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国会質問

145国会 国旗及び国歌に関する特別委員会会議録 1999年08月06日

○山下栄一君 公明党の山下でございます。
 七月三十日に質問させていただきましたけれども、その際の質問をさらに進める形できょうは質問させていただきたいと思うわけでございます。
 私、この前、日の丸の旗もそうだ、そして君が代もそうだけれども、特にこの歴史的由来が国民の間に十分理解されているとは言えないのではないかということを申し上げました。教育現場における混乱も、理解の仕方に大きな違いがあり、また偏りがあり、そういうところから来ている部分も大いにあると。日本の国旗は日章旗であり、そして日本の国の歌は君が代であるということを法律に定めようというこの機会に、学校の生徒への理解のみならず、広く国民に私は正しい理解をしていただく必要があるというふうに申し上げました。
 申し上げましたけれども、これに対して野中長官も、国旗・国歌の由来をよく理解している大人の方は、特に若い人々の中には必ずしも多いとは言えないと、こういうふうにおっしゃいました。若い人というのはどの辺かもわかりませんけれども、子供を持っている御夫婦の場合でもその理解が不十分であろう、学校教員そのものも、教える側もきちっと理解されているかということも甚だ疑問であるということを申し上げました。なぜか。それは、正しい客観的な理解を進める資料といいますか、それが十分じゃないということにもあるのではないかと申し上げました。
 そこで私は、法制化するに当たってちょっと官房長官にお伺いしたいんですけれども、この国旗・国歌の理解を深めるための、客観的な正しい認識を深めるための啓発資料、これをつくるのを、これを役所でつくっていいのかというふうにも思うわけです。私は、有識者から成るそういう啓発資料作成委員会といいますか、こういうふうなものを国民の代表である国会の同意も得てきちっと設置すべきではないかと。そこである特定の偏った知識を与えられては、またこれは困るわけですから、客観的な正しい理解であるという、それを保障するのが国会ではないかなというふうに私は思うわけです。
 そういう意味で、国旗・国歌の正しい理解を深めるための、特に歴史的な由来、そこには、例えば君が代であるならば、先ほどからも話が出ていますように、この歌は一千年間のいろいろな思いが込められて今日に至っているということ、日章旗にしましても、江戸幕府以来日本の旗として対外的に使っていたというふうなことも含めまして、理解を深めるためのそういう啓発資料作成委員会を設置すべきであるというふうに私は思いますけれども、官房長官の御見解をお伺いします。


○国務大臣(野中広務君) 政府といたしましては、この法律案が国会で御可決をいただき、成立をいたしますならば、国旗・国歌の歴史や由来等について国民により御理解をいただけるよう十分心がけていきたいと存じておるところでございます。
 ただ、現時点で、委員が御指摘ございましたように、資料作成委員会のようなものをつくるといったような考えは持ち合わせておりません。


○山下栄一君 広く国民に客観的な、正確な知識を持っていただく必要がある、このことはどうでしょうか。


○国務大臣(野中広務君) そのように理解しております。


○山下栄一君 何でこんな作成委員会をつくったらいいかと申し上げましたのは、ここにも、平成二年、「国旗・国歌の常識」という本、比較的わかりやすい本ですけれども、これを勉強して、これでよろしいのですかと、こうなる。これを読んだ人は、そういうことかというふうに理解するかもわからぬ。ただこれは、日本の旗、そして日本の歌を法律としてきちっと決めようというわけですから、それがそれぞれの勝手な思いとか偏った理解であるならば非常に困る。僕はその資料が、極めてきちっとしたものがつくれるように思う。
 偏った理解があることから教育現場に大きな混乱もあるわけですから、そして長官も、広く国民はそれの歴史的由来も含めて知識が十分ではないと考えるとおっしゃっているわけですから、十分な資料があるんでしたら、ないところにこの混乱の原因があると思いますので、これはやはり国民の代表である国会の同意も得てこれを設置すべきであるという考え方について、政府におかれましても、法律を提出されているわけですから、私はきちっと検討すべきである、そうしないと理解が不十分なまままた進んでいくというふうになってしまうと。重ねてお伺いします。


○国務大臣(野中広務君) 衆参両院におきまして慎重御審議を賜ってまいったわけでございますので、これに基づきまして、法律が成立をいたしましたら、先ほど申し上げましたように、国歌や国旗に対する歴史や由来につきまして、よく識者の意見も聞きながら、政府の責任においてより国民に理解がいくように啓発を行ってまいりたいと考えております。


