってはいないんじゃなかろうかなという感じがします。これは統計をとったわけじゃございませんから断定はできませんし、また地域によってもいろいろむらがあると思いますから一律には決して言うことができないわけでありますけれども、私はかつて二十年ほど前にPTAの会長をわずかだけしかやっておりませんけれども、そういう経験から照らしましても、あの当時よりもこのごろの授業参観とかPTAの総会への御出席、数は減っているのじゃないのかなという感じがするわけであります。
 しかし、事教育、とりわけいじめに代表されますような、とにかく学校と家庭との連携、それから地域社会も含めての連携と情報交換がますます大事になってまいっておりますので、そういうことについての強化も協力を要請してまいる必要があると思います。


○山下栄一君 PTAしかないというふうな大臣のお話でございますけれども、そのしかないPTAが何かはっきりしない。どういう根拠に基づいてこれがつくられ、またそのメンバーはどういう権限があるのかとか、そういう目的、権限、役員の選出その他につきましても、まあ規約に基づいてやっておられるんでしょうけれども、規約そのものも文部省が昭和二十年代に示したものを参考にして、といってもほとんど同じ文章で、各都道府県がそれをつくりなさいと上から与えられてつくられたものであるだけに、肝心の会員の主要メンバーである保護者、お父さんお母さん、非常に意識が低いといいますか、そんな状況の中で「開かれた学校」、また家庭の協力も必要である、五日制とともにと言ったところで、私は全然空虚になっていくのではないかというふうに思うんです。
 ずっとその淵源をたどっていくと、私は学校教育におけるお父さんお母さんの位置づけといいますか、これが非常にはっきりしないからではないかなと。学校・地域・家庭と言いながら、またその子供自身は、先ほどの森山先生の話によりますと、一義的に子供の教育はお父さんお母さんに責任があるのであるというようになっているけれども、学校教育の中で実際そうなっているのか。学校教育において子供に対して一番権限を持っているのは教師であってお父さんお母さんじゃないと、そういうふうになっているのではないかと思うわけです。
 本来、義務教育というのは、子供の教育を受ける権利を保障するために、親が学校に信託といいますか任せて、親の信託に基づいて学校教員の役割があると、このように思うんですけれども、現場では学校の先生の従属的な地位にお父さんお母さんがあるというふうになってしまっていると、このように思うわけです。
 憲法の立場で子供が教育を受ける権利があるんだという、その教育を受ける権利を保障する中で、親の立場というのはどういうふうな位置になるのかなというふうに思うんですけれども、親の教育権がまずあって、そして学校がある。それはだから、学校に任せるかどうかは親の責任で、国が無理やり学校に行かせなさいというものじゃないのじゃないかと、こういうように思っているわけです。
 だから、先ほどももともとの義務教育の根源は一体何なんだという、国が、また学校が、お父さんお母さんに対して子供を学校に行かせなさいというふうなものじゃないと私は思っているわけです。子供の教育を学校に任せるか。保護者が私がやるんだと、そういう私教育の自由といいますか、そういうふうなことがお父さんお母さんに本来認められるべきではないか、その上で義務教育があるのである、これがもう本来のもともとの人権の淵源になっていくのではないかなと、このように考えるんですけれども、親の私教育の自由、これは憲法的にあるかないかについてはどのように大臣お考えですか。


○政府委員(遠山耕平君) 先生がおっしゃるように、自然法的には親には教育権があると思います。しかし、憲法、教育基本法あるいは学校教育法という実定法におきましては学校にも教育権があるわけでございまして、義務教育の年齢の子供には親が義務教育に就学さぜる義務を負っているわけでございまして、親に教育権があるといって現在の法体制のもとでは義務教育該当の児童生徒について学校に通わせない自由はないわけでございます。


○山下栄一君 学校の教育権はあると。
 父母の教育権についてはどうでしょうか。


○政府委員(遠山耕平君) 義務教育年齢の該当児童生徒については、学校に就学させる義務があるとともに、学校以外の場所においては親が子供を教育する権利と義務はあると思っております。