○山下栄一君 私は、政府の責任においてつくるという考え方もあるけれども、それで果たしていいのかなというふうに思いますもので国会ということを申し上げたわけでございます。これは、党としても別の形できちっと検討したいというふうにも私個人は思っておるわけでございますので、また別の機会に主張申し上げたいというふうに思います。
 次に、教育現場の混乱なんですけれども、前の質問でも申し上げましたように、これは授業における社会科とか音楽というところじゃなくて、場所は入学式、卒業式、特別活動における扱い、ここがやはり大きな混乱の原因になっておるというふうに考えます。
 それで、特に職務命令、そして職務命令に伴う懲戒処分、これにつきましてもいろいろ御答弁いただいておりますけれども、若干御答弁にも私自身納得できない面もございまして、ちょっと具体的に申し上げます。
 ことし四月の入学式で、東京都内の小学校で、校長先生から君が代の伴奏をしなさいと言われた先生が拒否をした。これについて六月十一日に東京都教育委員会が戒告処分にするというふうなことがございました。
 伴奏を求められた。だけれどもその先生は、御自身の思い、主義主張、思想からだと思いますけれども、それは私はできないというふうに言ったことに対して処分されているわけです。
 こういうことになってきますと、僕は、校長先生と教員の信頼のもとに本来子供たちへの教育が行われなければならない。また、教員間の信頼がないというか、殺伐としているというか、対立があるとか、そういうことは物すごく子供たちに影響を与える。教員が混乱していてなぜ子供に対してまともな教育ができるのか、教員崩壊の中でちゃんとした教育というのは行われないのではないかと思うわけです。
 伴奏をやるように言われて、私はできません、自分自身の考え方からと言って処分を食らったら、これはなかなか信頼関係が築きにくいというふうに私は感じるわけです。
 この処分についてどのように文部大臣はお考えかということをお聞きしたいと思います。


○政府委員(矢野重典君) 少し長くなりますが、お許しをいただきたいのでございます。
 まず、思想、良心の自由は、それが作為、不作為を問わず外部的行為となってあらわれる場合には、一定の合理的範囲内の制約を受けるものと解されているところでございます。
 そこで、学校におきまして学習指導要領に基づいて入学式を適切に実施するために、校長が教員に対して国歌についてのピアノ伴奏等の役割分担を命じますことは、本来行うべき職務を命じるものでございまして、思想、良心の自由に対する制約といたしましては、合理的範囲内のものと私どもは考えるわけでございます。
 そこで、そうした義務に違反した場合でございますが、そういう職務命令に違反した教員に対しましては、これを実際に処分を行うかどうか、あるいは処分を行う場合どの程度の処分とするかにつきましては、任命権者でございます都道府県教育委員会の裁量にゆだねられているものでございまして、基本的には、任命権者でございます都道府県教育委員会におきまして、個々の事案に応じ、十分な事実確認の上で、問題となる行為の性質、態様、結果、影響等を総合的に考慮して適切に判断されるべきものでございます。
 御指摘の事案でございますが、御指摘の事案につきましては、当該教員の任命権者でございます東京都教育委員会がその権限と責任において判断して行った処分でございまして、処分の程度等についての適否に関しましては文部省としてコメントする立場にないものでございますけれども、当該事案の事実関係について文部省が承知している限りにおきましては、処分を行ったこと自体について特に問題はないものと考えているところでございます。


○山下栄一君 行事で音楽の伴奏をするわけです。伴奏するのは、伴奏できる人が、技術を持った人がやらぬとめちゃくちゃになります。伴奏する人に対して職務命令で伴奏せいというふうなことは全然なじまないと僕は思うんです。職務命令でこんなことをやるものかと、式典の演奏は。相手は教員ですから、僕は伴奏することを職務命令にするというのは全然なじまないと思う。校長先生と教員にはもともとそんな信頼も何もないと思う。命令でやれというふうな、教育というのはそういうものじゃないと思う。命令というのはできるだけ少なくすべきと私は思うわけです。授業をちゃんとやらぬとか、そんなことはまた別ですけれども。
 だから、本来、職務命令で伴奏するというようなことは教育現場ではあってはならないことであるというふうに私は思いますけれども、大臣はどうお考えでしょうか。