○山下栄一君 ちょっとはっきりしませんけれども、私は、先ほど申しましたように、お父さんお母さんの信託を受けて学校ができて、そして教師がその信託に基づいて子供を教育する責任があると、こういうように考えるんですけれども、この考え方は間違っておりますか。


○政府委員(遠山耕平君) 先生がおっしゃったのは、法理論の裏にある、そういう基本的な自然法的な考え方があるのかもしれませんけれども、現在の実定法では、親の信託を受けて学校が教育を行うんだということは、学校教育法上あるいは教育基本法上は書いてないわけでございます。


○山下栄一君 先ほどから何度も申し上げておりますように、学校教育においてお父さんお母さんの影が薄過ぎると私は思っていまして、そういう観点からなぜそうなっているのかなと。PTAとか何か言われているけれども、PTAというのはPとTが組織して協議する場であるのかなと思いますけれども、現実はそうなっていない。学校に従属した形でお父さんお母さんがあるというふうな実態になっておるので、余り校則その他の問題について、教育の内容についてもいろいろ対等に意見を交換するというふうな、個人懇談というのはあるにしても、そういう学校全体運営の「開かれた学校」という観点から考えるときに、PTAはそのようになっておらないように思っております。
 そういう意味で、もともと、五十年たって義務教育の在り方、また学校教育の使命という観点からも、もう一度子供に対して第一義的な責任を持つ親の立場といいますか、これを明確にする必要があるのではないかなというふうに思っているわけです。
 生涯学習局長、来られましたので、このPTAの法的根拠、これを確認させていただきたいと思います。


○政府委員(草原克豪君) PTAは、それぞれの学校を中心にいたしまして、学校に在籍する児童生徒の親及び教師によって学校ごとに組織されるものでございます。そういう意味では任意の団体でございます。
 このPTAは、戦後、昭和二十二年から二十五年ころにかけまして全国のほとんどの小・中・高等学校において結成されまして、いろんな活動を進めているわけでありますけれども、それに対して文部省としてどういうかかわりをしてきたかということについて申し上げますと、昭和二十九年に社会教育審議会の父母と先生の会分科審議会というのがございまして、そこで小学校父母と先生の会、つまりPTAですが、の参考規約というものが示されました。これが当時におけるPTAの規約の参考としてその役割を果たしてきたわけでございます。
 その後、昭和四十二年になりまして、社会教育審議会において、改めて「父母と先生の会のあり方について」という報告を取りまとめております。これはPTAの活動について、なおそのあり方あるいは特に基本的な問題である目的とか性格を明らかにする必要があるというふうに考えましたので、この目的、性格、それからPTAの構成、PTAの運営、PTAの相互の連携についてと、こういう項目に沿って参考となるものを取りまとめたものでございます。
 したがって、文部省は、この社会教育審議会の報告を受けまして、これを参考として関係方面に通知を申し上げたと、こういうことでございます。