○政府委員(矢野重典君) 学校におきましては、入学式、卒業式における国旗・国歌の指導に当たりまして、校長は日ごろから職員会議等の場を通じて教員との間で国旗・国歌の指導やその意義につきまして意思疎通や共通理解を図るように努力し、全教員が一致協力して国旗・国歌の指導を行うように学校運営上の配慮や努力をすることが大切でございます。
 しかしながら、こうした取り組みをしたにもかかわらず、国旗・国歌の指導を教員に求めることが困難な場合があるわけでございまして、そういう場合につきましては、校長は学校運営の責任者として、学習指導要領の趣旨を実現するために必要に応じ教員に対し職務命令を発することもあり得るものでございます。また、そうせざるを得ない場合もあることにつきましては御理解をいただきたく存じます。


○山下栄一君 僕は、職務命令をやって懲戒処分するようなことじゃないと思います。伴奏してくれませんか、役割分担ですよと。だけれども、私はちょっと自分自身の考えからできませんというのを命令でやらせるということもおかしなことだなと思いますし、そうであれば別の方法を考えるということが正しいのじゃないかなというふうに私は思うわけです。
 だから僕は、前のときにも言いましたけれども、学習指導要領における特別活動、学習指導要領というのは、本来、最高裁の判決にありますように教育課程編成上の大綱的基準というわけですから、学校で伴奏するとか、そんなことは大綱的基準という範囲じゃなくて極めて具体的なことになってしまうわけですから、学習指導要領の趣旨にも反すると僕は考えるわけです。
 だから、この職務命令なんですけれども、どんな場合に職務命令出すのかと。例えば式典を妨害するとか生徒を無理やり出席させないとか、そういうことは行き過ぎだと思いますけれども、伴奏をしてくれませんか、しなさいと命令するものでもないと思いますし、命令に基づいてやるというようなものじゃないと思うんですよ、そういうふうなことは。だから、この職務命令というのは、局長は今、それは各都道府県の教育委員会、市町村教育委員会の判断で、それは人事権があるんですからそういうことで懲戒のようなことがあり得るんだとおっしゃっていますけれども、教育現場でそういうことを余りやり過ぎると、僕は子供が崩壊する前に教員が崩壊してしまうというふうに思うわけです。だから、懲戒処分というのは安易に出すべきではないと。
 そして、六月十一日の質問主意書に対する政府の御答弁では、石垣議員の質問に対しまして、新しい法律をつくるに当たって「教育現場での「国旗・掲揚、君が代・斉唱」は、義務を課するのか、尊重とするのか、自由とするのか、その見解を問う。」という問いに対する答えは、「政府としては、法制化に当たり、」、これは教育現場の話ですよ、「国旗の掲揚等に関し義務付けを行うようなことは、考えていない。したがって、現行の運用に変更が生ずることとはならないと考えている。」、こういうふうにおっしゃっているわけです。だから、余り強制をするみたいなことは想定していないというふうにおっしゃっているわけですよ、これは政府の見解として。僕はこういう考え方が正しいと思いますが、実際、七月三十日とか八月二日のこの委員会における答弁では、何か知らぬけれども殺伐とした方向に行くような答弁が私は多かったように思ったんです。
 それで、職務命令というのは安易に出さないと。これは局長もそういうふうに八月二日におっしゃっているんです。何遍も指導したが実施が困難な場合、職務命令を出すこともあり得るという言い方をされているわけです。これは、安易に職務命令は出しませんよという意味じゃないかなというふうに、政府答弁書の趣旨に沿って私は思ったんです。だから、先ほどの案件、具体的な例で申し上げましたけれども、それはその学校における独特の場面もあったかもわかりませんけれども、伴奏というのは職務命令でやらせるものじゃない、これは僕の考えです。
 いずれにしても、職務命令は安易に出さないということの確認ぐらいはさせていただきたいなと思うんです。


○国務大臣(有馬朗人君) 私は、教育というのは根本的に先生と児童生徒の信頼関係であり、またそれを生み出すのは先生方同士の信頼関係だと思っています。ですから、職務命令というのは最後のことでありまして、その前に、先生がおっしゃられましたようなさまざまな努力ということはしていかなきゃならないと思っています。
 ただ、先ほどもおっしゃられたように、極めて難しい問題に入っていったときに最終的にはやむを得ないことがあるかもしれませんが、それに至るまでは校長先生も、また現場の先生方もよくお話し合いをしていただきたいと思っています。