○山下栄一君 昭和二十九年、一九五四年の参考規約でございますけれども、その参考規約がやはり全国の教育委員会に通達でおろされて、その規約に基づいて今役員を選んだりPTAの目的とかいうようなことが行われていると思うんですよ。非常に拘束力のあるものだと思うんです、参考規約と言いながらね。実質、都道府県の教育委員会がつくっているというよりも、それぞれの学校で規定されている規約というのはまさにその参考規約とほとんど文章は一緒ですからね。
 そうすると、その昭和二十九年のもう一つ前は昭和二十三年の参考規約、占領下におけるアメリカの指導に基づいてできたものであると。もうちょっと民主的だったと私は思いますけれども、だんだんだんだんちょっと形が変わってきているというふうに思うんです。
 だから、先ほども、戦後五十年たって義務教育とは一体何なんだ、それから学校制度ももう一度原点に立ち返って見直しする必要がある、制度疲労を起こしているというお話がございましたけれども、私はその一番のポイントというのは、お父さんお母さんが責任を持って子供を育てるという観点の中で、学校教育は親の責任のもとに自分の子供を学校に任せている、その信託に基づいて教師が責任を持って教育しているというふうな考え方が正しいのではないかと思うんです。
 ただ、学校教育においては、お父さんお母さんの影が余りにも薄過ぎると。その大きな原因の一つに、PTAというのが何となくあるけれども、何だこれはとはっきりしないままに全員会員で、全員会員のままに、メンバーに入っているか入っていないか、そんな自覚もないままにお父さんお母さんは自分の子供を送っている、実質は校長先生の下請機関みたいになっているというふうな実態じゃないかなというふうに思うわけです。
 「開かれた学校」、また学校完全五日制に向けて、地域も大事なんですけれども、まずその根本の家庭と学校とか役割とか言いますけれども、お父さんお母さんの学校教育における権限、権利、自分の子供に対する位置づけが余りにもはっきりしていない、弱過ぎるというふうなことが問われなきゃならないというふうに思っておりまして、PTAももう一回見直しする必要があるんじゃないか。
 保護者会みたいなイメージがあるけれども、Tが入って先生方も入って、教員も校長以下全員参加のはずであるけれども、そんな意識が教員にない。教職員組合はあってもPTAが、先生方も全員参加で対等にお父さんお母さん方と話し合うというふうな、そんな意識はもう形骸化してしまっているというふうに思うんですね。
 そういう意味で、学校教育における父母の位置づけ、これをもう一度見直しする必要があると、このように思って問題提起とさせていただきたいというふうに思います。
 結論から言うと、生涯学習局長、PTAは文部省の通達に基づいて設置されたというふうに考えたら間違いでしょうか。


○政府委員(草原克豪君) 文部省が示しました参考規約に基づいて任意に設置されているものというふうに考えております。
 また、今、先生御指摘ございましたように、設置されてからまさに五十年ほどたっているわけでございまして、最近いただきました生涯学習審議会の答申の中でも、PTA活動の活性化を図ることが極めて重要であるということが指摘されております。そのためには、PTAの組織としての活動を行っていくだけではなくて、個々の会員がそれぞれの都合に合わせてPTAのいろんな活動に参加できるような活動形態を工夫する必要がある、また職業を持っている人たちがこういうPTA活動にも参加できるような条件づくりが必要であるといったことなどが指摘されております。
 私どもとしましては、PTA活動の一層の活性化を図るために、この答申に沿った施策を進めたいと思っておりますし、またこの答申については、PTAの団体に報告をいたしまして、そして理解を求め、また必要な支援を行っていきたいと考えております。


○山下栄一君 任意団体だということは主体的にお父さんお母さんがっくるということであるんじゃないかと思うんですけれども、受けとめ方はそうじゃなくて、何か上から与えられて、お父さんお母さんも全員会員で、知らぬ間に何か会員になっているというふうになっていると思うんですよ。任意団体というのであるならば、つくるかつくらないかを参加メンバーが決めたらいいと思うんですけれども、そうなっていないというのが実質じゃないかなというふうに思うんです。
 だから、PTAが何かはっきりしない。だけれども、参考規約というのは文部省の通達によって全国に徹底されているというふうな形になってしまっている。何か変則的で大変不自然な位置づけになっているのではないかなというふうに思いまして、この中教審の中間報告でもPTAの活性化ということを言われ、そして家庭の役割というのがますます重要になってくると言われながら、学校教育における保護者の位置づけが余りにも弱過ぎる、PTAの位置づけもはっきりしないという現状があるというふうに思いますので、最後に大臣の御答弁をお願いして、終わりたいと思います。


○国務大臣(奥田幹生君) とにかく、初中局長が御答弁申し上げましたように、法的には義務教育は学校が主体的といいましょうか主導して教育を行うと。
 ただ、先生も御心配いただいておるように、保護者の方の子供の教育、学校教育に対しての関心がこのごろあるのかないのか薄いのか、心配されることが非常に多いわけですね。でございますから、私ども関西ではPTAと言ったり育友会と言ったり使い分け、別に二色で言っておりますけれども、とにかくPTAの会員の皆さん方がもっと子供の教育に対して関心を持ってもらうような、そういうことを教育委員会を通じて文部省は要請してまいりたいと思っております。

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