○山下栄一君 具体的な職務命令を出すか出さぬかという御判断は、それは文部省がやるわけじゃなくて、各地方自治体教育委員会でやられるわけですから、その御判断だと思うんです。
 ただ、僕は、法制化に伴ってこれが安易に出されるというような風潮が出てきたら、これは大変なことだというふうに思います。今、教室崩壊とかいろんな言い方で言われておりますけれども、青少年、子供たちの心が非常に不安定になり、荒れているというその責任が教員にあったら、これはえらいことになるというふうに思いますので、こういう時代だからこそ校長先生を中心に本当に粘り強く、大臣がおっしゃったとおり、命令なんというようなことは一番なじまない世界ですから、信頼関係をつくっていく努力をしていかなければならない。それを例えば組合の力で校長を弾圧するとか、そんなことはもう論外でございますけれども、校長先生を中心とする信頼関係を築くことをやはり最優先にし、職務命令は今大臣がおっしゃったとおりだと思いますので、その御見解を支持していただきたい。
 次は懲戒処分です。懲戒処分も、さっきも僕は音楽の先生はなじまないと申し上げましたけれども、具体的な妨害行為をやるとか、秩序を意図的に混乱させるとか、そういうことはまた公教育の責任から非常にまずいことであるので懲戒処分の対象になり得る場合もあるのかなとは思いますけれども、懲戒処分はさらに厳格に戒めるべきだというふうに思いますし、地域によって、都道府県によって処分の出し方にえらい差があるとか、そんなことは非常にまずいことであろうと。
 繰り返しますけれども、非常にこういう問題に苦しんでいるところは、安易にこの法制化とともにこの際というようなことで力ずくみたいなことになってくると、それはさらに激しい対立になってくるというふうに思いますので、この懲戒処分を出すということについてもさらに厳格にやるべきだ、安易に出してはならないということについての御見解をあわせて、これは大臣にお願いしたい。


○政府委員(矢野重典君) 技術的な話でございますので、少し私の方からまず御説明をさせていただきたいと思います。
 職務命令を受けた教員は、これに従い、指導を行う職務上の責務を有し、これに従わなかった場合につきましては、地方公務員法に基づき懲戒処分を行うことができることとされているところでございます。
 そこで、実際に処分を行うかどうか、処分を行う場合にどの程度の処分とするかにつきましては、基本的には任命権者でございます都道府県教育委員会の裁量にゆだねられているものでございまして、任命権者である都道府県教育委員会におきまして、個々の事案に応じ、問題となる行為の性質、態様、結果、影響等を総合的に考慮して適切に判断すべきものでございます。
 したがいまして、先ほど委員は、地域によって県によってばらつきがあるのではないかというお話がございましたけれども、こうした広範な事情を総合的に考慮してなされます処分につきましては、国として一律に基準といったようなものを示すことは難しいわけでございます。
 なお、処分につきまして、その裁量権が乱用されることがあってはならないことはもとよりのことでございます。


○国務大臣(有馬朗人君) 今、局長がお答え申し上げたとおりでございますが、やっぱり教育の現場というのは信頼関係でございますので、とことんきちっと話し合いをされて、処分であるとかそういうものはもう本当に最終段階、万やむを得ないときというふうに考えております。このことは国旗・国歌が法制化されたときにも全く同じ考えでございます。


○山下栄一君 これも三十日のときに申し上げたことなんですけれども、もう一度確認させていただきたいと思います。
 学校行事、入学式、卒業式で、校長先生も含めて教員は、もう君が代に限ります、生徒が国旗を掲揚することはあり得ないと思いますので、子供に対して国歌を斉唱するように指導するものとするというのは、教育委員会が校長先生にということもあるでしょうけれども、校長が教員に、そして今度は僕が申し上げたいのは、一般教員が子供に対してです、そういうことが入っていると思うんです。基本的なことですが、何のためにこれを子供に対して指導する必要があるのかという目的、これを確認させていただきたいと思います。


○政府委員(御手洗康君) 卒業式、入学式におきましては、新しい生活への展開の動機づけを行う、そういった意味で学校や社会、国家などの集団への所属感を深める大変よい機会となるものでございます。
 したがいまして、音楽や社会科の時間におきまして理解をした国旗・国歌に対する意義、あるいはそれを尊重する態度というものが、実際の卒業式、入学式の場面におきまして適切な態度がとれると、極めて教育上有意義でございますので、国歌を斉唱するように指導しているところでございます。


○山下栄一君 私は今おっしゃったとおりだと思うんですけれども、やはりマナーとしても国歌というのは起立をして歌うものだということ、それを通して尊重する態度を養っていくんだということがあると思うんですけれども、教科における理解が不十分であると、前にも申し上げましたけれども、特に中学生、高校生というのは、儀式だけで、厳粛な行事だから尊重する態度が養われるか、僕は全然そうじゃないというふうに思っております。
 心と行動というのは一体であること、これが特に思春期の子供たちには必要である、だから厳粛な儀式で起立して歌うことを指導したら尊重する態度が養われるか、そんなことはないというふうに私は思うわけです。このことが、余りにも儀式におけることが強調され過ぎているので、教科における理解が不十分なままに強調され過ぎると、これはかえって混乱をもたらすということ、このことを私は考えるわけですけれども、確認の意味で大臣にお伺いしたい。


○国務大臣(有馬朗人君) 入学式や卒業式で国旗・国歌ということはどうしてかと申しますと、学校生活における有意義な変化や折り目をつける、そういう場合に、厳粛で清新で、そしてまた、私はよく申し上げますけれども、子供たちの入学や卒業をみんなで祝うというふうな気持ちで、そういう雰囲気の中で新しい生活の展開への動機づけを行う、こういう必要性があると思います。これが入学式や卒業式の目的であると思いますが、そういうところで国旗や国歌を上げたり斉唱するというふうな一つのモラルを身につける非常にいいチャンスだと思っている次第でございます。


○山下栄一君 最後に、君が代の題名の解釈ですけれども、この前の御手洗局長の答弁は私は納得できておりませんので、これは馳委員に対する答弁だったんですけれども、これを確認させていただきたいと思います。
 君が代という題名の、この君が代というのをどう理解するんだということ。これは政府解釈が六月十一日、そして六月二十九日の衆議院の本会議でされております。先ほどもその話がありました。公教育で扱う場合に、これは特に国語なんかに影響を与えると思いますけれども、教員が君が代というのはどういう意味なのかということを解釈するのに、政府の解釈どおり教えなきゃいかぬというようなことを私はすべきじゃない、教員の解釈に制約を加えるものであってはならない。特に、学校における教育現場、国語教育ではそうではないかな、こういうふうに考えるんですけれども、まず官房長官お願いします。


○国務大臣(野中広務君) たびたび御答弁申し上げておるわけでございますけれども、学校におきます国旗・国歌の指導に当たりましては、我が国の国旗・国歌についてのその意義を正しく理解させることが必要であると私は考えております。
 これまで文部省におかれましては、国歌の指導に当たっては、社会科と音楽の指導が相まって、小学校卒業までに、国歌君が代が我が国憲法のもとにおいて天皇を日本国並びに日本国民統合の象徴とする我が国がいつまでも繁栄するようにとの願いを込めてきた歌であることを理解できるように指導をしていくものと考えておるわけでございます。このことは、この法案の審議に際して示されました政府の見解と異なるものではないわけでございまして、今後、文部省におかれましても、各学校において政府見解にのった適切な指導が行われていくと思うわけでございます。
 その指導の結果、生徒や児童一人一人が君が代の歌詞の意味などについてどのように受けとめていくかは、最終的には個々人の内心にかかわる事柄であろうと考えております。


○山下栄一君 ちょっと僕は今のは納得できません。
 国民がそれぞれどのように解釈するかは国民の自由であるということを先ほどおっしゃっていました、長官は。僕は、教育現場で子供たちに教えるのに、この解釈でなかったらいかぬのだというふうな、政府解釈を子供たちに押しつけるというようなことは、これは僕ははおかしいなというふうに感じます。官房長官の御答弁ですけれども、これはちょっと納得できない。


○政府委員(御手洗康君) 学校現場におきまして……


○理事(鴻池祥肇君) 待ちなさい。局長、指名してから答弁するようにしてください。あなた二回目ですよ、これ。


○政府委員(御手洗康君) 失礼しました。申しわけございません。


○山下栄一君 文部大臣に。


○国務大臣(有馬朗人君) まず、学習指導要領では、小学校、中学校、高等学校のいずれの段階におきましても、国語の授業において国旗・国歌の指導を義務づけているものではございません。高等学校等において古典の教材として指導する場合におきましては、当然に、古典の文法解釈というふうなこと、そしてその古典の時代の解釈などについて教えるものだと思います。
 しかし、国歌の指導に当たりましては、社会科と音楽の指導が相まって、小学校卒業までに、今回の法案の審議等に際して示されました君が代の解釈、繰り返して申し上げますと、「日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したもの」との政府の見解にのった適切な指導が行われるよう配慮していく必要があると思っています。
 これは、国としてはこういう解釈であるよと、しかし個人個人の解釈、さらに古典的な解釈、これはそれぞれ違った解釈があり得ると思っております。


○山下栄一君 ありがとうございました。
 終わります。

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